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2  「教室」

 昼休みの終わるチャイムが鳴った。


「あーあ。時間切れか。結局、尻尾は取れなかったな」


 前の席に座っている椛が携帯ゲーム機をカバンにしまいながらこちらに振り返り、特に悔しさを感じさせない口調で言う。

 こいつの駄目だったときでもすぐに受け入れ切り替えられる所は数少ない美点だと思う。


 まぁそれに対して俺は机につっぷし、悔しさと悲しさと切なさを身体全体で露わしているのだが。


「まぁ、あれだ。冷静に考えりゃ20分程度であいつを倒せる訳がなかったんだ。だからそんな落ち込むなって高希」


 椛はそんな俺にいたわるような口調で話しかけるが、顔が晴れやかに笑っている。人が落ち込んでんのになに笑ってんねんこいつ。


「確かに時間はいつもの3分の1だったけど、俺ならいける気がしたんだ!」


「どこからその自信が来るんだよ。あの敵、足すら引きずってなかっただろ。もっと言えば、お前1回死んだろ。足を引っ張ることにしか能がないくせに吠えてんじゃねぇよカスが」


 俺をいたわるような口調で話していたというのに、椛はすぐにいつもの口調に戻る。やはり先程までの態度は演技か。


「しかも、全員武器が近接武器だったのも駄目だよね。空を飛ばれたら終わりだよ。制空権をとられたら戦いは不利になるのは本当なんだなってこのモンスターと戦うといつも思いしらされるよ」


 俺の横の、窓際の一番後ろという最高の席に座った紗希が手首を回しながら言う。


「ならやっぱ閃光弾(せんこうだん)とか打ち上げる爆弾を全員持ってくるべきだったな。というかなんで空飛ばれた時の対策を俺様しかしてないんだよ」


 そうして2人はゲームの感想戦を始める。このように、俺達はチャイムが鳴ったら即座にゲームをしまい、先生がクラスに来るまでの間はゲームでの自分や他の2人の立ちまわりや作戦の反省をし、次の戦いに活かすようにしている。


「あー。現実だと、石とか投げるくらいしか思いつかないよな」


 だが、今回討伐を失敗した俺は心が死にそうだから話題をゲームから現実の話しへとすりかえる。これ以上負けた話を振り返りたくはないのだ。


「あとはそれこそ、このゲームみたいに閃光弾で目をくらまして飛べない状態にするか、縄ひっかけて落とすか、そもそも飛ばせないように攻撃を叩き込み続けるか、モンスターに重りとかを付けるかだな」


 椛は俺の話しのすり替えにきっと気づいているがそこには突っ込んでこず、いくつかの案を出す。こういう小ずるい案を考えさせることについたら、椛の横に出る者はうちの学校にはいない。


「閃光弾なんて現実にないだろ?」


「そんなの火炎瓶とかで代用できない? ちょっと化学室からアルコールランプ盗んできてよ椛」


 紗希はそう適当に提案する。

 どうやら話し事態に興味がなくなってきたらしく、頬杖をつき外の空を見ている。


 椛の破綻(はたん)した性格に隠れて普段は気にならないが、紗希は紗希で協調性が欠けているよな。いつも我が道を行くって性格をしている。


「カッ。これ以上先生らに目をつけられたら流石に俺様社会的に死ぬんじゃねぇか? というかそれ以前に火災につながるから火炎瓶は却下だ却下」


 すでに社会的にも人間的にも終わってる椛が何を言うんだか……。


 俺は呆れながらも突っ伏していた顔をあげる。






 そんな時、視界の隅に大きな黒い塊が一瞬よぎった。






「……ん?」


 俺はすぐに横を向く。

 だが横にはいつもと変わらない様子で外に目を向ける紗希と、雲ひとつない青空しかなかった。


 あれ?


 なにかとても大きい、違和感の有るものがすぐ横を通った気がしたのだが……。


 だけど、横には紗希だけで更にその奥には窓しかない。


 ……気のせいか? それとも大きな鳥がよこぎっただけ?


「おいどうした高希? いつものアホ面がもっとヤバいことになっているぞ?」


 椛はそう言いながら横に顔を向けた俺につられて外を見る。


 そして俺ら3人が外を見た瞬間、また黒い影がよぎった。


 そして今度ははっきりとその黒い影の正体を見た。




 人間だ。




 この学校の制服に身を包んだ人間が、落ちていった。


 ……………………………………


 思考が止まった。


 そして次に身体が一瞬で、痛みを感じるくらい熱くなるような感覚が俺を襲う。

 なんでとか、やばいとか、稚拙(ちせつ)で単純な感想が頭を埋め尽くす。こんな事態になったことないからどうすれば良いのかわからない。頭がうまく働かない。


 だが、頭の代わりだというように身体は勝手に勢いよく立ち上がった。


 ガランガランと椅子の倒れる音がした。


 クラスのざわめきが止まる。皆が椅子を倒した俺を見ているのがなんとなくわかる。


 だが今はそんなことどうでもいいはずだ。


 そうだ。今は座ってる場合じゃないんだ。


 ようやく身体の動きに脳が追いつく。


 今すべきことはなんだ?

 俺は椅子から立ち上がって何がしたいんだ?

 まだ人は落ち続けている。

 このまま立ちつくしてる場合じゃないよな。

 早く、早くしないと。

 なにを? なにを早くなんだ?

 考えろ考えろ。こうしてる間にも影が下に落ちていく。

 人が落ちているんだ。

 そうだ、とにかく早く……


「た、助けにいかなきゃ……」


 俺は混乱する頭で、無意識のうちにそう呟いた。


「ここは3階だよ?」


 気づけばクラスは悲鳴に満ちていた。そしてその悲鳴が悲鳴を呼び、机や椅子が倒れる音も混じりだしている。

 だが紗希の言葉はそんな中でもハッキリと俺の耳に届く。


 寒気がするほどにいつも通りな口調や声に、つい紗希を凝視してしまう。


 紗希はつまらなそうに首を左右に振っていた。


「か、関係ねぇよ!」


 3階だろうと4階だろうと、人が落ちてるんだ。今も落ち続けてるんだ。


 すぐに俺は教室の出入り口に身体を向ける。

 反射的に、身体が勝手に動き立ち上がれた今この瞬間にそのまま動きださなきゃ、俺はこの教室から出れないだろうと確信できていた。


「待てよ!! どこ行く気だ!?」


 走り出そうとした俺の腕を椛が掴む。


「どこって下にだよ!!」


「バカなのかお前は!? 明らかに異常事態だろこれ!? 動くのは何でこんなことが起きてるか確認してからで、というかまず先生達に報せた方がいい!!」


「そんなことしてる場合かよ! まだ何人も落ち続けてるんだぞ!」


「だからってなんで1階に行くんだよ!? まさか落ちてくる人でも受けとめる気か!?」


「そうだよ!!」


「バカだなお前は!!」


 椛はいつもの小馬鹿にしたような調子ではなく、本気で俺に罵声を浴びせてくる。確かに俺だって衝動(しょうどう)に身を任せ過ぎてる自覚はある。


 だがそれでも動かないといけない気がするのだ。使命感と言えば良いのかはわからないが、少なくともクラスで他の奴らと同様に叫び声をあげてる場合ではないのだけは分かる。


「じゃぁ、どうすんだよ椛!?」


 ここにいるべきではないという焦りから、腕を掴み俺をクラスに留めさせている椛に怒鳴った。


「どうすんだよってなんだよ!?」


「この状況をだよ!! まさか黙って見てろってのか!?」


「……チッ! 下が駄目なら、上だ! 下の『すでに落ちた奴ら』は助けられないが上の『これから落ちる奴ら』なら助けられるはずだ!! おいサイコ男女!!」


 椛が俺の言葉に舌うちをしつつ答えをだし、僕は関係ないですと言わんばかりに外を眺め続ける紗希の机を蹴る。


「ふぇ!? 何!?」


 紗希はまさか自分に話が振られるとは思ってなかったらしく、驚きでこの状況とは場違いな可愛い声を出す。


「このタコが! 今このクラスで他に動けそうな奴が俺様と高希以外だとあとはお前しかいねぇんだよ普通は言わなくてもわかるはずだがマイペースを貫きとおし過ぎて世界から切り離されているであろう世界不適合者のお前には特別この心優しくイケメンでモテモテな俺様が丁寧に仕方なく言ってやる一緒に上に行くぞこのクソが殺し尽くすぞ!!」


 椛は一息にそう紗希にまくしたてる。

 酷い言いぐさだ。殺し尽くすぞとかおおよそこれから人を助けに行くような場面で言う言葉ではない。


「……悪友からの要望なら仕方ないね。でも一つだけ否定させて? 椛はモテモテではない」


「うるせぇとにかく早く動け!!」


 俺は二人のやりとりを尻目に、教室から出るため今度こそ出入口に走る。


 だが出入口は俺が開く前に乱暴に開き、勢いそのままに誰かがクラスに入ってきた。


「痛いッ!?」


 俺は突如入って来た人物に走った勢いそのままにぶつかり、その反動で後ろ側へ尻餅をつく。


 尻の痛みを我慢しつつ、急いで入ってきたやつを見るため顔をあげる。


 そこには白衣を着て、顔を白いガスマスクで覆った不審者がいた。

 不審者は俺とぶつかったことによりよろめいたのか壁に手をついている。


「おま、誰「全員動くなぁ!!」」


 俺の言葉を切り裂くように、鋭い声がクラスにこだました。いつの間にかクラスの前側の出入口に、この学校の先生でも生徒でもない2人組が立っていた。


 一人は俺と今ぶつかった不審者と同じような白衣を着た女性だった。


 身長は高く、遠目からでも俺より身長が高いのが分かるくらいだ。

 顔つきからして日本人ではなく、割と整った顔をしている。


 そんな個性の溢れる女性だが、一番の特徴は長くのばされた髪の色であった。


 髪色が赤いのだ。それも染めたような色でなく、しっかりと地毛の色だと分かるような色だ。


 そして、その赤髪の後ろに付き従うように静かに立っているのは、眼鏡をかけ、バインダーを片手にもったメイドさんだった。


 メイドさんだった。


 何故かはわからないがメイドさんが立っていた。


 いや実際はどうなのかわからないが、メイドと言われてすぐに頭に浮かぶような服を着た美人が学校の黒板の前にいる。


「お前、名前はなんだ!」


 そんなメイドさんに気をとられていると、赤髪の女性が自身の近くにいた男子生徒の胸ぐらを突然掴み叫びだした。


「ひ、あぇ? な?」


 胸ぐらを急に捕まれた男子生徒は何がなんだかわからないといったようにたじろいでいる。


「言え!! 名前はなんだ! 殺すぞ!」


 そんな彼に赤髪は同じ質問を叫ぶ。


「あ、わ、俺……『渡辺正仁』って名前です……」


 男子生徒がなんとか自分の名前を言う。


「『5』」


すると赤髪の後ろにいたメイドさんはバインダーにペンで何かを書き込み、よく通る声で1言だけそう言った。










「そうか! 良い名前だな! 死ね!!」


 そうして名前を名乗った男子生徒は、後頭部から赤い液体を弾けとばしその場に投げ捨てられた。

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