私の周りが騒がしい。
気分転換にばーっと書いてしまった短編シリーズ。
相変わらず山も谷もオチもないですが、よろしければ。
ごきげんよう、みなさま。
雲ひとつない昼下がり。暖かそうな光とは裏腹に肌寒い風が窓から吹き込む。そんな窓際にある、とある教室の一角です。
机に突っ伏した私の前には、キラキラとした笑顔の無駄遣いをしたイケメンさん。彼は、椅子の背もたれに腕を乗せるようにして、後ろの席にいる私を長いこと見つめています。そのチョコと砂糖とあんこをごちゃ混ぜにしたような甘ったるい瞳は、今にも胸焼けを起こしそうなので、どこかに捨ててきて欲しいです。
「み〜ちゃん!構ってよぉ〜。」
あー、普段は爽やかな好青年で通っているこの男の緩みきった声。また一気に周りがうるさくなりました。静寂を愛する私になんたる仕打ちでしょう。だからこの男は好きではないのです。
そんなことも気にせず、男は私の腕をツンツンと突いてきます。うざいです。だるいです。ほんと面倒です。特に手首のあたりを触られるとゾワっとするのでマジ勘弁です。
しかし、男はそれを知った上でわざと、その長く綺麗な指を私の手首に滑らせてきます。思わずビクリっと身体が反応するのは、嫌々ながら生理現象です。
男は少し嬉しそうにその笑みを深めます。
「み〜ちゃん。ここ、弱いよね〜」
…やっぱこの人変態です。お願いだから他の方々、私からこの男を引き剥がしてください。
彼、菅原隼人が私に構うようになったのはちょうど2週間前。クラスのちょっとした一大イベント、席替えが行われてからでした。
それまで私と彼は一切言葉を交わしたことのないクラスメイト。いつも日の当たる場所で皆の中心にいるのが彼なら、その陰の隅でひっそりと眠っているのが私、つまり私たちは普通に過ごしていれば相容れないはずの存在だったのです。
それが何の因果か。2週間前の席替えで私は彼の後ろの席を引き当てました。悲劇です。平穏な生活を求める私にとって彼も、彼の周りも、我が物顔で道路を走り回る暴走族の方と変わりありません。いつも彼を中心に男女構わず集まってきて、やいやい好き勝手に騒ぎ出すのです。
静かに本を読むという私の嗜好が成し得ないとすぐさま判断した私は、席替え初日から寝たふりをして机に突っ伏すことを固く誓いました。もともとクラスの方には遠巻きにされているので、寝たふりをした私の方まではクラスの賑やかな団体様たちもやってこないのです。
そう、だから。彼と私は一切関わることもなく、次の席替えまでの期間を乗り切るはずだったのです。
それが崩れたのはその席替え初日。昼休み後すぐの授業が終わった直後のことでした。
ツンツンと、私の腕を突く感触に、私は不思議に思い視線を上げました。上げた瞬間、その目に入るのはあのニコニコとした眩しい笑顔。私が心から関わり合いたくないと思う、菅原くん、その人でした。
何かの間違いだろう。
そう確信した私は、また腕に囲われた空間へとダイブしました。しかし、それを遮るように私の席の前の住人は
「わ〜待って待って!無視しないで〜」
と騒ぎ立てました。
どうやら間違いではなく、本当に私に用があるらしい。
無視して彼を取り巻くヒエラルキー上部の方々に不況を買っても面倒なので、とりあえずまた顔を上げました。ただ媚び売ってるとか、態度がでかいとかも言われたくないので、その顔は徹底した無表情に留めておきます。
「何でしょう。」
私の、良くも悪くも平坦な声に、彼はニコニコと笑い返します。誰にでもこのキラキラ笑顔を振りまくのは彼の特技であり、デフォルトです。
「河村さんって、本が好きなの?」
彼はそう言って私の返事を期待するようにその首を傾げます。首のラインが綺麗で、思わず見惚れそうになったのはきっと私だけではないはずです。
そんなことより。予想とは違い、明らかに意図の読めない質問に私は困惑しました。
それ、明らかに用事とは違いますよね?
と。だからとりあえず、
「そうですけど、どうかしましたか?」
と、何が仰りたいのかと再度問いました。しかし彼は変わらず、その笑顔を崩すことはありません。
「今日の授業中、ずっと本読んでたでしょ?」
と彼は言いました。それはもう綺麗な、百点満点の笑顔でです。
私はこの瞬間、この人はヤバイ人だと悟りました。
だって、私の前の席に座る彼が、後ろの席にいる私が教科書の間に本を隠して読書していることを知っているなど、普通じゃないからです。
私の知る限り。今日彼は、授業中1度も後ろを向いてはいません。そんなことすれば、いくら本に夢中になっていた私でも、すぐ違和感を覚えるからです。
それなのに、後ろで私が隠れるように読書を楽しんでいることを知っていた。彼が万が一、360度見える目を持っていたとしても、恐ろしいことです。だってクラスでもいるかいないかわからない女子の、しかも話したこともない女子の挙動を、観察してたということなのですから。
怪しい人には関わらない。これ鉄則です。
この場を持って、騒がしいクラスの中心人物から一気に危ない人に格上げされた彼を前に、私は何事もなかったように突っ伏す道を選びました。むやみに刺激して、これ以上何かをされても困りますので。臭いものには蓋の原理です。
しかしこれがキッカケに。私の意思に反して、彼の行動はエスカレートしていったのです。
毎日毎日、彼は休み時間のたびに私に構うようになりました。ツンツンと突いては、好き勝手に私に向かって話し続けるのです。
「今日は何の本読んでたの?」
「お昼はどこで食べてるの?」
「さっきの数学難しかったね〜」
と、反応を返さずじーっと机に顔を伏せる私に、休み時間の間、延々とです。
最初は他愛もない話が3日、4日過ぎたあたりから少しずつエスカレートしていきました。
「名前、実夢って言うんだね〜。み〜ちゃんって読んでいい?」
とか、
「昨日、下校しながらも本読んでたでしょ?危ないからダメだよ〜」
とか。私の反応を引き出したいのか、それはそれはぞっとするものばかり。
当然、こんな地味な女に執着し始める菅原くんを、面白く思わない人たちが必死に彼を引き戻そうとしました。彼のことが大好きな、彼のファンクラブの女の子さんたちです。
「ねぇ〜、隼人。こんな寝てるだけの子放っておいて、私たちとおしゃべりしよ〜」
と、普段は耳にまとわりつくその甘たるい声を、私も無力ながら心の底から応援しました。どうか、この変態さんを私から引き離し、私に平穏をお恵みくださいと。
しかし、彼は何をトチ狂ったか。そんな可愛い女の子さんの誘いを無視し、私に話しかけるのをやめないのです。
執着を通り越して狂気を感じました。
そんな攻防戦が3日ほど。すっかり彼の変質さに圧倒されてしまったのか、彼のファンクラブさんたちは彼を引き剥がすのを諦めてしまいました。
そしてあろうことか。彼の背後で彼と私の様子をおしゃべりしながら観察するようになったのです。
静寂からまたさらに遠ざかりました。もうこうなったら、彼が飽きてくれるまでひたすらに耐えるしかありません。
そうして過ぎた1週間。
私は絶望の淵にいると言っても過言がないでしょう。唯一ぼっち弁当を理由に教室から逃げられる昼休みを除き、あの男の視線がずっと突き刺さるのです。その昼休みも、まだ保健室横のカウンセラールームで食べているとバレてないだけで、いつその時間も死守できなくなるか、気が気じゃありません。
とりあえず、席替えまで2週間。
内心悪態を吐くことでなんとかやり過ごそうと心に決めております。
あー、何故、
私の周りが騒がしいの。
お粗末様でした。
追記、
よく考えたら男子サイド書かないと真相がわけわからんなと気がついてしまったので、また気分転換したくなったタイミングで男子サイド短編上げます。
ただ男子サイドだけ読むとほんとありふれた話になるので、期待はしないでください。笑
追記の追記
できました。
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