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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第二章 神崎鈴羽は褒められたい。
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第8話 レポート

 月曜日の俺の個人的な時間割りは、一時限目と四時限目と五時限目で、間が大分()いてしまう。なので大抵、一時限目の授業を受けた後、俺は一旦アパートに帰る事が多い。


 しかし今日は図書館で調べ物をした上に、鈴羽と一緒に昼食を取ったため、帰るタイミングを失ってしまい、結局こうしてそのまま構内に残り続ける羽目になった。


「なるほど。それでこの時間になっても、隆之(たかゆき)がここにいるというわけだ」


 三時限目の授業を受ける鈴羽と構内のフードコートで別れた俺は、図書館に戻りレポートのまとめに入った。

 本から仕入れたかった情報はあらかた調べ終わったので、本はもう使わず自分が書き出したメモ代わりのノートを片手に、今の今まで作業に(いそ)しんでいたのだが、そこに千里(せんり)が現れ――今に至る。


 窓側に二つずつ並んで置かれた机。そこに備え付けられた椅子(いす)にそれぞれ腰を下ろし、俺達は今話していた。もちろん小声で。


「それにしても、隆之は相変わらずだな」

「何がだよ」

「レポートを書くための資料集めは昨日までに終わらせたって、一時限目が始まる前に言ってたじゃないか」


 確かに俺は、数時間前に千里にそう言った。言ったが――


「……追加の資料が必要になったんだよ」

「ふーん」


 そう言って千里が、何か言いたげな表情で俺を見る。


「なんだよ」

「別に」


 別になんでもないという顔では明らかになかったが、そこにツッコミを入れると、ほぼ百パーセントの確率で薮蛇(やぶへび)になるのであえてスルーする事にする。


「ところで千里は、なんでここに?」

「三時限目がなくて(ひま)だったから、授業で気になった事を少し調べようと思って」

「それがその本か」

「あぁ」


 (うなず)き、千里が俺に手の中にある本の表紙を見せる。


「深層心理に関する本か」

「その人の無意識な行動が、実は心の中を知るヒントになるという……。まぁ、よくあるやつだよ」

「腕を組む人は、ってやつか」

「心理的防衛状態だね。無意識に自分を守ろうとしているとかなんとか。後は、不機嫌な時や拒絶したい時にもそうなるらしいけど……」

(くせ)はなぁ。どうしようもないって言うか、直しようがないって言うか」


 無意識に人がよく取る行動を癖と呼ぶのだから、それを直すのはかなり至難の技だろう。


「まぁ、知らぬが仏ではないけれど、自分の癖を意識し過ぎると少なからずストレスになるから、余程の事がない限り気にしない方がいいと思うよ」

「ちなみに、俺にもあるの? 癖」

「言っただろ? 気にしない方がいいって。大丈夫。隆之のは直す必要のないやつだから」

「……」


 そう言われると逆に気になってしまうのが人間という生き物の習性なのだが、ここは千里の言葉を信じてこれ以上の深追いは止めておこう。


「ふぅー」


 手が疲れてきたため、作業の手を止める。

 千里と話しながらの作業だったが、要点は上手くまとまってきたし、後はこの下書きという名の(なぐ)り書きを(もと)にパソコンで打ち込みをすれば、二時間足らずでレポートは完成する事だろう。


「一段落といったところか」


 そんな俺の様子を見て、千里がそう(つぶや)くように言う。


「まぁな。というか、千里はそれ読まなくていいのか? 調べにきたんだろ?」

「暇を潰しに来たと言ったじゃないか。別に時間さえ潰れれば、本を読もうが隆之と話そうがどちらでもいいんだよ。だったら、有意義な方を選ぶのが当然だろ」


 どちらを有意義と判断するかは人によるところだが、千里がそれでいいなら俺からは特に何も言うまい。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 少し早い気もするが、今更ながらこういう場所での会話は周りからひんしゅくを買うし、こちらも気を(つか)うので、本格的に話をするのであれば場所を移動した方がやはりいいだろう。


「そうだね。でも、どこに行くんだい?」

「え? うーん。エントランス? とか? あそこなら座るとこいっぱいあるし、自販機も近いから時間を潰すにはもってこいだろう」

「なるほど。では、そこにしよう」


 机の上を片付け、立ち上がる。


 その間に千里は、手に持っていた本を元の場所に戻し、帰ってきた。

 本当に暇潰し以上の意味はなかったらしい。


「お待たせ」

「よし。行くか」


 二人で連れ立って、出入り口に向かう。

 図書館を出て、建物前にある階段を降り、エントランスのあるC棟の方に足を向ける。


「ところで千里は、レポート終わってるのか?」


 俺の今やっているレポートは、千里と一緒に受けている授業のものなので、当然千里も来週までにそれを仕上げなければならない。けれど、レポートの話を千里の口から俺が聞いた記憶はなく、また作成している雰囲気も見受けられなかった。


「あぁ、あれなら土日で仕上げた。テーマの幅が広かったから、結構スムーズに書けたよ」

「マジか……」


 俺が一週間近く掛けてやっているレポートを、たった二日で……。


「隆之はこだわりが強いからね」

「悪かったな。要領(ようりょう)が悪くて」


 自分でも、もう少し上手(うま)くやればいいのにと思う事は多々ある。しかし、それが出来ないからこそ、今こうして苦労をしているのだ。


「隆之の場合、要領が悪いのとは多分違うと思う。だって、やろうと思えば、二時間も掛からずそのレポートも上げられるはずだ。だけど、隆之はそれをしない。したくないから」

「……」


 千里の言う事は全くもってその通りで、俺はぐうの音も出なかった。


「隆之は真面目(まじめ)だからね」


 そう言って、千里が笑う。


「うっさい。お前も大概(たいがい)真面目だろ」

「そうだね。そこは否定しないよ。それに――」


 何かを言い掛けて、千里が途中でそれを止める。


「なんだよ?」

「いや、止めておこう」

「は? 途中で止めんなよ。気になるだろ」

「忘れてくれ。どうせ戯れ言(ざれごと)だ」

「戯れ言って……」


 まぁ、本人がそう言うのであれば、これ以上の深追いは止めておこう。


「まったく。隆之相手だと、思わず口が軽くなってしまって困る」

「俺のせいなのか?」

「君のせいだね。間違いなく」

「そうか」


 なら、仕方ない。ここは甘んじて、その文句を受け入れるとしよう。

 よく分からないが、多分、きっと、何となく、俺が悪いのだろう。そこに理屈を求めてはいけない。なぜなら、これはフィーリングの話、なのだから。

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