1 「親睦会」
端的に言うと、プールは温泉だった。
俺らの高校は外にそのままプールが置かれているのだが、今はプールに壁や屋根が取り付けられ大きな部屋のようになっていた。
更衣室で服を脱ぎ、ドアを開けプールに入った俺をまず出迎えたのは湯気だ。
プールサイドにはシャワーがいくつも設置され、水は温水。
さらに隅の方には小さな部屋のようなものがあり、覗いてみると中は木の椅子が数個ほど置かれたサウナルームであった。
俺は身体をまずシャワー(温水)で洗い、プール(湯船)につかり、サウナに入ってシャワー(冷水)をあびまたプール(湯船)につかりを4回繰り返した。
まぁ天国だったよ。
時間を忘れるほど堪能したよ。
絶対1時間以上は入っていたと断言できるね。
まぁつまり何が言いたいのかというと、教室に行くのが遅れたのだ。
『「……あんまり遅くならないようにね?」
「あいよ。プール入るだけなんだから1時間もかかんねぇよ」』
プールに入る前の俺と紗希との会話が頭をよぎる。
ヤバいですよ。
これは非常にヤバいですよ。
逆になんか余裕が出てくるほどにヤバいですよ。
とりあえず今は紗希に来いと言われていた2-7の教室に向かって廊下を歩いてるんだが、プールに入って眠くなってきたし一旦保健室に行き眠っても許されるんじゃないだろうか?
大体、『あんまり』の尺度が曖昧だよな。
もしかしたら3時間くらいプールにいても許されたんじゃないのか?
ならこの場合俺は悪くないな。
しっかり時間を指定しなかった紗希が悪い。
完璧な理論だ。なんか言われたらこっちから怒ってもいいレベルだぜ。
よし何とかなるような気がしてきたぞ。
そうと決まれば死にかけの演技をして保健室のゴブリンこと美代子ちゃんに頼んでベットを使わせてもらうか。
「やぁ高希。プールは気持ち良かったようだね」
「そりゃもう最高よ。これであとは保健室のベットで昼寝したら完璧だ」
「温泉の後のベットや布団は確かに魅力的だよね。今から向かうの?」
「おう。今日はもうそのままベットから出ないでグータラしようかと……」
……紗希が後ろでニコニコしながら俺を見ている。
「遅くなってすまねぇ!! 悪気はなかったんだ!!」
とにもかくにも土下座した。
「あぁもう土下座なんかしなくても大丈夫だよ高希」
土下座をする俺に紗希はそう言い笑顔で手を差し伸べてくれた。
「なんだ紗希はやっぱり天使か」
俺は慈愛に満ちた紗希の笑顔についつい見惚れそうになりながらも伸ばされた手に自身の手を伸ばす。
てっきり怒鳴られるかと思ったがそんなことはなかった。
そうだよな。
紗希には感情がないから怒ったりなんかしないよな!
「土下座しようがしまいが遅れた罰は受けてもらうからね」
「ぎゃぁぁあ右肩が外れるぅぅうう!?」
紗希は俺の伸ばした手を勢いよく掴むとそのまま見事な十字固めを決めてきた。
クソッ! 紗希には慈悲もないんだった!!
天使のような笑顔のままで人の肩壊そうとしてくるこの人!!
怖っ!
――――――――――――――――――――
「はーいただいまー」
「身体が頑丈になってなければ腕ごと持ってかれていた……」
肩が外れる寸前まで技を決められつつも無事に俺は2-7にたどり着いた。
中にはすでに人がいるようで、紗希は帰りの挨拶をしながら教室のドアを開ける。
「遅かったじゃな……高希!?」
「あっ、大友さんじゃないか。それに、クレアとレベッカもいるのか」
中にはさっき俺と死闘を繰り広げたレベッカの他に愛理とクレアがいた。
3人とも思い思いの席についている。
……大友さんは服装も学生服だから教室の席についていても違和感がないが、その他の2人が凄い。
まずレベッカは背丈こそ学生くらいだが着ているのが鎧っぽい防護服で手には槍を持っているからコスプレ感があり、それが大人しく席に座っているので滑稽さがある。
というか槍を置けばいいのに。
そしてクレアだが、身長がある赤髪の女が高校の席に行儀よく座っていると違和感しかない。
……いや違うな、背の高い女子高校生はうちにも何人かいたがクレアほどの違和感はなかった。あれか、身体つきと雰囲気がそもそも教室にあってないんだな。『密入国者のケーシィ』で俺達は目が肥えているが普通にクレアもいい身体つきをしているんだもんな。
「どうしたの高希? どこでもいいから早く座りなよ」
2-7にいるメンバーにそれぞれの感想を抱いていると、紗希がいぶかしげに俺に話しかけてきた。
俺は返事をして紗希の言葉に従い適当な席に座る。
「さて。じゃぁまず君達を集めた目的から話すね。と言っても話しは単純で君達5人にはこれから第0班となり様々な任務についてもらうよ」
紗希は俺が席に着くのを確認して教壇の前に立ち話を始めた。
「そのチームって話し、私は1班なんだけど0班に異動って事でいいの?」
まず最初に質問したのはこのキャラクターが濃い教室内で一番地味……じゃなく一番普通の愛理だった。
言われてみれば愛理はもうすでに別の班で行動をしていたはずだ。
「そうだね。君のいた1班は1名の死亡者と1名の行方不明者、そして1名の再起不能者がでてしまったから解体。そこで余った君はいくあてがないから仕方なくこの第0班に入れられた感じかな」
えっ、1班ってそんな絶望的な事になっていたのか?
そんなことになっていて愛理は大丈夫なのだろうかと視線を送る。
「1名の再起不能者……」
愛理は俺の視線に気づかず、紗希の言った言葉に難しい顔をして考え込んでいる。
だが、これで納得がいった。
この濃い5人の中で俺と同じ普通の生徒である愛理が加えられていたのはそういった理由があったのか。
「ん? 『5人』ってことは紗希も俺達と同じチームになるってことか?」
紗希は『君達』と言っていたがこの教室には紗希(と紗希にくっついている幼女)を抜くと4人しかいない。
「いや、僕はこの学校から契約のせいで出られないから『第0班』には入れないね。もう1人はある事情でここに来れないからあとで合流するよ」
紗希は俺の質問に丁寧に答えてくれるが、さらに質問したい事が増えた。なんだ契約って?
「本当はその最後の1人を待つべきなんだけど時間もおしてるし、さっさと『親睦会』を始めようか。大友さんは一度1班に配属された時にやっているよね。」
俺が契約について質問する前に紗希が愛理に声をかけてしまい、聞くタイミングを逃してしまった。
まぁあとでいくらでも聞く時間はあるだろうし、今は黙って話を聞いておくか。
「『親睦会』って班が結成された時に最初にやったやつでしょ? あのお互いの副作用を教え合い、何が得意で何が不得意かを教え合うやつ。」
「そうそれ。お互いの事を知っていれば班の活動も円滑に進むだろうっていう、要は小・中学校とかの最初の授業でやる自己紹介みたいなやつだね。じゃ、早速始めようか! はいじゃぁこの中で唯一の経験者である大友さんから!」
「えっ、私から?」
紗希から指名された愛理は呆気にとられる。
確かにいきなり自己紹介をしろって言われたらそうなるよな。俺だって呆気にとられる。というか困ってどもる。そんで早く何か言わないとって焦り慌て混乱し無様をさらす。
俺は憐れみの眼を愛理に向けるが、愛理は俺の想像とは裏腹にスクッと席から立ち上がる。
「私はこの学校の生徒で『大友 愛理』って言います。1班から0班に異動してきました。
陸上部だったから割と体力はあるつもりですので外での探索も問題はないと思います。
副作用の方向性は≪生産≫レベル2・≪適応≫レベル1。
≪生産≫は掌に100℃くらいの熱を作れ、
≪適応≫はその掌の熱に耐えれるようになるだけです」
どうやら愛理は俺と違う人種のようだ。
どうやったらいきなり自己紹介しろって言われてあんなにスラスラと言葉が出てくるんだ?
もしかして俺がここに来る前にリハーサルとかあった?
あまりのコミュ力の差に俺が驚いていると、不意に愛理が俺の方を見た。
「それと、私は高希とクラスメイトです。」
愛理はそう言い席にまた座った。
……その情報いる?
そして愛理が座って数秒、「次は私か」とクレアが立ち上がった。
どことなく顔が嬉しそうだ。なんでそんなにノリノリなんだよ。
「第0班のリーダーをやらせてもらう『クレア』だ。みんな仲良くしてくれ。……と言っても学校では『カール傭兵団』の団長としての仕事があるため一緒に寝起きしたりはできないと思う。一緒に班として行動するのは外に探索に行く時だけだろう。それでもリーダーとしての仕事に手を抜くつもりは無いので宜しく頼む!」
何この爽やかな人。
とても俺のクラスメイト惨殺した奴には見えない。
というかさっき校長室で死にかけてた人にも見えない。
昨日は知り合いが行方不明になったことでショックを受け職員室でふさぎこんでいたと聞いたし、情緒が不安定なのか?
「……うーん。少しやりすぎたかな?」
教壇前にいる紗希がふとそう呟いた。
「私も皆と同じように『人類進化薬』は投与してある。
副作用の方向性は≪身体強化≫レベル4・≪感覚≫レベル4の2つだ。
≪身体強化≫は身体を頑丈にさせるだけで、
≪感覚≫は視界が届かなくてもなんとなく気配を察知できる程度だ。
……副作用はあまりたいしたことないが、これでも『カール傭兵団』の団長だ。白兵戦などには自信があるから存分に頼ってくれていい」
クレアは最後まで爽やかにそう言い座った。
そういえば聞き流していたが≪生産≫レベル2・≪適応≫レベル2とか≪身体強化≫レベル4・≪感覚≫レベル4といい、副作用って複数の方向性が手に入るんだな。
確か方向性って言うのは副作用の種類で、レベルがその強さだったよな。
方向性は12種類でレベルの上限は5。
よしよし。ちゃんと覚えてるぞ。
そんなふうに俺が頭の中で副作用についてなんとか思い出していると次はレベッカが席から立ち上がった。
「私は『レベッカ』と言う。私は『人類最終永続機関』の研究者だが軽い戦闘訓練を受けていて、さらに槍術の才能を見出し研究者では稀有な外への探索者でもある。
私が持つこのハルバードは槍術の師から受け継いだ『残光』といい、この私が身に纏っている鎧は私個人の為に作られたオーダーメイドの装備『森羅神依』と言う。因みに『残光』とはいつか私が光りすらも超える速度の突きを繰り出すという目標を忘れないようにと名付けたもので他にもいくつかの名前の候補があり……」
レベッカは思っていたよりも饒舌に自分の事を話しだす。
が、基本どうでもいいことだった。
いわく、私がここにいるのは運命に導かれ就職面接をしたのが始まりだとか。
いわく、他の人と違う私は皆と同じように勉強をすることができなかったのでただ1人で槍の訓練を積み強くなったとか。
いわく、日本の漫画・アニメ文化は最高だとか。
いわく、私はいつかビームをだすだろうとか。
本当に、どうでもいいことばかりだった。
「……だが、そんななにもかも特別な私の能力は≪獣≫レベル2・≪再生≫レベル2だった。
≪獣≫は兎がベースで、
≪再生≫はまぁ怪我しても割と気にせず動けるくらいであった。
この私にしてはあまりにも地味だが、私には武の心得があるし研究員としての知恵もある。
加えて能力まで恵まれていてはズルいというものであろうと納得している。
……この頭の上の兎耳についてはあまりふれないでほしい。かっこわるいからな」
殆ど聞き流していたが、レベッカが座ったことにより長い話しが終わったことを知る。
いやぁ長かった。あくびが出そうになるのを何度我慢した事か。
だが、次は俺の番だな。
しっかり自己紹介をしなければ……。
「うん。ここで『親睦会』は終わりにして今日の任務についての話をしようか。」
「えっ」
俺がよしやるぞと立ち上がった瞬間に紗希がそう言った。
「ほら高希座って座って」
「えっ。いや自己紹介が……」
「思ったより前3人の、というかレベッカさんの自己紹介が長かったから君の自己紹介をする時間は無いよ。ほら早く座って。話しができないじゃないか」
……納得ができないが、紗希のあからさまな迷惑顔に俺はしぶしぶと席に着いた。




