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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第一章 神崎鈴羽は騒がしい。
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第4話 ペット

 昼食を済まし店を後にした俺達は、腹ごなしに少しその辺りを歩く事にした。


 三時限目の授業が始まるまで後一時間少々、あまり遠くにはいけないので、散歩の範囲は徒歩十五分圏内(けんない)といったところだ。


「やっぱ、あそこのオムライスは最高ですね」

「アレであの客入りっていうから、逆に驚きだよな」


 俺達が行くあの時間がたまたま()いている――というわけではなく、他の時間も大体あんな感じらしい。それでもなお(つぶ)れないのは、それだけ熱心に通う常連客がたくさんいるという事だろう。


「あ、猫」


 突然隣を歩く鈴羽(すずは)が立ち止まったため、俺も釣られてその場に立ち止まる。

 鈴羽の視線の先には、彼女が言うように猫がいた。全身を(おお)う黒い毛の中で、黄色い両の目だけがやけに目立って見えた。


「猫ちゃん」


 姿勢をわずかに(かが)ませ、鈴羽がゆっくりと猫へと近づいていく。


「引っ掛かれるぞ」


 俺の忠告なんてどこ吹く風といった感じに、鈴羽が猫との距離を縮める。そしてお互いの間合いが限りなくゼロになる。


 道路にしゃがみ込むようにして、鈴羽が猫に手を伸ばす。

 猫は不思議そうにその手を見つめていたが、逃げる素振りは特に見せなかった。


 鈴羽の手が猫の頭頂部に()れ、そのまま優しく()でる。

 猫は気持ちがいいのか、目を細め、鈴羽の手の動きにその身を(まか)す。


「ほれほれ、ここが気持ちいいのか? ん? ここがいいんだろ?」


 そう言いながら、鈴羽が猫のアゴの辺りをくすぐるように(さわ)る。それに対し猫は更に目を細め、まるで撫でやすくするかのように顔を上げる。


「せんぱいもやってみます?」


 手は猫に触れたまま、顔だけでこちらを振り向く鈴羽。 


「俺はいいよ」

「怖いんですか?」

「苦手なんだよ、猫が俺を」

斬新(ざんしん)な言い訳ですね」


 鈴羽がそう言って(あき)れ顔を俺に向けるが、俺としては(いた)って真面目(まじめ)な返しをしているつもりなので、その反応は非常に心外である。


 なぜだが知らないが、俺は動物との相性が悪い。近付くだけで犬には()えられ、猫には逃げられる。そういう人生を俺は今まで送ってきたのだった。


「ま、なんでもいいですけどね」


 あらかた撫で回して満足したのか、鈴羽が猫から手を離し、立ち上がる。


「じゃあ、行きましょうか」

「……あぁ」


 再びあてもなく、鈴羽と一緒に歩き出す。


「猫いいですよね。()いたいんですけど、私に世話出来るかが心配で。やっぱり命に係わる事じゃないですか。簡単には決められないですよね」

「猫は自由気ままだからな。鈴羽じゃちょっと……」


 何がどうとは言わないが、やはり心配だ。


「ちょっとなんですか。私だって猫の一匹や二匹くらい……いや、そうですね。冷静に考えると無理です。猫にも飼い主を選ぶ権利は必要だと思うんです、私」


 初めのテンションはどこに行ったのか、言葉の途中から急に鈴羽の声のトーンが落ち始める。


「別にそんな卑屈(ひくつ)にならんでも」

「大丈夫です。自分の事は自分が一番分かってますので。私なんてむしろ、せんぱいに一から十までお世話してもらう方がお似合い、というかお小遣(こづか)いください、せんぱい」

「おい」


 どさくさに(まぎ)れて、何変な要求してるんだ、こいつは。一瞬、まんまと術中(じゅっちゅう)にはまって(なぐさ)めかけたじゃないか。


「ちぇ、流れでいけるかと思ったんだけどな」

「いけるか」


 さすがにそれは、俺を馬鹿(ばか)にし過ぎだ。


「ま、どっちにしろ、ウチは母親がアレルギーあるんで、一人暮らしでも始めないと、猫は飼えないんですけどね」

「その予定はないんだろ」

「今のところは。お金も余分に掛かりますしね」


 いくら学生向けのアパートがリーズナブルとは言っても、光熱費や食費の他に、日用品を買い足したり思わぬ出費があったりと、様々な金銭面でのマイナスがあるのは事実で、その全てを親に支払ってももらうのはやはり気が引けるし、俺としては何か違う気もする。


 そうなるとバイトをそれなりにこなしてお金を(かせ)ぐしかないわけで、その辺りのバランスというか、重心の置き方がまた問題になってくる。


 実際、友人の中にはバイトの方が(いそが)しくなり過ぎて、学業の方に悪影響が出ている者もおり、単位をいくつか落としたという話も聞く。


 幸いな事に、俺はなんとか上手(うま)い具合にバランスを取ってやれているが、鈴羽にもそれが出来るとは限らない。


「ま、鈴羽も一応女の子だし、当分はまだ実家暮らしでいいんじゃないか?」

「一応ってなんですか。私は立派な女の子ですよ」


 ムキーと両手を()げ、抗議をする鈴羽。

 そういう事をするから、一応と付けたくなるんだよ。


「まったく。せんぱいの辞書には、デリカシーという文字がないんですかね」

「お前にデリカシーを()かれる日が来るとはな」


 後、ナポレオンぽく言うな。


 ちなみに、あの訳し方はあまりフランス的でないようで、向こうでは少し言葉のニュアンスが違うらしい。聞きかじった知識なので、詳しくはよく知らないが。


「とにかく、お前はもう少し色々と気を付けた方がいいぞ。無防備過ぎるというか、この前も俺の部屋に勝手に上がり込んできて、あまつさえ人のベッドで寝やがって」


「あー。大丈夫です。私、せんぱい以外の男の人の部屋に上がる事ないんで」

「いや、そういう話じゃ……」

「じゃあ、どういう話なんですか?」

「どういうって……」


 どういう話なんだろうな、コレは。


「ほら、アレだ。失礼だろ、それに邪魔だし」

「今更そんな事。私とせんぱいの仲じゃないですか」

「とんな仲だよ……」


 たく、俺がおかしいのか? 俺の感性の方が世間一般からずれているのか?


「せんぱい」

「なんだよ」

「ドンマイ」

「お前が言うな」

「あぅ」


 昼間の街中に、頭をはたかれた鈴羽の、なんとも言えない鳴き声が響き渡った。

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