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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第三章 神崎鈴羽は意外と賢い。
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第18話 好きな物

 奇跡(きせき)的になのか、向こうが気を()かせてくれたのか、それから後は鈴羽(すずは)とは顔を合わせず、俺達は映画館を後にした。


「まだ時間も早いし、どこか寄ってく?」


 隣を歩く(てん)ちゃんに俺は、そう声を掛ける。


「そうですね。あ、駅の近くにケーキバイキングのお店があるんです。そこ行きません?」

「いいけど、感化されたね」


 今し方()てきた映画に、主人公達がケーキバイキングに行くシーンがあった。天ちゃんはそれを頭に思い浮かべ、今の提案をしてきたのだろう。


「あ、バレました?」


 そう言って天ちゃんが、小さく舌を出す。


「まぁ、同じ物を観てきたわけだしね」

「だって、あんなの見せられたら、行きたくなるじゃないですか」

「じゃあ、焼肉も行く?」

「……それはまた今度と言う事で」


 行くんだ……。まぁ、いいけど別に。


 というわけで、次の行き先はケーキバイキングのお店に決まった。

 どちらにせよ、元々駅の方に向かって歩いていたので、 行く方向は別に変わらないが。


 そのお店は駅から歩いて数分の所にあった。


 店の名前は『ル・ミエル』。看板に流れ出るハチミツが書かれているところから察するに、ハチミツもしくはそれに関係した名前なのだろう。


 店の外観はいわゆる洋風で、黄色い三角屋根に白い外壁とこちらも若干ハチミツ(しょく)の強い造りとなっている。


 引き戸を開け、室内に足を踏み入れる。


 休日の日中という事もあり、店内はそれなりに盛況だった。四人から五人掛けのテーブルに着く客の大半は女の子で、店内にいる男は俺を含めても三人程、そしてその男達には()れなく女の子が一人セットで付いていた。いわゆるカップルというやつだろう、多分。


「いらっしゃいませ、お二人様でよろしかったでしょうか?」


 店内の光景に圧倒されている内に、女性の店員が来て、俺達を出迎えてくれた。


「はい。二人で大丈夫です」


 店員の質問に、天ちゃんが笑顔で答える。


「では、席の方までご案内します。どうぞこちらへ」


 店員と天ちゃんの後に続き、俺も店の奥へと足を進める。


 案内されたのは部屋の中央付近にある、四脚の椅子(いす)がそれぞれ独立した、最大で四人が座れる席だった。


 俺達が椅子に座ると、店員が何やら小さな機械で伝票らしき紙を発行し、テーブルの上に置かれた透明な筒にそれを()す。


「それではこれから九十分間、ごゆっくりお楽しみください」


 そう言い残すと、店員は一礼をし、俺達の元を去っていった。


「とりあえず、何か取りに行きましょうか」

「え? あ、うん。そうだね」


 未だ店内の様子に圧倒されっぱなしの俺は、ただただ天ちゃんの指示に従う事しか出来なかった。


香野(こうの)先輩、何にします?」

「そうだな……」


 などと会話を交わしながら、俺達は適当にそれぞれの皿にスイーツを盛り付けていく。


 皿をテーブルに置いた後、今度は飲み物を選び、席に戻る。

 ちなみに、俺はブラックコーヒーを、天ちゃんはミルクティーをそれぞれ選択した。


 早速、フォークでケーキを小さく切り、それを口に運ぶ。


 うん。当然の事だが、甘い。そして美味(おい)しい。


 ふと天ちゃんに目をやると、彼女の方は皿には手を付けず、なぜか俺の顔をぼんやりと見ていた。


「え? 何?」

「いや、ホント美味しそうに食べるなと思って」

「……」


 なんだか急に恥ずかしい気分になって、俺の顔が一気に赤くなる。


「ごめん」

「なんで謝るんです?」

「いや、なんとなく……」

「変なの」


 そう言いながら天ちゃんが、自分の皿のケーキをフォークで切り、それを口に運ぶ。


「うーん。美味しい」

「……」


 天ちゃんも人の事は言えないと思うのだが、それを指摘するとこの後の展開がお互いにとって、少々気不味(まず)いものになり()ねないので、(すん)でのところで、出掛かった言葉をなんとか()み込む。


「ところで香野先輩は、甘い物はお好きですか?」

「今それを聞くのか」


 俺は天ちゃんの今更な質問に、苦笑を浮かべ、答える。


「別に、好きでも嫌いでもないよ。どちらかと言うと好きな方だけど、だからと言って自分からお店に行ったりはしないかな」


 食べても精々コンビニのお菓子くらいで、尚()つそれも たまに食べる程度だ。


「じゃあ、香野先輩は何が好きなんですか?」

「何が好き。うーん。……カレーとか?」

「へー。……無難、ですね」

「というか、そこまで好きな物がないっていうのが、本当のところかな」


 カレーも、他に思い浮かぶ物がないのでそう言っているだけで、(すご)く好きかと聞かれたら首を(かたむ)けざるを得ない。


「カレーか……。ルーを使ったやつは作った事あるけど、今度本格的な物にも挑戦してみようかな?」

「天ちゃん、ルーを使わないカレー作れるの? 凄いね」

「いや、そういうわけじゃ……。でも、上手く出来るようになったら、香野先輩にもごちそうしますね」

「ホント? 楽しみにしてるよ」


 天ちゃんの手料理の腕前は、(つかさ)と奴の家で遊んだ時に何度か食べさせてもらっているので、よく知っている。プロ並みとまではいかないが、家庭の料理を作るのであれば、彼女の腕前は十分過ぎるものがあった。


「はい。じゃあ、その時が来たら、兄にそれとなく言って、家に連れてこさせますね」


 笑顔でそう言う天ちゃん。


 しかし、今の台詞(せりふ)を聞く限り、やはり兄の扱いは相変わらずのようだ。

 ドンマイ、司。

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