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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第一章 神崎鈴羽は騒がしい。
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第3話 カレーライス

 鈴羽(すずは)の提案に従い訪れたのは、大学近くの喫茶店だった。

 初老の男性がやっている個人経営の喫茶店なのだが、ここのご飯系がまた美味(おい)しく、ウチの大学では知る人ぞ知る名店のような扱いに(ひそ)かになっている。


 俺達が入店すると扉に設置された鈴の()が鳴り響き、すぐさま店主の「いらっしゃいませ」という渋い声が聞こえてきた。


()いてる席にどうぞ」


 (すす)められるまま、俺達は扉から最も近い窓際のボックス席に、テーブルを挟んで向き合う形で座る。


 現在、店内には俺達の他に三人の客がいた。

 カウンター席でコーヒー片手に読書を楽しむサラリーマン風の男性と、ボックス席に座り談笑を楽しむ若いカップルの計三人だ。


「何にします?」


 開いたメニューを見ながら、鈴羽がそう俺に尋ねてくる。


「アメリカンとカレーライス」

「またそれですか。()きないですねー」

「ほっとけ」


 確かに鈴羽の言うように俺は、この店に来ると八割方この組み合わせを頼む。

 何しろ、ここのカレーライスは絶品なのだ。


「うーん。すみません」


 鈴羽が声を上げ、手を()げると、カウンター内にいた店主が表に出てきて、こちらにやってくる。


「ご注文ですか?」

「はい。私はアイスティーとオムライスを。で、こっちの人にはアメリカンとカレーライスを」

「……かしこまりました。水はセルフとなってますので、ご自分でお願いします」

「はーい」


 鈴羽の返事には特に反応は示さず、店主は一瞥(いちべつ)(のち)、カウンターに戻っていった。


「私、お水もらってきますね」

「あぁ、頼む」


 鈴羽が席を立ち、カウンターに向かう。


 ここの給水機はカウンターの隅にあり、客はそのすぐ横にあるプラスチックのコップを使い、そこから水を自分で()まないといけない仕様となっている。

 まぁ、不便と思う人も中にはいるかもしれないが、少なくとも俺はこれくらいの事は仕方ないと思っている。


「どうぞ」


 席に戻ってきた鈴羽がコップの一つを俺の前に置き、もう一つは椅子(いす)に座るなり早速自分の口に運ぶ。


「さんきゅー」


 礼を言い、俺もコップを同じく口へと運ぶ。

 乾いた(のど)に冷たい水が流れ込み、同時に喉が鳴る。


 うん。美味(うま)い。言ってしまえば、なんの変哲もないただの水だけど、なぜだがこういう所の水は無性に美味しく感じる。


 この店は店主が一人で切り盛りをしているため、注文してから物が出てくるまでが結構長い。なので、二時限目と三時限目がある時は、なかなか来られなかったりする。


「ホントせんぱいは、カレーが好きですねー」

「そんな事ねーよ。この店で頼むってだけで、別に特別よく食べるわけじゃないだろ」


 頻度(ひんど)的には週に一二度食べるくらいで、他の人がどうかは知らないが、日本人としてはまぁまぁ平均的な回数だと俺自身は思っている。


「そういうお前はどうなんだよ? 週に何回くらい食べてるんだ?」

「私は……二回くらい?」

「一緒じゃねーか。そんなんでよく俺を、カレー好きなんて言えたな」

「カレー嫌いなんですか?」

「……好きだけど」

「じゃあ、いいじゃないですか」

「……」

 まぁ、そうなんだけど。なんか、()に落ちないというか、納得がいかないというか……。


「せんぱい、カレーが好きでも嫌いでも、せんぱいはせんぱいじゃないですか。そんな事ぐらいで、私は見る目を変えたりしませんよ」


 まるで何かを悟ったかのように遠い目で俺を見る鈴羽に俺は、とりあえずチョップをくらわす。


「痛っ。何するんですか」

「うるさい。お前がふざけた事言うからだ」


 そうこうしている内に、注文していた飲み物が届く。


 まずは一口。うん。美味い。素人の俺には細かい味の違いなんかはよく分からないが、ここのアメリカンはとにかく美味しい。


「ところでせんぱい、アメリカンってなんでアメリカンって言うんですかね」

「そりゃ、アレだろ。アメリカ大陸を開拓した時に生まれた飲み物だから、みたいな理由だろ、確か」

「いや、そんなちゃんとした答えは求めてないんで。もっと明らかに(うそ)くさい、作り話的なやつをくださいよ」


 こいつ、急にムチャぶりしやがって……。


「日本人が初めて飲んだアメリカの缶コーヒーが、このタイプのやつだったんだ。それでアメリカの缶、アメリカンのカン、アメリカンカン、アメリカンって……」

「いやいや、そんなわけないじゃないですか」

「嘘だからな」

「嘘なんですか!?」

「……」


 これは素なのかボケなのか、どちらにしろ対応に困るので、勘弁して欲しい。




 それから数分後、ようやくお互いの料理が運ばれてくる。

 店主が引き上げるのを何となく見送ってから、俺達は食事を開始する。


「オムライスのオムってなんですかね?」

「うるさい。黙って食え」

「えー」


 スプーンを食器入れから取り出し、それを使い、カレーライスを口に入れる。


 ここのカレーライスは、家で食べる物とは当然ながら全然違う。なんというか色が()く、コクがあるのだ。ちなみに今のは、濃くとコクを掛けたダジャレ――では断じてない。


 具はニンジンやジャガイモといったオーソドックスな物ばかりだが、よく煮込んでいるためか、一つ一つ(やわ)らかく、まるでルーと一体化したかのように口の中で溶ける。


 まぁ、何を言いたいかと言うと、とにかく美味いとそういうわけだ


「本当にせんぱいは、美味しそうに食べますよね」

「食事は生物の基本だからな」

「なるほど。真理ですね」


 人が聞けば、何を言ってんだ、こいつら、と思われかねない会話をしながら、食事を進める。

 これが俺達の平常運転と言われればそれまでだが。


「せんぱいは、一週間カレーでも大丈夫な人ですか?」

「いや、普通に大丈夫じゃないし、さすがに一週間ずっとはおかしいだろ。食べ飽きるわ」

「じゃあ、何日ならいいんですか?」

「……三日、もしくは頑張(がんば)れば四日かな」


 精々、その辺が一般人の限界だろう。それ以上いける人は変わり者であり、偏食家と呼ばれる人達に他ならない。


「普通ですね」


 わずかに失望がこもった声と表情で、鈴羽がそう(つぶや)くように言う。


「お前は、俺に何を期待してるんだよ」

「だって、カレー好きを豪語するくらいだから、もっと頑張ればいけるのかと」

「誰がいつ豪語をした」

「あれ? 言ってませんでした? 先週辺りに」

「言ってねーよ」


 どういう記憶力しているんだ、こいつは。いや、この場合、記憶力うんぬんというより、記憶のねつ造か。……なんか字面(じづら)的に、途端にヤバさが増した気がするのは俺の気のせいだろうか。


「そういえばせんぱい、この世界にはオムカレーという物がありまして――」

「やらんぞ」

「まだ何も言ってないじゃないですか」

「お前の考える事くらいお見通しだ」


 別にスプーン数杯程度なら分けてやらん事もないが、先程までのやり取りを思い返すとその気が失せた。

 やはり、日頃の行いって大事だよな。うん。


「てか、お前こそ、よく卵食べてるよな。朝は必ず食べてくるんだろ?」

「知ってます? せんぱい。卵は一日一個までというのは、今や都市伝説なんですよ」


 まるで物を知らない子供に教えるかのような、慈愛(じあい)に満ちた顔でそんな事を言う鈴羽。


「それぐらい知っとるわ」

「またまた。いいんですよ。知らないものは知らないって正直に言っても――ちゃい」


 にやけ顔でこちらをあおってきた鈴羽の顔に、軽く突っ張りをくらわす。


「でも、そうは言っても食べ過ぎは良くないんだろ? 何個くらいまでなら大丈夫なんだろうな」

「うーん。私は一日平均三個くらい食べてますけど、今のところ元気満点、勇気百パーセントです」


 そう言って鈴羽が、「ふんす」と力こぶを利き手である右手で作ってみせる。


「三個か……」


 微妙な個数だな。多いと言えなくもないと言ったところか。


「まぁなんにせよ、取り過ぎはダメだし、取らな過ぎも同じように良くないって事で」


 この話を締めさせてもらおう。


「つまり、アレですね。過ぎ足るは泳がされるが(ごと)しっていう」

「それを言うなら、(およ)ばざるが如しだ」

「あれ?」


 鈴羽が心底不思議そうに小首をかしげる。


 やはり、ボケじゃなくてマジなやつだった。

 鈴羽はいくつか慣用句や言葉を間違えて覚えている。『台風一家』がそのいい例だ。しかも、自信満々に言い放つので、なお始末が悪い。


「まぁまぁ、猿の川流れということわざがあるくらいですから、失敗は誰にでも――」

「ないぞ。そんなことわざは」

「え!?」


 それを言うなら、猿も木から落ちる、河童(かっぱ)の川流れ、だ。混ぜてどうする。というか、水場から離れろ、お前も猿も。


「じゃあ――」


 こうして昼食はいつの間にか、鈴羽の間違って覚えたものを正す勉強会へと移行していった。

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