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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第一章 神崎鈴羽は騒がしい。
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第2話 友人

「ふわぁー……」


 欠伸(あくび)()み殺し、大学構内を歩く。

 今日は一時限目から授業を受けなければいけないため、少し寝不足だ。


「おや、昨日はお楽しみかな?」

「おっと」


 突然背後から背中を叩かれ、わずかばかり前につんのめる。さすがに転んだりはしなかったが、多少なりとも肝は冷えた。


「危ないだろ、千里(せんり)

隆之(たかゆき)がぼっとしてたから、少し目を覚ましてやろうと思ってね」


 俺が半眼と共に向けた恨み言(うらみごと)(さわ)やかに交わし、千里が俺の隣に颯爽(さっそう)と並ぶ。


 こいつの名前は大道寺(だいどうじ)千里。俺の大学で出来た初めての友人だ。


 名前こそ仰々(ぎょうぎょう)しいが、そのルックスはまるでどこかの王子様のように完璧だ。身長は高く、手足もすらりと細く長い。そのくせ顔は小さく、全体が綺麗(きれい)にもとまっているもんだから、もう言う事はない。


 運動神経は知らないが、頭は良く、言動もいちいち恰好(かっこう)がいい。まさに人から羨望(せんぼう)眼差し(まなざし)を受けるために生まれたような人間だ。


 ホント、なんでこんなやつが俺とつるんでいるのか、それなりに付き合いを重ねてきた今でも不思議でならない。


「すまない。少しふざげ過ぎてしまったようだ」


 どうやら、俺が黙り込んだのを不機嫌になったのだと勘違いしたらしく、千里が(まゆ)(くも)らせてそう謝罪の言葉を告げる。


 こういう所があるからこそ、俺はこいつを憎めないでいるのだろう。


「いや、お前の言う通り、ぼっとしてただけだ。少し寝不足気味なんだ」

「夜遅くまで何かやっていたのかい?」

「まぁ、簡単に言えば、電話だな。馬鹿(ばか)が時間も考えずに電話を掛けてきやがるから」

「あぁ、彼女か」


 馬鹿で通じる辺り、あいつの知名度も増してきたと言える。


「夜更けまで君の声が聴きたかったのだろ? なんともいじらしい話じゃないか」

「いや、そういうのではないと思うんだが……」


 単純にアレは、俺に話したい事があって、時間も考えずとりあえず電話を掛けてきたという感じだろう。結局のところ、深く物事を考えていないのだ、やつは。


「隆之は優しいからね。彼女もついついその優しさに甘えてしまうのだろう」

「俺が優しい? どこが?」

「自覚がないところが、君のいいところだよ」


 まぁ、千里は聖人君主なので、人のいいところばかりによく目が行くのだろう。世界がこいつみたいなやつばかりなら、きっとこの世界から争いは生まれなくなるはずだ。


 そのまま連れ立って、二人で北棟に入る。この建物の二階に、俺たちがこれから授業を受ける教室はあった。


「それにしても、千里は(すご)いよな。いつもしゃんとしててさ。俺、お前の眠たそうなところ見た事ないもん」

「まぁ、その辺はそういう風にしつけられたと言ってしまえば、それまでの話なんだけどね」

「厳しい人なんだな、お前の親って」

「幼少期は色々と思ったりもしたけど、今では親の立場も理解しているし納得もしている。厳しいだけではなかったしね」


 千里の親は二人共教師をしており、特に母親の方は厳しい人らしい。こいつの言動の一端は、その影響受けてのものだろう。


 エントランスを抜け、階段を上がる。


「そういえば話は変わるけど、今度の土日、どちらでもいいんだが、隆之はその、(ひま)だったりするのかな?」

「土日か……。まぁ、今のところ、予定はなかったと思うが」


 頭の中の予定表を開いてみても、その二日間に予定は書きこまれていない。あくまでも、今のところは……。


「そうか。捜し物があって大きい本屋に行きたいんだが、初めて行く場所というのは、その、なんというか不安なんだ」

「あー……」


 千里の言わんとする事は大体分かった。

 つまりは、生きるナビゲーターが欲しいとそういう事だ。


 こいつは本人に自覚がある通り、いわゆる方向音痴なのだ。何度か行った事のある場所ならいざ知らず、初めての場所だと地図を見ながらでもまず間違いなく迷う。実際、入学当時は俺も、よく大学構内で迷子になっている千里を助けたものだ。


「いいけどさ。本なら別にネットとかで注文すればいいんじゃないか? 二三日もすれば手元に届くだろ?」

「それはそうなんだが。こだわりというか、どうしても本は、手に取り目を通してからじゃないと、買う気が起きないんだ」

「ふーん。そういうもんか」


 俺は読書をしないたちなので、その辺の感覚はよく分からないが、まぁそういうものなのだろう。


「分かった。じゃあ、土曜日の昼頃、昼飯を済ませてから、場所は……ここでいいか。ここ集合で」


 どこかの駅構内で待ち合わせをしてもいいのだが、意外に大きな駅は迷うポイントがたくさんあり、北といったのに南で待っていたというケースが多々ありうる。千里が相手なら、尚の事(なおのこと)注意が必要だ。


 そうこうしている内に、二階に到着する。廊下を右に行き、そのまま教室を目指す。


「時間は二時でいいか」


 昼食を取ってからの移動だから、その辺が無難だろう。


「あぁ、それで問題ないよ。悪いね、帰りにでも何かおごらせてもらうよ」

「別にいいのに」

「気持ちだよ。お願いを聞いてもらう側のね」


 そう言って、千里が俺に向かって軽くウィンクを決める。


「……」


 まぁ、そういう事なら、ここは素直にその気持ちとやらを受け入れさせてもらうとしよう。


 後、ウィンクは心臓に悪いから、本当に止めて欲しい。




「せんぱーい」


 一時限目の授業を終え、廊下を千里と共に歩いていた俺の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 立ち止まり、振り返る。

 俺の視界に、こちらに向かって小走りでやってくる鈴羽(すずは)の姿が飛び込んできた。


 それを見て千里が、俺に手を振り鈴羽とは逆の方向に歩き去る。

 どちらにしろ、千里とは次の授業が始まるまでには別れる予定だったので、それが少し早まった形だ。


「せんぱい、こんにちは」


 笑顔を浮かべ、俺の前で立ち止まった鈴羽の頭を俺は、グリグリと下に向かって押す。


「痛い、痛い、痛いです、せんぱい」

「お前な、あんな時間に、用もないのに電話を掛けてくるんじゃない」

「用ならありましたよ」

「なかっただろ」


 ついでに中身もなかった。


「私がせんぱいとお(しゃべ)りしたいと思った。それが用です――って、わー」


 ドヤ顔で胸を張る鈴羽の頭を乱暴にかき混ぜ、俺は千里の行った方へと歩を進める。


「ちょっと待ってくださいよ、せんぱい」


 そう言って、すかさず俺の隣に並ぶ鈴羽。


「なんだよ」

「せんぱい、二時限目は授業受けないからどうせ暇でしょ? 私もないんで、一緒に何かしましょうよ」

「何かって、なんだよ」

「それは……ジャンケン、とか?」


 言うに事書いて、ジャンケンって……。


「よし。ジャンケン――」


 突然廊下の途中で立ち止まると俺は、鈴羽に向かってそう掛け声を上げ、(こぶし)を握る。


「「ポン」」


 そして同じく廊下の途中で立ち止まった鈴羽と、いきなりジャンケンをする。

 鈴羽が出したのはチョキ、俺が出したのはパー。つまり――


「わーい。私の勝ち」

「そうか。それは良かったな」


 ジャンケンに勝って心底(うれ)しそうな鈴羽を置いて、俺は一人で再び歩き出す。


「あれ? ちょっと、せんぱい?」


 わずかなタイムラグの後、俺に置いていかれた事に気付いた鈴羽が、慌てて俺を追いかけてきた。


「そういえば、さっきせんぱいと一緒にいたのって、もしかして大道寺先輩ですか?」

「そう。てか、初めてだっけ? 千里と会うの?」

「です。え? せんぱい。その口ぶりだとまるで、大道寺先輩とお知り合いのように聞こえますが……」

「まるでも何も知り合いだし、友達だよ、千里とは」

「は? マジで?」

「マジで。というか、一緒に並んで歩いてただろ? さっき」


 だからこそ、俺に千里の事を聞いてきたんだろうに。


「いや、てっきりせんぱいが一方的に(から)んでるのかと思って……」

「おい」


 まぁ確かに、俺と千里じゃ毛色も格も違うから、鈴羽がそう言いたくなる気持ちは分からないでもない。ただ、思っても口にするなとは思うが。


「あんな凄い人と、どんな手を使ったらお友達になれるんですか」

「どんな手って……」


 それじゃまるで、俺が千里を(だま)したみたいじゃないか。


「普通に向こうから声を掛けてきたんだよ。隣の席になった時に」

「え? そんな事をして、大道寺先輩になんの得が?」


 さっきからナチュラルに失礼な発言ばかりだな、こいつは。


「知るか、そんなもん。ただの気まぐれか、暇つぶしか、もしくは人と話すのが好きとかだろう、多分」


 俺は千里じゃないので本当のところは分からないが、そもそも意味などなかったのかもしれない。なんとなく、思い付き、意外と人の行動理由なんてそんなものだろう。


「なんだ、千里に興味があるのか?」

「いやいや、別に、興味とか全くもってないですよ。ただ、ちょっと、どんな人かなって思っただけで……」


 それを世間一般では興味があるって言うんだよ。


「俺は紹介せんぞ。お前を紹介して千里に不利益があったら、申し訳ないからな」


 まぁ鈴羽も、元から俺に紹介してもらおうなんて気はさらさらないと思うが、鈴羽の友人をけん制する意味も込めて、一応そう釘を刺しておく。


「だから、別に興味ないって言ってるじゃないですか。……それより、今これってどこに向かって歩いてるんです?」


 ここまで行き先も聞かず、ただ横に並んで付いてきていた鈴羽が、ようやくその質問を口にする。


「とりあえず飯にしようぜ。この時間ならまだ()いてるだろ」

「はいはいはーい。私、久しぶりに外行きたいです」

「外? 別にいいけど。どこ行くんだよ?」

「それはーー」

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