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神崎鈴羽は、せんぱいに構われたい。  作者: みゅう
第一部 第二章 神崎鈴羽は褒められたい。
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第12話 コーヒー

 眠い。眠過ぎる。

 これはアレだ。ヤバイやつだ。

 意識が自分の意思とは無関係に遠のき始める。

 ダメだ。このままじゃ……。


 ……。

 …………。

 ………………。


「――!」


 椅子(いす)から転げ落ちそうになり、衝撃で目が覚める。

 危ない危ない。危うく、地面とお友達になるところだった。


 (まぶた)を開き、前を見る。

 そもそも俺は、今何をしていたんだっけ?


「おはよう、隆之(たかゆき)。いい夢は見られたかい?」


 ぼやけた視界に、見慣れた人物の姿が映る。


千里(せんり)


 起き抜けの思考のまま、俺は目の前に座る友人の名を呼ぶ。


「やぁ」


 それに千里が、手を()(こた)える。


「にしても、こんな所で居眠りとは、隆之はお疲れなのかな?」

「そんな事はないけど」


 千里と会話を交わしつつ、自分の今置かれている状況を必死に思い出す。


 どうやら、ここは休憩(きゅうけい)スペースらしい。

 そこに俺と千里は、テーブルを挟んで向かい合って座っている。


 千里の手には小説の単行本が。その様子を見るに、結構長い時間俺は眠っていたのかもしれない。


「って、授業!」


 大事な事を思い出し、慌てて立ち上がる。

 そうだ。今日は鈴羽(すずは)とここで昼食を共に取り、そのまま――


「くくく」


 声に視線を向けると、口元を手で抑え、笑いを()み殺す友人がそこにいた。


「いや、すまない。ここまで寝ぼけた隆之は初めて見たから、少し面白(おもしろ)くなってしまった」


 よく分からないが、どうやら俺は寝ぼけているらしい。

 一度落ち着くために、再び椅子に腰を下ろす。


「現状を簡単に説明すると、三時限目は休講で、途端(ひま)になった我々はそれを(つぶ)すためにここで待ち合わせをしたと、そういう事さ」

「なるほど。簡潔(かんけつ)かつ分かりやすい説明で非常に助かったよ」


 というか、今何時だ?

 スマホをポケットから取り出し、時刻を確認する。

 十三時二十分。三時限目の授業が始まって十分といったところか。


 眠気覚ましにコーヒーでも買おうと立ち上がり、自販機に向かう。ミルクの目盛りを一にしてから、焙煎(ばいせん)コーヒー(砂糖なし・ミルク入り)のボタンを押す。


「そういえば、お弁当の件はどうなったんだい?」

「お陰様で上手く収まったよ」

「それは良かった」


 社交辞令抜きに、本当に千里のお陰で、無駄に鈴羽の機嫌を(そこ)ねずに済んだ。まさに千里様々である。


「ちなみに、今日のお弁当の中身はなんだったのかな?」

「え? 弁当の中身?」


 えーっと……。


「比較的定番の……。卵焼き、肉巻き、ポテトサラダ、ブロッコリー……。あ、後、ハンバーグもあったな」

「結構本格的だね。君の普段の話し振りから、勝手に料理があまり得意そうじゃない子を想像していたのだが」

「いや、その認識で間違ってないと思うぞ」


 三十秒が()ち、コーヒーが出来上がる。それを手に、俺は再び千里の前に腰掛ける。


「何度か失敗して、一番いいのを()めてきたって本人も言ってたし」

「へー。それはそれは」

「なんだよ」


 そのにやけ顔は。


「いや、二人は仲が良くていいなと思っただけさ。他意はないよ」

「他意はないね……」


 まぁ、千里がそういうなら、そういう事にしておこう。(へび)が出るのが分かっていて、わざわざ(やぶ)をつつく必要もないだろう。


 話が一段落したところで、コーヒーを一口含む。

 熱い。そして程よく苦い。


「隆之はいつからコーヒーを飲んでいるんだい?」

「いつからって……」


 少なくとも、小学生の頃は飲んでいなかったと思う。高校生の時は……。


「はっきりとは覚えてないけど、中二か中三のどっかだろうな」

「飲み始めた、きっかけみたいなものはあったのかい?」

「当時好きだった子に、子供っぽく思われたくなかった、から、かな」


 今思うと、その発想自体がすでに子供のそれなのだが、当時の俺は少しでも大人に見られようと必死だった。

 好みや仕草、恰好(かっこう)なんかも背伸びしたものをチョイスして……。けど、そんな状態がいつまでも続くわけもなく、ボロが出て、相手に気を(つか)われ、そしてフラれた。


 その時のなごりはまだ所々にあって、コーヒーをよく飲むのもその一つだ。


「そういえば千里は、いわゆるコーヒーっていう飲み物は、あまり飲まないよな」


 飲んでもこの間のキャラメルラテのような、甘さ多めの飲み物ばかりで、普段はどちらかと言うと、紅茶をよく飲んでいるイメージが強い。


「隆之と違って、味覚がまだ子供なんだ。苦味だけでなく、辛味や渋味も苦手だし」

「まぁ、味覚は人それぞれだから、別に気にする必要はないと思うぞ。鈴羽もコーヒー飲めないし、辛いの苦手だし、渋いのもダメだからな」


 そう考えると、千里と鈴羽の味覚は似ているのかもしれない。


 ……その事を鈴羽が知ったら、なぜだが急に勝ち(ほこ)りそうな気がするので、あいつに教えるのは止めておこう。


「とはいえ、コーヒーぐらいは飲めるようにならないと、今後困る気もするんだ」

「困る? 例えば?」

「取引先の相手に出された場合とか」

「あー……」


 確かに、テレビ等でよく見る光景ではあるが……。


「本当にダメなら、断れるんじゃないか、ああいうの」

「それはさすがに失礼だろ」


 真面目(まじめ)か。

 いや実際、千里はドが付く真面目なのだが。


「じゃあ、ちょっと飲んでみるか?」

「え?」

「いや、無理なら別にいいんだけど。物は試しというか」

「……分かった。一口(いただ)こう」


 千里が俺から紙コップを受け取り、それを自分の口に運ぶ。


「……」

「どうだ?」

「苦い」


 そう言って、千里が立ち上がり自動販売機の方に歩を進める。

 口直しに何か飲むつもりなのだろう。


 やはり、何事も思い付きで行動するものではないな。千里には、俺の軽率な判断で悪い事をした。いずれお()びをしないとな。


 そんな事を考えながら、(なか)ば無意識に紙コップを口に運ぶ。


「……」


 いや、これはあえて気付かなかった事にしよう。その方がお互いのためだし、今更意識したところで千里が困るだけだろう。


 飲み物が出来上がるまでの数十秒。その間に俺は息を整え、何食わぬ顔で千里を出迎えるのだった。

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