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3 「包丁」

「なんでここにゾンビがいるんだよ!?」


目の前にいるバカでかいフライパンを持つ女性に椅子へ鎖で巻き付けられ隠されるようにしているゾンビについて問いかける。


「あー。やっぱり映画とかに出てくる『ゾンビ』なんですねこの人たちは」


「やっぱりってどういうことだ」


 興味なさげな女性の反応に俺は戸惑う。

 そりゃ『ゾンビ』なんて現実味のない存在、いきなり言われても受け入れられなくて仕方ないのかもしれないがこの女性はそういう『信じられない』からくる興味のなさではなく、それを理解し受け入れたうえでなおそれがどうしたという様子に見える。


「まぁその協力者さんがゾンビだとわかってよかったです」


 ……今こいつはなんと言った?

 ゾンビが、協力者だと?


「なんです? その驚いたような顔。その方は私のレシピ開発での大切な試食係ですよ」


「ゾンビが試食係って、お前さっきから何を言ってるんだよ!? ゾンビを協力者にする目的が分かんねぇよ!!」


「目的ですか? そうですねぇ。簡単に言うのなら私は今、ゾンビさん達が食べ残しをしない料理を開発している最中なんです」


 目的という俺の言葉に女性はカセットコンロの上で沸騰している鍋を一瞥する。


「ゾンビのために料理をしてるっていうのか? こいつらに味覚なんてものがあるとは思えないんだがな」


「……私の家族は、ゾンビさんに食べられてしまいました」


 唐突に女性は自分の家族が食べられたと語りだす。

 しかし自分の家族が食べられた、殺されたというには表情に悲しみ等といった感情は見当たらずただ事実をそのまま口にしているだけといったふうに見える。


「私のお母さんはお腹の中に直接手を入れられ、内臓を手で無理やり引き抜かれながら食べられていました。私のお父さんは何人かのゾンビさんにたかられて全身を噛みちぎられていました。弟は首が折れ曲がり、四肢を引きちぎられ小分けにされていました。これが私の記憶している家族の最後から2番目の姿です」


 女性は表情を変えないまま淡々とした口調で自分の家族がどう食べられたかを俺に教えてくれるが、ぶっちゃけそんなグロテスクなことを俺は聞きたくない。


 だけど、こんな状況で話すということは何か意味があるのだろうとも思う。


「2番目? 最後じゃないのか?」


 意味があるのならしっかり聞かねばならないのだろう。

 俺は先ほどの女性の話で気になる点について質問をした。


「はい。最後の姿は、無様に食べ残された状態で動き出した姿です。あまりに無様で人様に見せられたものではなかったので私がそのあと殺しましたが」


「そうか、家族がゾンビに……え、殺した? 家族を?」


「はい。食べ残された食材は処理しないといけませんので」


「食材って、どういうことだ? 家族だったんだよな?」


 なにか雲行きが怪しくなってきた。

 というか、この女性はやはりどこかおかしい。

 身体的にはどこにでもいる普通のエプロンをした女性なのに、まっている雰囲気が異質すぎる。


「家族であろうとも死んで食べられているならそれは食材ではないですか? おかしなことを聞きますね」


「家族は死んでいようが食べられていようが家族だろう。なんでそんな変に割り切ってるんだお前は。家族が殺されているのを見て悲しいとか思わなかったのか?」


「家族が殺されて悲しい、というよりかはゾンビさんたちへの怒りが大きかったですかねあの時は。命を奪ってまで食べたくせにそれを残すんですから。なので恥ずかしながら、私の家族を食べ残したゾンビさんたちは殺してしまいました。ですが、そのあと外に出てほとんどの人間が路上でゾンビさんたちに食べ残されているのを見て気づいたんですよ。


 


 あぁ、人間は美味しくないんだなって」




 確信した。

 この女性はまとっている雰囲気が異質なんじゃない。


「考えてもみてくださいよ。私は人間を食べないので味は知りませんが、ここまで沢山のゾンビさんたちという食べ残しが徘徊していることから身体全てを完食してもらった人間が少ないのは証明されていますよね?

 そこでなぜ殺してまで食べたかったはずの人間をゾンビさんたちは食べ残しているのかを考えれば、それは人間自体が美味しくないので最後まで食べようという気にゾンビさん達がなれないからだという結論になります。

 食べるために殺されたというのにそのほとんどが食べ残されるなんて、死んだ食材がうかばれないとは思いませんか?

 だから私は決めたのです!

 ゾンビさんが全て余さず食べられるような美味しい料理を作ってあげるんだって!」


 この人の中身、心自体がもう異質なんだ。

 この世界で狂ってしまったのか、元から狂っていたのかは分からない。

 だが確実にこの人は人道を外れた道を歩んでいる。


「美味しい料理、か。もしかして下のコンビニに並べられていた料理はお前が作ったものなのか?」


「あら、見てくれたのですか! どうです? 美味しかったですか?」


「いや、食べてはいないが……」


「え、なんで食べていないんですか? あんなにおいしそうに盛り付けもしたしメニュー名も目を引くように考えたのに!?」


 女性が先ほどの家族が殺された話をしているときと打って変わり、驚いたような表情で目をギラギラとさせて言う。

 よほど自分の作った料理に思いれがあるのだろう。

 それこそ、家族よりも。


「手を付けていいのかわからなかったんだよ。金だって持ってきてないし」


 とりあえず生ゴミみたいな匂いがしたからとかネズミのエサかと思ったからとか言って下手に女性を刺激しないよう言葉を選ぶ。


「……なるほど。それは確かにそうですね。ご自由にお召し上がりくださいと書いておくべきでした」


「あの沢山の料理はコンビニに来た人に食べてもらうためにあそこに並べてあったのか?」


「いえ、最初はそこの捕まえてきた協力者であるゾンビさんに食べてもらおうと作ったんですよ」


「協力者は捕まえるものじゃないぞ」


「ですが食べてくれはするんですがすぐに料理を散らかして私に襲い掛かってくるんですよね。だからどの料理なら暴れずに素直に食べてくれるのだろうと様々な料理を作っては食べさせていたのですが結局全部同じで、せっかく作った料理も残った分はただ捨てるのではもったいないなと下に並べていただけです」


「もうお前自身が食材を無駄にしてるよな」


 さっき『食材が浮かばれない』とか言っといてこいつは何をしてるんだ。


「美味しいものを作るために研究してる私が消費した食材は無駄というカテゴリーには入りません。なぜならその消費された食材たちのおかげで私はどうすればさらに美味しく料理を作れるのかと学べるからです。

 さらにいうなら私が使う食材はすべて私の経験になるので食材を100%有効に活用しているといえるでしょう」


 でたよ超理論。


 おかしいやつに限ってなぜか自信満々なのは、理性がないゆえの自分は間違ってないっていう確固たる自分への盲信が根底にあるからだ。

 しかも自分が正しいと決定しているせいで人の話とか忠告とか聞かないしそれに対して文句を言ってきていざ間違うと周りのせいにしだすから困る。


「パスタと丼ものしか作れてないのによく言うぜ」


「それは下のコンビニの食材がパスタ系に偏っていたから仕方がないんです。ですが、そろそろその食材も尽きてきてゾンビさんに食べさせる料理が作れなくなりそうで困っていたのですよね。そんな時にやってきてくれたのがレベッカさんです」


「ン!?」


 兎耳をして椅子に縛り付けられさらに服装がきわどい状態なのに今まで空気だったレベッカが急に話題に上がる。

 しかもこの話の流れ、嫌な予感しかしない。


「レベッカさんを見たときにピーンと来たんですよね。思えばゾンビさん達は主に人間を食べているのだから人間を食材にして料理をするべきなんじゃないのかと。ただの食材ではもうダメなんだと」


「ンー! ンー!」


 女性はレベッカに熱い視線を送る。

 それに怖気を感じたのかレベッカは悲鳴を上げるかのように声を出し身を小さくさせながらいやいやと首を左右に振っている。


 レベッカは本当にタイミングが悪い時にあの女性に出会ったんだなぁ。

 あと家族を食材と言い切っていたことからわかってはいたが、どうやらこの女性は人を殺すことに特に抵抗とかはないらしい。


 まぁ俺に向かって包丁とか投げてるし今更か。


「ですがレベッカさんが油断したところを襲い気絶させ、『よしとどめを刺そうか!』というところで気づいたのです。この人は真面目な顔して兎耳をつけてるヤベー女ではなく、真面目な顔して兎耳を直接はやしているヤベー女なのだと。はぁぁぁぁまったく……」


 女性はレベッカに送っていた視線を下げ、本当に残念そうに小さくため息をついた。


「どっちにしてもヤベー女って認識は変わらないのな」


「せっかく料理するならヤベー食材にんげんではなく純粋な食材にんげんを使いたいですし、そもそも兎耳を直接はやした人間は人間と区分していいのかと迷っていると、レベッカさんが割と早く意識を取り戻そうとしていたのでとりあえずとどめは刺さず椅子に縛り付け様子を見ることにしました。そして縛り終え一息ついていた時にあなたがここにいらっしゃったのです」


「なるほど。だから最初にレベッカが人間なのかって聞いてきたのか」


 そういう考えがあったからあんなよくわからない質問をしてきたのか。1つ謎が解けたな。


 ……いや待てよ、するともしかしてレベッカは兎耳ついてなかったら普通にとどめをさされて殺されてたんじゃないか?

 ゾンビにおいしい料理を食べさせてあげたいっていう謎理由で!?

 怖いわ!! 


「まさか変な薬が入っているとは、レベッカさんには本当にがっかりですよ。危うく変な薬の入ったレベッカさんを食材として料理を作るところでした。変な薬とか異物混入以上の問題ですよ。やっぱり産地不明の食材は使うべきではないですね」


「ンー!!」


 さっきからレベッカに対して扱いひどくない?

 いやまぁこの女性にとったらレベッカはただの食材なんだろうけども。


「さて、あなたは見るからに日本産の人間しょくざいですよね。ここまで話を聞いてくれたのですから、私の美味しい料理の食材になってくれるということで良いのですよね?」


 ちげーや。

 レベッカだけじゃなくて俺も食材の1つとしてカウントされてたわ。


「良いわけないだろ」


「あぁすみません。つい喋れるから変なこと聞いてしまいましたね。食材に『これからあなたを料理しますがよろしいですか?』なんて許可を求める料理人なんて、いないですよね!!」


 女性は言い切ると同時にまたどこから取り出したのか包丁を投げてきた。


「料理人は包丁投げねーよ!」


 俺は女性が話している途中も警戒を解かずにいたおかげで飛んできた包丁をなんとかかわす。そして女性が先ほどのように追撃をしてきてもいいようにかわした後も応戦できるようにすぐに体勢を立て直す。


 だが女性は俺に向かってくるのではなく近くの流し台へ向かっていた。

 下にある棚をあける。そこにはこれでもかというほど包丁がため込まれていた。

 

 殺意が高すぎる!?


 女性が沢山ある包丁を手に持つと同時に俺は近くにあったテーブルを蹴飛ばす。


 ドスッ!

 ドスドスドスドスドスドスドスドスッ!!!


 俺は投げられる包丁を先ほど蹴り上げたテーブルをつかんで盾のようにもちガードする。

 割と重い衝撃と、持っているテーブルに包丁がいくつも刺さる感触に肝を冷やした。


 いやあいつどんだけ包丁投げてくるんだよ殺意たかすぎるだろ!


 なんとかしないといけないが、あの紗希と同じサイコパス女は話を聞いてくれそうにないし、だがいつまでもこうしてることはできないし……


 ……ん?

 紗希と同じ?


 なら紗希と同じ付き合い方、コミュニケーションをすればもしかして話が通じるか?


 やってみる価値はありそうだな!!

 思い出せ……!

 俺は普段どうやってあの自分以外どうでもいいと考えている紗希と親友になるほどのコミュニケーションをとっていたかを……!!


 そう考えを巡らせると、頭の中にあの綺麗でありながら常に不安を感じさせる笑顔を顔に張り付けた紗希が出てきた。


(ありゃ。この状況は中々酷いね)


 頭の中の紗希が相変わらず他人事のように言う。


(『酷いね』じゃねぇよ! 何か打開策はないか!?)


 俺は焦りながらも頭の中に出てきた紗希に心の中で怒鳴る。


(打開策とかそういうのは僕じゃなくて椛が考える役だろう?ってその椛がいないのか。こりゃだめだね)


(諦めるの早すぎだろうが!?)


(だってこっちには何もないのにあっちには武器もあるし人質もいるんだよ?)


(人質って、レベッカのことか?)


(そうそう。僕だったら真っ先にレベッカののど元に包丁を突き付けながら高希におとなしくするよう言うね)


(外道か紗希は。……だけど確かにそっちのほうが話は早いよな)


(うん。でもあの女の人はそれをしていないよね。何かルールでもあるのかな?)


(ルールってなんだよ?)


(うーん。説明は難しいけど、ようは自分ルールってやつだね)


(自分ルールってあれか?靴紐は必ず右から結ぶとか寝る前に必ずホットミルクを飲むとかそういうやつ)


(まぁそれのもっと、生き方にまで食い込んでくるやつだと思ってくれていいよ。見たところ彼女も僕と少しだけ似たところがあるようだし、何かで自分を縛っているのかも)


(どういうことだよ)


(僕みたいな人間は基本自由だけど、自由すぎたらいけないんだ。これのために生きるってものを決めておかないと自分すらどうでもよくなってただ何となく生きてるだけの廃人になっちゃうからさ)


(じゃぁ要するに紗希のようなサイコパス達は、自由で理解しがたく思えるが実はその自分ルールってのを守ってないと廃人になるようにできていて、そのルールに則って常に行動をしているってことか?)


(高希にしては理解が早いね。花丸を上げよう)


 頭の中の紗希が笑う。


 自分でも不思議だが、頭の中の紗希の言葉がわかる。


 感覚で理解できるとでもいうのだろうか、なぜかすんなりと紗希の考え方が理解できるのだ。


 いや待て、今はそれよりもこの状況を何とかしないとだ!


 頭の中にいた紗希はいつの間にか消えているが、有益な情報を教えてくれた。


 自分ルール。

 自由で制御不能なサイコパスを縛る唯一のルール。


 あの現在進行形で俺に包丁を投げてきているサイコパス女と話すためには『常識』というルールから外れてあの女のルールに乗り換えなければならないのだろう。


 幸いあの女のルール、『生き方』は先ほど教えてもらった!!


「なぁ1ついいか!!」


 包丁の刺さる音に負けじと大声でサイコパス女に声をかける。


「なんですか?調理方法のご注文ですか?せっかくですし承りますよ!包丁でみじん切りがいいですかそれとも角切り?そぎ切りなんかもできますよ!茹でられたいですか炒められたいですか煮込まれたいですか!?それか焼くのもよいですね焼き加減はいかがいたします!?」


「レアで頼む。じゃねーよ焼かれたらレアでも死ぬわ!! そうじゃなくて、お前の料理を食べさせてくれないか!?」


 話している最中でもお構いなしに包丁は投げられているようで、ドスドスという音と衝撃が俺を襲う。

 中にはなぜか瓶が割れるような音も混じりだしている。


「……私の料理をですか?」


 しかしそんな中でも俺の必死な声は届いたようで、包丁の嵐はその訝しげな声と共に止んだ。





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