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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第三章 神崎鈴羽は意外と賢い。
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第14話 ネットノベル

「――隆之(たかゆき)


 月曜日、構内を歩いていると、背後から声を掛けられる。

 振り向くと、そこには千里(せんり)がいた。


 足を止め、千里を待つ。


「おはよう隆之」

「おぅ。朝から元気だな、お前は」

「隆之がローテンション過ぎるんだよ」


 そう言って笑う千里。

 まぁ、確かにその可能性は否定出来ない。


 合流を果たした俺達は、肩を並べて校舎へと歩を進める。


「あ、そうそう。この前借りた漫画、ようやく読み終えたよ。今日持ってきたから後で返すよ」


 千里には先週、本屋で俺が(すす)めた漫画を三冊、セットで貸していた。

 貸した冊数にあまり深い意味はない。一冊では物語の雰囲気がうまく掴めないかもしれないと思い、複数冊貸しただけの話で。


「どうだった?」

「うん。面白(おもしろ)かった。それに、なんだか心が温まる話だったよ」

「そうか。そりゃ良かった」


 千里の感想を聞き、俺は心の中で(ひそ)かに安堵(あんど)する。


 貸したはいいがつまらなかったでは、逆に相手に迷惑を掛けてしまうし、自分の見立てが間違っていたという事にもなるので、そうならなくて本当に良かった。


「気に入ったなら、続き貸そうか?」


 自分の貸した本を人が読んでくれるというのは意外と(うれ)しいもので、むしろこちらから率先(そっせん)して貸したくなってしまう程だ。


「いや、貸してもらっておいてなんだが、やはりこういう物は自分で買って読む方がいいと思うんだ。だから、続きは自分で買って読むよ」

「あー。うん。分かるわ、その気持ち。俺も気に入った作品には、お金をちゃんと払いたい派の人間だからさ」


 自己満足の一種と言われればそれまでなのだが、そうする事が作った人への正当な評価や対価に繋がると思うので、俺は出来る限り正規のルートでその物を購入するようにしている。

 とはいえ、別にレンタルや中古が悪いと思っているわけではない。ただ俺が、そうしたいからそうしているというだけの話で……。


「それにしても、こういう物はどうやって見つけてくるんだい? 確か今はもう、週刊誌や月刊誌は読んでいないんだろ?」

「どうやってって……。ネットでたまたま見て調べたり、店で目に付いたやつを買ったり……。まぁ、色々だよ」

「ネットはともかく、表紙だけで買うのはリスクが高いんじゃ……?」

「そうだな。二割くらいはイメージと違ったりするけど、それもまた醍醐味(だいごみ)、みたいな?」


 イメージと違って逆にハマった作品も中にはあるので、一概にそれが失敗とも言えないところが表紙買いの面白いところだ。


「後は今だとスマホのアプリに、タダで漫画が読めるのもあるから、そこで試してみて気に入ったら単行本を買うのも手だな」

「なるほど。勉強になるよ」

「いや、そんな大げさな話でもないんだが……」


 俺の話なんて、それこそ話半分で聞いてもらって構わないので、そこまで(かしこ)まられてしまうとむしろ困る。


「小説の場合、表紙買いはないのか?」

「まぁ、表紙に()かれてとか、雰囲気が良くて手に取るという事は確かにあるけど、大抵の所では小説は立ち読み出来るようになっているから、中身を確認せずに買う事はほとんどないんじゃないか?」

「あー。うん。そっか。そうだよな」


 小説を買う機会がほぼないのですっかり忘れていたが、そう言えば小説はフィルムに入っていない状態で販売されているのだった。つまり、前(もっ)て確認し放題というわけだ。


「そう言えば、隆之は小説を読まないんだったな」

「活字はな……。どうしても頭に入ってこなくて、ネットニュースはよく読むんだが」

「なら、ネットノベルなら読めるんじゃないか? アレだったら、軽く読める物もたくさんあるし、ハードルも市販の物より低いだろう」

「ネットノベルね……」


 まぁ、まったく興味がないわけではないが、読み始めるきっかけというか、踏ん切りがなかなか付かないまま、今日まで来てしまった。


「え? てか、その口振りだと千里は、読んでるのか? ネットノベル」

「……友人から勧められて少し」

「へー」


 これまた意外な。


「ちなみに、千里はどんなのを読んでるんだ?」

「……恋愛ものをいくつか」

「へー」


 それはまた、イメージと違うというか、なんというか……。


「千里もそういうの読むんだな」

「まぁ、自分でも(がら)ではないと思ってはいるのだが、読み始めたら案外ハマってしまって、現在はその作家の他の作品を読み(あさ)る日々を送っているよ」

「そう、なんだ……」


 千里にそこまで言わせる作家の作品がどんなものなのか、俄然(がぜん)興味が()いてきた。


「その作家、名前はなんて言うんだ?」

「ペンネームは、平仮名(ひらがな)ですばる。多分、それだけでは検索に引っ掛からないと思うから、後で隆之のスマホで実際にページを開いてみせるよ」

「おぅ、頼むわ」


 まぁ、鈴羽(すずは)に趣味がない事を指摘されたばかりだし、何かを始めてみるタイミングとしてはちょうどいいのかもしれない。俺がそれにハマるかどうかは別にして。




「え? 香野(こうの)先輩、ネットノベル読み始めたんですか?」

「いや、まだ読み始めてはないんだけどね。これから読もうかなと」


 バイトからの帰り道。(てん)ちゃんと並んで住宅街を歩きながら、そんな会話を交わす。


「それで、どんなのを読む予定なんですか?」

「一応、友達から勧められた、恋愛ものを手始めに読んでみるつもり」


 今のところ、俺のネットノベルに関する知識は皆無に近いので、千里の感性をとりあえずは信じようと思う。


「恋愛ものですか……。まぁ、無難ですね。転生ものやファンタジーは、合う人と合わない人がいますから」

「詳しいね。天ちゃんも読むの? ネットノベル」

「そうですね。たまに、暇潰(ひまつぶ)し程度には。更新が楽しみって感じではないです。気が向いたら読む、みたいな感じですね」

「そっか。ジャンルは? どんなの読むの?」

「恋愛ものも読みますよ。後は少し不思議くらいの作品は読みますね。ただ、いわゆるファンタジーや転生ものはなんだか、私には合わないらしくて……」


 そう言って、天ちゃんが視線を斜め下に落とす。

 まぁ、彼女にも色々あるのだろう。


「でも、どういう風の吹き回しですか? 急にネットノベルを読み始めるなんて。香野先輩、小説ダメな人でしたよね、確か」

「ダメってわけじゃないけど、苦手ではあるかな。でも、折角勧めてもらったわけだし、一度チャレンジくらいはしてみようかなって」

「へー。その友達って、もしかして女の人ですか?」

「関係ないだろ、別に。そんな事」


 千里の性別と今回の事は別問題で、そこになんの因果関係もありはしない。


「そうですか? そんな事ないと思いますけど?」

「……」


 しかし天ちゃんは、どうしてもそこに関係性を持たせたいらしく、体勢を低くして下から俺の顔を(のぞ)き込んでくる。


「……少なくとも、俺には関係ないよ」

「そうですか。香野先輩がそういうなら、そういう事にしておきましょう」


 おどけたようにそう言うと、天ちゃんは視線と体勢を元に戻した。

 なぜだろう。別に何もやましい事はしていないはずなのに、なんだかとても助かった気分だ。


「そういえば天ちゃん、新学年になって数週間が経ったわけだけど、クラスにはもう慣れた?」

「……。えぇ、元々友達だった子も何人か同じクラスにいますし、今のところ、特に困った事はありませんね」

「そっか。なら、良かった」


 まぁ、天ちゃんは人当たりもいいし、人見知りするようなタイプでもないので、実際にはその辺りは、あまり心配はしていない。


「とはいえ、三年生ですし、去年までとは空気が少し違う気はします。私なんかはまだ、そこまで本気じゃないっていうか、エンジンが掛かりきってない感じですけど、もう今から本番モードって人もクラスの中には少なからずいて……。なんかもう、素直に(すご)いなって思っちゃいます」


 そう言った天ちゃんの顔には、(かす)かに苦笑が浮かんでいた。


「確かに、俺の時もそんな感じだったな。まだ部活動やってるやつもいるから、どうしてもクラス全体としてはスイッチが入りきらないんだけど、その中でも黙々と勉強に(はげ)んでるやつはちらほらいて。自分ももっと頑張(がんば)らなきゃと思いつつ、周りの空気に流されちゃう、みたいな?」

「そうです。今まさにそんな感じです」


 俺の個人的な見解が入りまくりの経験談に、天ちゃんが同意の意を示すように強く(うなず)く。


 ちなみに、俺は遊びとバイトに精を出していたため、二学期までは全然受験のじの字も意識していなかった。それこそ、部活を引退したクラスメイト達が、少しずつそちらの方に気持ちをシフトさせていく様を見て、慌ててそこに追従した形だ。


「ホント、もっと頑張らなきゃですよ」

「でも、気負い過ぎも良くないから、適度の息抜きも大事だよ」

「息抜きか……」


 俺の言葉を受け、天ちゃんが少し考える素振りを見せる。


「あの、香野先輩。今度の土曜日って、お暇ですか?」

「え? 暇だけど、なんで?」

「実は友達と映画を見に行く約束をしてたんですけど、どうも家庭の用事で行けなくなっちゃったらしくて。なので、代わりに一緒に行ってくれないかな、なんて……」


 そう言う天ちゃんの瞳は(わず)かに揺らいでおり、そこからは不安の色が垣間(かいま)見えた。


「そうだな……」


 言いながら俺は、頭の中に直近の予定を思い浮かべる。


「うん。予定もないし、別にいいよ」

「本当ですか? 良かった」


 そう言って、ほっと胸を()で下ろす天ちゃん。

 俺なんかを相手に少し大げさな気もするが、まぁ本人が安堵しているなら、別にいいか。


「じゃあ、お昼の二時に、クラウンの前で待ち合わせって事でいいかな?」

「はい。全然、全く、問題ないです」


 こうして、俺のゴールデンウィーク一日目の予定が、唐突に決定した。

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