第8話 可愛い?
「鈴羽って可愛いですよねー」
「……」
ナチュラルに俺の隣に腰を下ろしながら、豊島さんがなんの脈絡もなく、急にそんな事を俺に言ってくる。
元々この時間、俺は一人で授業を受けている。若干マニアックな内容のせいか、俺の周りにこの授業を選択する者が一人もいなかったのだ。
なので、別に隣に誰が座ろうと構わないと言えば構わないのだが、なぜ今日に限って彼女が隣に座ったのかという疑問はどうしても俺の中で生まれる。
というか、豊島さんもこの授業受けていたんだ。それすら今日初めて知った。
「なんか、一緒に受ける友達が急に休みになって、今日私この授業一人なんですよ。だから、ご一緒させて下さいね」
視線から俺の心情を察したのか、豊島さんがふいにそう今の状況について、俺に説明をしてきた。
「まぁ、それはいいけど、だからと言って、あの入りはないだろう」
「あの入り? ですか?」
「鈴羽が可愛いとかなんとか」
「あー。嫌だなー。挨拶ですよ。挨拶。サラリーマンとかもよく言うでしょ? 今日も暑いですねーとか、今日もいい天気ですねーって。それと一緒です」
「いや、全然違うだろ」
なぜ気温や天気と同列に友人の可愛さを置く。鈴羽にそこまでの知名度や一般性を求めるのは、さすがに酷だろう。
「ちなみに、香野先輩はどう思います?」
「何が?」
「もう、分かってるくせに。鈴羽の事ですよ。可愛いって思います?」
「……ノーコメントで」
昨日本人には似たような事を言い掛けた気もするが、それはそれ、これはこれだ。第三者に告げるのには、やはり抵抗がある。
「否定はしない、と」
「それはさすがに失礼だろう」
「まぁ、そういう事にしておきましょうか」
「……」
沈黙は金とは誰の言葉だっただろうか。
時に語らず黙る事も立派な処世術と言えよう。
まぁ実際は、この場に適した反論が単に思い浮かばなかっただけなんだけど。
「ところで香野先輩、あのネックレスってやっぱり香野先輩が贈った物ですか?」
そんな下らない事を頭の中で思い浮かべていると、豊島さんの方が早々に自ら話題を変えてくれた。
正直、まだ豊島さんのあしらい方が分からない現状、その話題転換は俺としては非常に有り難かった。
「あぁ。でも、なんで?」
「いや、今まであの手のアクセサリーを付けてこなかった鈴羽が、突然毎日ネックレスを付けてくるようになったから、もしかしたらそうかなって」
「そんなの、本人に聞けばいいだろ?」
鈴羽と言い豊島さんと言い、俺はなんでも答える情報屋か。
「うーん。なんとなく? ほら、いくら仲がいいとはいえ、必要以上に惚気られても困るじゃないですか。触らぬ神に祟りなし、みたいな?」
「それはちょっと違うような……」
ちゃんと意味は伝わってくるので完全に間違いというわけではないが、どうもニュアンス的に違和感を覚える。
「そういう豊島さんは、鈴羽に何贈ったんだ?」
「色々悩んだんですけどねー。他と被らないようにとか。結局、紅茶のティーパックを贈りました。ちょっとお高めの」
「へー。豊島さん、そういうの詳しいんだ?」
「別に詳しいわけじゃないですけど、好きでよく飲むんですよ、紅茶。というか私、コーヒーがダメで。砂糖やミルクを入れてもうぇってなっちゃうんですよ、なんか。味覚というより、体質なんでしょうか?」
「体質、ね……。まぁ、どうしても飲まないといけない物でもないし、別にいいんじゃない」
かくいう俺も、苦手な物はいくつかある。
白味噌の味噌汁とか、抹茶とか。
それらと豊島さんのコーヒーを同列に考えてもいいかは分からないが、とにかく避けられる物は適当に避けてしまえばいいと思う。そういう物は、好き嫌いとはまた違う類の話だと俺は思うから。
「ちなみにあのネックレスって、いくらくらいしたんです?」
「言えるか、そんなもん」
「気軽に言えないくらいの金額って事ですか?」
「入学祝いも込みの金額だと思ってもらえばいいと思う」
それにしても、少し予算オーバーではあったが。
「愛されてますねー、鈴羽」
「まぁ、俺にとっては可愛い後輩だからな」
「可愛い後輩ねぇ」
俺の言葉を違う意味に受け取ったのか、豊島さんがにまりと口元を綻ばせる。
「……そういう意味じゃないからな」
「分かってますよ。可愛い、後輩なんですよね」
「……」
なるほど。日本語は難しい。そして奥が深い。




