3 「骨」
「ヴァァアアアア……」
前方に1人、立ちふさがるゾンビがいる。
それにクレアは音を出さないよう慎重に近寄ると、その手に持っている『特殊棍棒』で力一杯に殴った。
思わず耳をふさぎたくなる、頭蓋骨が割れる音と共に大量の血が飛び出る。
声もなくゾンビはその場に崩れ落ちるが、クレアはその倒れたゾンビに容赦なく追撃をする。
ゾンビの身体は殴られる度にビクンビクンと跳ねた。
そして聞こえてくる音が硬いものを殴るものから、ぐちゃぐちゃとという音に変わったころにクレアはようやく殴るのをやめた。
「ふー。……よし!」
『よし!』じゃねぇよ。
なんでいい汗をかいて仕事を1つ終えたような感じを出してんだよ。
「ほんと容赦ないな。頭を粉砕するほどか?」
「こうまでしないとこいつらは絶命しないんだ。案外頑丈だし、しぶといんだよ。余裕があるならこれくらいはしておいた方が安心だろ?」
クレアは特殊棍棒に付着していた血や肉片を振り払う。
「そりゃここまで頭潰せば安心だろうけど……」
俺は今まさに頭部をミンチにされた死体を見る。
一切動く気配は無い。いや死体は動かないもんだけどさ。
だがこうまでしないと安心が出来ないということは、俺もゾンビを倒す時は頭をミンチにさせなきゃならないってことか?
なんだか気がめいってくるぜ。
「あんまりマジマジと見るのはやめなさい高希。失礼でしょ」
俺がゾンビとのつきあい方を考えながら死体を眺めていると、ピョコピョコと動くウサミミをつけたレベッカが声をかけて来た。
「失礼?」
「高希だって自分の死んだ姿を知らない奴にマジマジと見られたくは無いでしょ?」
「……確かにそうだな」
そういえば最近は殺されそうになったり、死地にサンバのリズムで躍り出たりしていることが多いが死んだ後の事は考えたことなかったな。
俺が死んだ姿か……。ぶっちゃけどうでもいいな。
まぁ勝手に動きださなきゃいいなってことくらいか?
「まず自分の死んだ姿を知らない奴に見られること自体がおかしいんだけどな」
いつものあげ足を取るような文句が聞こえ、俺は文句の発生源である椛のいる方向を見た。
そこには防護服を着た俺らの中で唯一学ランを着ている、何故か上を向いた椛がいた。
「……なんで上向いてるんだ椛?」
「寝違えた」
「ずいぶんダイナミックに寝違えたな」
寝る時にこいつはどんな寝方をしているんだろうか。
「椛はさっきまで普通に前向いて歩いてたでしょ。ゾンビをクレアが倒すたびに耳をふさいで上見るのやめなさいよ」
呆れたように一番後ろにいた大友さんが言う。
どうやら椛はゾンビを倒す瞬間を見たくなくて一々上を向いていたようだな。
「こら椛。死体に慣れろと何度も言っているだろうが。我慢しなさい」
「そんな食べ物の好き嫌いを叱るノリで言うなよクレア。人の頭がつぶれる瞬間なんて誰だって慣れたくないだろうが」
そう言いながらも椛は視線を上から地面にある死体に移す。
「……うっ。……あー。でも頭がミンチになった死体を見ても吐き気がするだけになって来たって事は俺様もこのクソな世界に慣れて来たんだな。悲しいような嬉しいような気分だ」
「俺なんてもう吐き気すら感じないけどな」
「誇ることじゃねぇよ。なんで1日2日で頭がつぶれた死体見ても動じないんだよ。心がダイヤモンドで出来てんのか? それとも腐ってるのか?」
椛はそう吐き捨てるが、実際に俺は目の前の死体に吐き気などは感じない。流石に死体から漂う匂いなどには不快感を感じるが、それでも精神がまいってしまうほどじゃない。
昨日ゾンビの大群と戦ったおかげで度胸がついたのか、はたまた死体に対して耐性がついたのか。
前まではホラー映画の死体ですら薄目でしか見れなかったのに、凄い成長だな。
これが成長期と言うやつか。
死体を見てなにも思わないのが人間として成長しているのかって話だが……。
「なんだこれは?」
俺が自分の成長を感じていると、先に歩き出していたクレアが声をあげる。
声に反応しクレアを見てみると、立ち止まって地面を凝視していた。
何か見つけたのだろうか?
もう死体とか普通にころがっているし、多少の事では驚かないぞ。
クレアに近寄り、視線の先を覗きこむ。
そこには白い棒状のものが無数に転がっていた。
「……これって全部骨か?」
これはなんだろうかと俺が悩んでいると、遅れてその白い棒状のものを見た椛が疑問形で言った。
「みたいだな。形状からして人骨かな。地面に血の跡や服の切れ端もあるし、ここで食べられたようだな」
レベッカが研究員っぽいことを言う。
けっこう散乱しているのに人骨だってパッと見で判断できるとは、ふざけたウサミミしてるくせにすごいな。
「おいクレア。ここで食べられたって話なら少しおかしくないか?」
椛はすぐに人骨から視線を外し、難しい顔をしているクレアに同意を求める。
「別に死体なんてそこらにごろごろあるじゃないか。なんだったら元気に動いてる」
「バーカ。白骨の死体ってのが妙なんだろ? よく見てみろよ」
「俺ついさっきレベッカに死体をよく見るのは失礼だって言われたんだが」
「そらなにも考えずただの怖いもの見たさで見たら仏さんに失礼だろうが、なんで死んだのか、どのような状態であるのかを調べるために観察するのは別にいいだろうが。それをしないと俺様達も死ぬ可能性があるんだしよ。そうだろレベッカ?」
そう言って椛は話をレベッカに振る。
レベッカを見てみると、丁度目があった。
「あー……。まぁ……。時と場合によるよね何事も」
すっごい言いにくそうにレベッカは先程の自分の言葉を訂正した。
「カカカッ! そうそうレベッカの言う通り何事にも例外はあるんだぜ? レベッカもちゃんとそういうことを考えてから発言はするもんだったなぁ?」
椛はレベッカが認めたことにより上機嫌に喋り出す。
そのニヤニヤ顔がうっとおしい。
「レベッカ……。椛の前でそういう隙は見せたら駄目だぞ。こうやってすぐ調子乗るんだから」
「くぅ……! 穴があったら高希を埋めたい……!!」
そういう言いまわしの時は自分が入るんだぞと教えてやりたい。
そんな俺の気持ちを余所にレベッカは仕方ないとでも言うように首を振りながら視線を人骨に向ける。
ふと後ろを見れば大友さんも人骨をしげしげと眺めているので、俺もそれにならい人骨を改めてよく見てみた。
………………。
………………………………うん。骨だね。
「普通に綺麗な骨だけども?」
小学校にあった人骨の標本のようとまではいかないが、それでも割と綺麗なただの骨だ。
「そうだな。綺麗だな。血もあまり付着してないし、骨についてるはずの肉とか皮膚がないからな」
……あっ!!
椛の言葉を聞き、流石に気付く。
「ヒントをもらってやっと気付いたようだな。この死体、食べられたにしては妙なことに内臓や肉片が付いていないんだ」
椛の言う通り、確かにこの骨の山には血や内臓などといったものが全くついていない。
ゾンビにただ食べられたのならこんなに綺麗に骨だけにはならないはずだ。
ゾンビは言ってしまえば食べ方が汚い。
それに何故か人間を食べ残す。だからその食べ残しがゾンビとなって動き出すんだ。
こんな綺麗に骨だけになるまでゾンビが人間を食べていたらゾンビは増えないだろう。
「ねぇ。この骨の山に頭の部分の骨が無くない?」
「……愛理の言う通り確かに見当たらないな。ゾンビはあまり頭を食べない。多分頭蓋骨が食べにくいからだろう。だから食べられずに残って何処かにあるはずなんだが」
レベッカがキョロキョロと辺りを見回しながら言う。
だがここには棒状の骨だけで頭蓋骨は見当たらないような気がする。
「頭と内臓がない綺麗な骨か。……レベッカ。一応ここの状況をメモしていてくれないか?」
「わかりました」
クレアに命令されレベッカは何処からともなくペンとメモ帳を取り出し書き込んで行く。
レベッカは研究員って職業だからこういうことをするのは別に変ではないが、中世の鎧のような防護服を着て小脇に槍を持つウサミミ女がやるとチグハグ感が凄い。
というかまず中世の鎧とウサミミが何をするにも合わない。その服と耳のせいでレベッカが真面目にメモをしているのもなんかふざけてるように見える。
「あー怖い怖い。学校から出て少し歩いただけで不穏な気配がしてきたぜ。ここんとこずっと厄日だ」
ため息とともに椛はそう嘆く。
椛は産まれてからずっと厄日だというのに何を言っているんだか。
「そう言うな椛。今の世の中生きてるだけで幸運なんだ。」
案外面倒見の良いクレアはそんな椛を無視しないでちゃんと反応をする。
「人類の6割がゾンビになっているのに幸運だって言われてもねぇ」
「それに、ちゃんと衣食住が保障されているだろう? 他の生存者たちよりも私達は豊かに生きている方だ」
「いや、椛には防護服が支給されていないから食住だけだぜクレア」
「おぉ。高希の言う通りだな。私達は衣食住を保証されているがお前だけは服がないんだった。すまんな椛」
「絶対に高希とクレアは許さないからなこんちくしょう」
おかしい。間違いを正しただけなのに何で俺まで許さない対象に含まれているのだろうか?
「クレアさん。記録しました」
無駄話をしているとレベッカがメモを仕舞いながらそう言った。
「有難うレベッカ。さて、少し疑問は残るが今は先を急ぐぞ」
クレアのその言葉で俺達はまた進行を開始した。
ふと俺は振り返る。
そこには変わらず人骨の山がある。
……ゾンビではありえないような人間の食べ方。
確かに骨になるまで食べられたならゾンビは増えないのだろうが、あれは人間を余すことなく食べる存在がいるという証拠なのではないだろうか?
そんな化け物がいるという恐怖は、ゾンビが増えるという恐怖を上回るんじゃないのか?
「高希? どうしたの?」
振り返り、見えない化け物を幻視する俺に大友さんが心配そうな声をかけてくる。
「いや、忘れ物ないかなと思ってさ」
俺は前を向き少し前を歩く班の皆に追いつくため早足で進む。
今は、見えない恐怖に怯えている場合じゃない。