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魔王ですが、つぶやいったーで炎上したら勇者に襲われました

作者: 鮫島ギザハ


「これが…………”つぶやいったー”…………!」


 震える指先で、石版タブレットの青いアイコンに触れる。

その石版、〈ギルドカード〉が虚空に映し出す魔術ウィンドウに、アカウント作成画面が開いた。

……とんでもない技術だ。我が封印されていた600年の間に、人間の技術は大きく進歩したようである。


「よし……」


 我が執務室を見回して、誰もいない事を確かめる。

見られては大変なのだ。

そう……我が手の中で、個人認証の入ったギルドカードが動いている、ということは。

わざわざ人間領くんだりまで魔王が自ら出かけ、こそこそ正体を偽装してギルドカードを作っていた、ということだ。

我が秘密計画、その名も”好感度アップ作戦”の一環である。誰にも知られてはならない。


「誰も来るなよ……頼むぞ……!」


 箸が転がっても人間を滅ぼしたがる魔族連中にこれがバレたならば、それはもう大変だ。

魔王城が戦場と化すことは間違いない。

もちろん我は魔王であるからして、連中を返り討ちにするぐらいなんでもないのだが……。

後任を選定するのも、引き継ぎの書類仕事をこなすのも、我だ。

自分から仕事を増やしたくはない! 我だって休みが欲しい!


 幸い、近くには誰の気配もない。

ギルドカードから投影されているウィンドウに目線を戻し、仮想キーボードを叩く。

内容はこうだ。


ニックネーム:魔王ヴァルガ

ID:@Maousama

住所:魔王城

パスワード:なかよし


 うむ。良いパスワードである。

魔王の我とまったく似つかわしくない言葉! 凡愚どもが千時間頭を捻ろうと突破できない完璧なセキュリティだ。

これぞ魔王の策謀、天地に比肩するものなき知略の極み!

もちろん忘れたら大変なので、IDとパスを付箋にメモって貼っておく。油断なし、死角なし!


「さて……」


 アカウント作成ボタンを押し、次の画面に移る。

興味のあるトピック、とやらを入力すればいいらしい。

……ふたたび周囲を確認し、誰も居ないことを確認して、打ち込む。


「人魔共存」


 検索結果、0件。

むう。厳しい状況である。

過去の魔王共がやってきた事を考えれば、それも当然と言えるが。

だが、我は引かぬ。前例などに囚われていて魔王が務まるものか!

魔王が従うは、我が心のみ! いつか人魔共存の成されるまで、我が歩みは決して止まらぬ。


 あ、我ちょっとかっこいいこと言った。ふふ。

トピックをひとまず諦め、次へ移る。

フォローするアカウントを選ぶ……!

重要なプロセスだ。リストの頂点に目を向ける。


「なっ」


 勇者、キラハ!

今代の勇者が、なんとリストの頂点に鎮座している!

アイコンは、こちらに背を向けた紫髪の華奢な少女だ。その後姿に、白色光を放つ聖剣が映り込んでいる。

勇者にしか使えない剣。間違いなく本物。


「こ、これは……幹部共には内緒にせねば」


 やつらが知れば今すぐにでも殺しに行くはずだ。それはまずい。

もはや、このギルドカードは宝物庫の鍵よりも貴重な品と言っても過言ではないな。

決して身から離さず持ち歩かねば。


「勇者キラハをフォロー……む? これは……勇者パーティの仲間まで……!」


 いや……賢者やら国王やら、だいたいの重要人物がつぶやいったーアカウントを所持している!

なんてことだ! 魔族に顔を知られる心配とか……そういうのはないのか!

呪い殺すことだって可能だというのに! もっと魔王に対して真剣になれ!


「ばかどもめ! 全員フォローだ! ククク……そんな気がなくとも、殺せば楽に人間を滅ぼせるリストが手中にあるというのは……よいものだな……」


 我が先代の勇者に破れて封印されてから、およそ600年。

その封印が解けてから、今代の魔王を名乗る不届き者を征伐し、自らの魔王軍を組織し今に至るまで、三ヶ月。

たったの三ヶ月で……これほどのリストを握ってしまった。

我ながら恐ろしい有能さだ。

ククク。もし前と同じように我らを滅ぼさんとするならば、貴様らの命運はないぞ、人間ども。


「よし。これでいよいよ、つぶやいったーアカウントを動かせるのだな」


 ぽちぽち文章を打ち込んで、140字いっぱいまで使い切る。

それからギルドカードの魔術カメラアプリを起動し、目一杯の笑顔を作る。

そう、これが我と人間のファーストコンタクト。精一杯に良い印象を与えねば。


 ……自撮り! フラッシュが瞬く!

ぎらぎら輝く黒に琥珀の瞳、大きく開いた口から覗く手入れされたなめらかな牙!

我ながらいい笑顔である!


「よし……やいった!」


 ”やいった”とは、つぶやいったー上の投稿を指す若者言葉だ。

このようにして、投稿した、という意味で使われることもある。

そう、我は時代に敏い! ”なう”な魔王様なのだ。


―――――――――――――――――――――――――

魔王ヴァルガ@Maousama 今

我々の間には、血と憎悪に塗れた赤い大河がある。

あまりに広い。岸の反対側すら見えぬ。

だが、そこに橋を掛けられたならば。

血と憎悪を介さずして互いの姿を見れたなら。

人と魔の間に、大地を支える豊かな河が流れる未来もあろう!

人よ聞け! 我こそ先代魔王の力を継ぐ者、ヴァルガである!


From:闇の大地 不明な地点(363,85)

―――――――――――――――――――――――――


 良い笑顔と共に、理想を歌いあげる魔王! 添付された、最高の笑顔の魔王!

うむ! 誰が良い印象を抱かずにいられようか!

さあ、次だ。ガンガンつぶやいったーを活用して、魔族共に知られぬ間に地盤固めを……。

む。

ギルドカードが、ぶるり、と震えた。通知だ。


―――――――――――――――――――――――――

新人潰し@Guild_no_Yarareyaku 今

@Maousama

おいおい、やっていい事と悪い事があんだろ? 魔王のなりきり垢なんて、いくらなんでも不謹慎だ。

―――――――――――――――――――――――――


 む。

むむむ!

我が……なりきり垢……だと……!

意味はわからないが……おそらく偽物呼ばわり!

これはよくない。本物だという証拠を上げねば。


 ギルドカードの映像録画アプリを起動し、我が見事な肉体と窓の外が映るようなアングルで固定する。

録画開始。


「ふはは! よく聞け、人間共! 我が名はヴァルガ、今代魔王! そして、人魔の和平を目指すものである!」


 カメラに笑顔を向けながら、窓のそばへ移動。

同時に魔力を練り上げる。我が力に捻じ曲げられて、空間が歪む。


「今から諸君に、我が本物だという証拠をお見せしよう!」


 禍々しい紫の光が、手のひらに生まれた。

膨大な魔力が一点に集中している証。

そして放つは……魔王砲!


 窓の外の青空に、一筋の紫光が奔る。

周囲の空気を蒸発させながら直進する超音速の魔力流!

それは射線上にあった山を貫通し、見事な大穴を開けた。

うむ。今日も絶好調である。


「これぞ我が奥義、魔王砲! あの山を見れば分かるであろう、我が本物であると!」


 カメラの元へ戻る。もちろん素敵な笑顔のままで。

そう、好感を持たれることが大事なのだ! こんな良いスマイルを嫌う人間が居るものか!


「そして! 我がこの力を人間に振るうことは今後一切ない! 今この場で、そう約束しよう!」


 極限の笑顔を浮かべ、とどめの一言。


「なぜなら、我は人間が大好きだからだ!」


 録画停止。むろん我は本物である、とだけコメントをつけて送信。

これでよし!

好きと言われて喜ばないものはいない! 少なくとも、我の知る限りではそうだ!


「魔王様?」

「!!!」


 ギルドカードを背後に隠し、開きかけの扉に向き直る。

角を生やした妖艶な女が、扉の隙間から我を見つめていた。

セリィ。我が秘書だ。


「ど……どうしたのかな?」

「会議の時間ですよ? にしても、何やら物音がしていましたが……」

「た、大したことではない。この書類を読み終えたら向かうとしよう」


 ぶるる、とギルドカードが震えた。

いや。震え続けている!

まったく絶え間なくものすごい勢いで震えている!

通知音だ! 人間どもが魔王の存在に気づいたに違いない!


「……その振動……」

「う、うむ」

「……魔王様ぁ。欲求不満なら、そうとおっしゃって下されば、いつでも私が……」

「ち、ちがっ!? い、いや、うむ、そうだな!? そういう振動かもしれないな!?」

「ええ、そうでしょうとも……」


 扉の隙間から見えるセリィの瞳が、妖しい誘惑に潤む。


「……会議の時間ですから。お楽しみは切り上げて、あとで二人で楽しみましょう?」

「い、いやそれはちょっと」


 扉が閉じた。セリィの足音が遠ざかる。

と、とにかくしのいだ。何か尊厳を失ったような気もするが。

急いでギルドカードを開き、ちらりと通知を確かめる。


―――――――――――――――――――――――――

新人潰し@Guild_no_Yarareyaku 11秒前

@Maousama ひえええっ! 本物だなんて知らなかったんです! 命だけはっ!!

―――――――――――――――――――――――――

ミスター・サケ@BeerBeerBeer1111 19秒前

@Maousama ごめんなさい!!! 妻と息子だけは!!!

―――――――――――――――――――――――――

金十字@GoldenCross8 27秒前

@Maousama 人間はこんな脅しになど屈しない! 屈しないぞ!

いや、金ならある! 金ならあるから許してくれ!

わたしだけでいいから! ほかは殺していいから!

―――――――――――――――――――――――――

賢者クオン(女騎士オークの性活4巻まもなく発売!)@WiseFool 35秒前

この動画が合成である可能性は低そうです。本物の確率が高いと言わざるをえない。 RT@Maousama むろん我は本物である


From:ケトルフ王国 王城

―――――――――――――――――――――――――

R@R12345 45秒前

魔王様じゃねえか! @Maousama

―――――――――――――――――――――――――

ポエットマン@poet_man 50秒前

この牙! この凶悪な顔! 今にも人間を取って食おうという顔ですよ!

こんな魔王が地上に現れたのも全て政治が悪い!

―――――――――――――――――――――――――

くすりや@Irie0233 1分前

え、顔こわ…… RT@Maousama むろん我は本物である

―――――――――――――――――――――――――

勇者キラハ@Brave 1分前

@Maousama 殺す

―――――――――――――――――――――――――


 読まずともわかる大惨事である。

我が”やいった”は既に各所へ大拡散、いや大炎上していた。

話題のトレンド一位は「魔王」、トレンド二位は「魔王討伐」。

どうしてこうなった? 笑顔が悪かったのか?



- - -



「……これより魔王軍幹部会議を開催する」


 そこで一息いれて、長机を見渡す。

殺気を放つ魔族や魔物の族長たちがずらりと並び、一様に我の言葉を待っている。

ここでまさか、人間との和平の可能性について、などという議題を出そうものなら……。

まず反乱だ。裏で人間との和平を模索しながら、とりあえず無難な魔王を演じるしかない。

”つぶやいったー”を使った好感度アップ作戦は今のところ大失敗だが、まだ終わってはいないのだ。


 だいたい、まだ失敗だと決まったわけでもない。

どういう反応が返っていたかちらりと見ただけで、誰がどういう返信をしてきたか中身を読むほどの時間はなかった。

誰かが”殺す”と書いていたような気はするが、まあ、我は魔王だ。いくら殺害予告されても心配ない。


「議題は昨日から続き、侵攻ルートである。兵站面に優れるA案、心理効果に優れるC案、この二つに絞り込まれたところだ」

「納得いかねえ!」


 ひとりの魔族が勢いよく立ち上がり、イスが後方に倒れた。


「両方まどろっこしいんだよ! 面倒なことやってないで、スパッと強襲しちまえばいいだろ!」


 炎を思わせるような赤髪の、イスファ=ラミル。

絶大な実力を持った上級魔族の一人で、直情型の女。

もっとも警戒している相手だ。こいつが勝手に突っ走り人間との戦争が始まってしまえば、我が好感度アップ作戦が台無しである。


「頭が高い」


 ざわついた場を手で制し、ラミルに告げる。


「まずは席につけ」

「……!」


 わが一睨みで彼女はすくみあがり、素直に椅子を戻して座る。


「会議をなんだと思っているのだ。決定事項を尊重せぬようでは、話し合いなど成立しないだろう」

「……ふん……仲良しこよしの魔王軍なんざ、悪い冗談だろうが。個々人で勝手にやって何が悪い……」


 ラミルの声は細い。強がっているのが丸わかりだ。


「ならん。いいか……過去、どれだけの魔王が慢心の末に倒れたと思っている? 十や二十では利かんのだぞ」

「それは……けれど、現代の魔族は昔の連中より……」

「そうだ。だが、人間共も昔より強い。技術の進歩だ。なんでも、”ぎるどかーど”なる妙な品物があるとか」


 瞬間。ぶるる、という振動音が、どこかで響いた。

これは……これはギルドカードの通知音!

思わずポケットに手を突っ込んで確認するが、我がギルドカードは止まらない通知で震え続けてうるさかったので”暗黒空間”に放り込んだままだ。

く。今の瞬間に魔法で発信源を確かめていれば、誰の所持品か特定できたものを。


「まさかとは思うが……この中に、”ぎるどかーど”だとか……人間どもの作品を持っている人間はおるまいな?」


 ということは、この中にギルドカードを持っている人間がいるということではないか。

なんたることだ。そいつを放っておいては、我が人間と仲良くしようとしたことがバレてしまう。

この会議が終わるまでに特定しなければならないが……しかし、そいつが吊るし上げられても困る!

もし人間との友好派なら、貴重な仲間になりうるのだから。


「いま名乗り出たならば、許してやろう。猶予は長くないぞ。三。ニ。一……」


 誰も名乗り出ない。みな周囲を見回している。怪しい相手がいないかと疑いあっているのだろう。

我が席の背後に控えている秘書のセリィは、こちらに意味深な笑みを浮かべていた。

そういうのじゃないから。我、そういうのじゃないから。振動源は他の人だから。


「……ふん。まあよい。ラミル、とにかく人間は油断ならぬ相手なのだ。故に、よく練られた侵攻計画を、最適なタイミングで実行せねばならん」

「あ、ああ……」


 我が威圧感にいよいよ屈したか、顔面蒼白のラミルは素直に頷く。

ひとまず会議が瓦解する危険はなくなった。

が、ギルドカードの所持者は不明なままだ。会議が終わるまでに特定しなくては。


「では、A案とC案の比較検討に移る。セリィ、ボードを」

「お任せあれ、魔王様」


 我の座る上座と反対側に、白い紙の貼られた大きなボードが設置される。

各々の手元に置かれた付随資料を元に論点が整理され、我に指名された幹部たちが二分の時間内で意見を表明していく。

魔王軍の会議はけっこうマジメなのだ。


 が、我はそれどころではない。

とにかくギルドカードの持ち主を確かめる必要がある。

……目立ってしまう強制的な手段を取らず、我だけが持ち主を知れるような方法。

むう。なかなかに難題であるな。


 方法を考えながら、会議をつつがなく進行させる。

議論が煮詰まってきたところで、我は思いついた。


「そうか」


 なにも、この場で特定せずとも構わない。

相手もギルドカードを持っているのだから、すぐに我がアカウントの存在を知るはずだ。

なら、”つぶやいったー”上でコンタクトを取ってしまえばよい。


「諸君! ここらで一度、休憩時間を挟むとしよう! 三十分後に最終決議を採る!」


 肯定的な反応が広がった。


「これより休憩時間とする!」



- - -



―――――――――――――――――――――――――

魔王ヴァルガ@Maousama 今

魔王軍幹部会議でギルドカードの通知を鳴らした者へ。

話がある。魔王城地下二階、牢屋跡に繋がる廃通路にて待つ。


From:闇の大地 不明な地点(363,85)

―――――――――――――――――――――――――

ねむい@Mach_o_Warrior 1分前

なに? 今起きたんですが? いったい何が? 勇者どこか行ったんです?

―――――――――――――――――――――――――

フレイドリヒ@Freidrich14 5分前

わが臣下の民よ。魔王復活の報に慌てることはない。

仮に魔王が出現したのだとしても、パニックに陥らず、普段どおりの生活を送り続けることが何より討伐に繋がるのだ。

不要な外出は避け、買いだめに走らず、警備兵の指示に従って粛々と行動するように。

―――――――――――――――――――――――――

勇者キラハ@Brave 7分前

にしし

―――――――――――――――――――――――――

さすらう星幽体@Foreign 16分前

興味深い。こんな決着が成り立つとすれば千年に一度の奇談だが……。

エルフの里を出てまで、われが勇者パーティに名乗り出た意味はあったのか……?

―――――――――――――――――――――――――

勇者キラハ@Brave 19分前

@WiseFool なに、あたしの加護がありゃ心配ないさ。今からそっち行くよ

―――――――――――――――――――――――――

賢者クオン(女騎士オークの性活4巻まもなく発売!)@WiseFool 20分前

@Brave ええ、王城のリソースを使えば術式の範囲内ですが……しかし、この距離では一人を送るのが限度です。

いくらなんでも危険すぎますよ


From:ケトルフ王国 王城

―――――――――――――――――――――――――

勇者キラハ@Brave 23分前

@WiseFool なあ、それが分かったんなら転送術式で送れねえの?

―――――――――――――――――――――――――

賢者クオン(女騎士オークの性活4巻まもなく発売!)@WiseFool 23分前

技術者と共にパケットを解析した結果、やはり改竄の可能性は低いようです。

今代の魔王は、まず間違いなく、闇の大地の座標(363,85)に建つ城へ陣取っていると考えられます。


From:ケトルフ王国 王城

―――――――――――――――――――――――――

勇者キラハ@Brave 25分前

@Foreign あたしは勇者の使命を果たすだけさ。誰にも文句は言わせねえよ

―――――――――――――――――――――――――



- - -



 魔王城、地下二階。

「城内に牢屋を置くと、囚人が脱走した際に危険なのでは?」という我が鶴の一声で解体された、元牢屋である。

人気はなく、薄暗い。密会にはうってつけの場所だ。


 かつん、かつん、と足音が響いてくる。

それは石造りの階段を降り、我が潜む広間にまで足を踏み入れた。


「止まれ」


 魔法の光を浮かべ、相手を確かめる。

それは赤髪の女だ。


「……ラミル?」

「ああ、そうだ。通知を切り忘れたまま会議に入っちまってな」


 彼女は懐から小さな石版タブレットを取り出した。

ギルドカードである。


「何故、強硬派のお前が……? もしや、人間の情報を収集するためにギルドカードを……」

「ああ? いや、ちげーよ」


 彼女は居心地悪そうに頭を掻いた。


「オレは人間を滅ぼす気なんか無い」

「演技か」

「そうだ。……今回の魔王はマジで人を滅ぼす計画を練ってるから、今の所はそういうフリをしておこう、ってな」


 肉食獣じみた牙を剥き出しにして、彼女はにやりと笑った。


「まさかアンタが同じ立場だとは思わなかったがな、魔王様」

「うむ……」


 これは予想外だ。が、味方が増えたのはありがたい。


「で、あんたの”やいった”に書いてあった事は本当なのか? 和平を目指すって?」

「うむ。……長く続いた勇者と魔王の伝統も、そろそろ変わっていい頃だ」


 人間の住む大地も、魔族の住む闇の大地も、これまでにないほど豊かな文明を築きつつある。

ギルドカードの存在がその証左だ。

こんな高機能な代物を、〈冒険者ギルド〉なる一組織がほいほい配布できるのだから。

なら、共存の道も存在するはずだ。


「……ところでラミル、通知を切る方法が存在するのか?」


 ぱちん、と指を鳴らして、眼前に暗黒空間を呼び出す。

暗闇に手を突っ込み、がらくたの中から放り込んだギルドカードを取り出して、我はたずねた。


「どうやればいいのだ? 止まる様子がないのだが」


 未だに震え続けるそれの勢いは、まったく衰える様子がない。

大炎上だ。既に二十万RTを突破してまだまだ伸びる。

きっと無数の罵詈雑言が飛んできているに違いない。

さすがの我もちょっと傷つく。


「すげえ震え方だな。大炎上してるじゃねえか」

「うむ……何故こうなってしまったのか」

「顔が怖……いや、なんでもない」


 怖い? そんな事は無いと思うのだが……。良い笑顔を作れていたことだし。


「どれ、通知切ってやるからちょっと貸し……」


 その瞬間、魔王城が震えた。

大地そのものが軋むような大轟音と、常人ならば立っていられないほどの揺れ。


「これは……もしや、結界が突破された衝撃か!?」


 震え続けるギルドカードを暗黒空間に投げ込んで、我は駆け出した。

ラミルがぴったり後ろにつく。

我が速度に付いてこられるのだから、上級幹部の力は伊達ではない。


 一瞬のうちに、我らは地上階に出た。

下級魔族どもが右往左往している。地獄もかくや、悲鳴と怒号の飛び交う大混乱の有様だ。


「貴様! 何があった!?」

「ま、魔王様!? 勇者です! 勇者が城に!」

「何ッ!?」


 我とラミルは顔を見合わせた。


「何故ここが分かったのだ!?」

「さっぱり分かんねえ! 何でだ!? ”やいった”だけだろ!?」


 もしや! ギルドカードに罠が仕掛けてあったのか!?

なんたる狡猾な策!

……何かが根本的に間違っている気もする!

とかく今は理由より行動だ、考える時間はない!


「おい、そこの下級魔族! 勇者はどこへ向かったのだ!?」

「既に一階は突破されました、魔王様! おそらく上に向かっています!」

「上だな!?」


 ラミルと視線を交わし、階段を駆け上がる。

ルート上には無数の魔王軍兵士が倒れ、散乱した物品や無数の傷跡と共に、勇者の驚異を物語っていた。

……ちらほらと、見覚えのある幹部格が混ざっている。兵にも幹部にも、まだ死人は出ていないようだ。


「暴力の跡が続くのは……上か。行くぞ、ラミル」

「上? そっちは会議室の方向じゃねえか!」


 流石の勇者といえど、会議のために集まった幹部と一度に交戦したならば……。

いや、それは魔王らしからぬ甘い考えだ。既にこれだけの被害が出ている以上、万が一もありうる。

それに、我とて単身で魔王軍に立ち向かえるのだ。勇者が同じように単身で立ち向かえるのは自然なことであろう。


「ぜ、全滅してんじゃねえかよっ!?」


 会議室は何かの爆発によって吹き飛ばされたようだ。

辛うじて原型をとどめているが……。ここにも数人、幹部格が倒れている。

魔力の反応を探る。命を落とした者はまだ居ない。いや、大半が余力を残してすらいる。

……ふむ。我と勇者に潰しあわせて、漁夫の利を狙う戦略であろうか?


「ここで止まらぬのならば、残るは我が執務室ぐらいのものか」


 実質的な落城にも等しい状態である。

なんと不甲斐ない。全力を出していない者が多いとはいえ。

……あるいは、我がカリスマが足りぬのだろうか?

つぶやいったーで大炎上したのも、もしやカリスマ不足が原因やもしれぬ。


「ラミル。もしや、我は魔王として信用されておらぬのか……?」

「むしろ信用されすぎて……あ。なんでもない」

「うむ?」


 禍々しい装飾の施された、無駄に長い廊下を渡る。

その突き当り。大きく重い両開きの扉が、我が魔力に反応して荘厳に開いてゆく。


 執務机に、一人の少女が腰掛けていた。

黒ドレスに身を包み、足を組んだまま、こちらを上目遣いで睨んでいる。

大きな目の隈、にやりと歪んだ口元、丸まった背。

あからさまに陰気な彼女の手中には、白く輝く聖なる剣。


「ほう。お前が今代の勇者、キラハか」

「まあね……」


 彼女は床に聖剣を突き立て、その柄に両手と顎を乗せた。


「そういうあんたが、魔王ヴァルガ。600年ぶりに復活した、闇の頭領」

「いかにも」

「で……ついさっき、”つぶやいったー”に和平の提案とも取れるようなことを書き込んだ」

「まさに。まだ引き返せる段階であろう、勇者。刃を納めれば、この場のことは不問とするぞ」

「ふうん……。悪いけど、あたしは人類の代表でさ……。安易に、はいそうですか、って真に受けるわけにゃいかないんだ」

「悪い事は言わん。引け、勇者。これ以上の狼藉を働かれては、魔王軍としても引き下がれなくなる。未来を自らの手で閉ざす事になるぞ」

「あたしだって開戦する気はねえよ。まだ誰も殺してねえだろ……」


 キラハは手の指でととんと柄を叩きながら、計るように我を見つめている。

ふむ。不殺は狙ってのことか……。

ならば。我は目一杯の笑顔を浮かべて、右手を差し出す。


「!」


 キラハの体が硬直した。かたたたた、と聖剣が音を立てる。

彼女の両手が震えていた。一筋の汗が、その頬を伝う。


「その顔……その顔だ。その凶悪な顔を見たせいで心停止した者が百三十人。精神に変調をきたした者は数知れず……」

「え? いや、ただの笑顔……我の顔、そんな怖い?」


 ラミルに尋ねる。

彼女は答えず、顔を背けた。


「これがただの笑顔ってか。常人ならとうに発狂してるぞ、魔王さんよ……」


 震えるキラハがわずかに口元を歪め、無理に笑顔を作った。

むう。まさか、この我の笑顔をこうも悪く言う人間が居るとは。

……少し傷つく。いくら我が強くとも、精神攻撃の威力は変わらないのだ。


「だめだ。話だけじゃ判断できねえ。結局、試してみるしかねえや」


 そう言って、彼女は視線をわずかにずらす。

キラハとラミルが、ほんの一瞬だけ睨み合った。


「準備は出来てるんだろ? こいよ」

「……手出し無用だぜ、魔王様。オレ一人でやる」

「待て! その必要は」


 静止の言葉を聞かずに、ラミルが跳ぶ。

弾丸のごとき爆発的な加速。衝撃波すら置き去りにして、真っ向から勇者キラハへ殴りかかる。

さすがは我が魔王軍の上級幹部。あまりに純粋な暴力の形である。

が、勇者は動かない。

無防備な勇者へ、ラミルが”着弾”した。


 執務机の向こうに並ぶ本棚へ、盛大な血飛沫が舞う。

……ラミルの魔力反応が、ぱたりと消えた。

机に腰掛けたままの勇者が、聖剣の血を振り落とす。


「さあ、どうだ、魔王様よ。あたしを殺す気になったか」

「……殺しはしない。だが、それなりの代償を覚悟するべきであろうな」


 魔力を放つ。それだけで周囲の空間が歪み、床に敷かれた絨毯が枯れて黒色の残骸と化し、原初の濃厚な闇が太陽の光を覆い隠す。

聖剣だけが、松明のようにかすかな光を勇者にもたらしている。


「絶望せよ」


 我が右手に魔力を込めて、大きく薙いだ。

魔王城を切り裂きながら、破壊の切っ先が勇者へ迫る。

腐って崩れかけた執務机から、勇者が飛び降りた。


「これで殺す気は無いってか……」


 斬撃をくぐり抜け、勇者が距離を詰めてくる。

再び魔力を放った。蠢く闇が空間を揺らす。たとえ勇者であろうと、一撃で昏睡させて余りあるほどの純粋な力。


「死んじまうよ……にしし……」


 聖剣の一振りがその波動を切り裂いた。わずかな光の照らす円が勇者を守る。

追撃で放った斬撃と魔法の矢を、最小限の動きで抜け、勇者は更に加速した。

もはや距離はない。聖剣の届く距離。


「ほう。中々」


 歴代の勇者の中でも上位に入るだろう。

たった一人で魔王城に乗り込んでくるだけはある。

……これを殺さずに仕留めるのは、流石の我でも骨が折れるであろうな。


「にししし……」


 奇妙な笑いを口の端から漏らしながら、勇者が聖剣を振りかぶる。

迫る、闇を照らす神速の一撃。

違う。我が魔力と聖剣が干渉していない。幻影だ!

とっさに魔力を放ち、反応で位置を探る。

……直上!


 魔力を剣の形に成型し、空中の勇者へ逆袈裟に切り上げる。

聖剣と魔力の剣が真っ向から衝突する、という瞬間、勇者が空中を跳ねた。

半透明の結界を足場に、我が背後へと勇者が位置を取る。

死角からの、必殺の斬撃。これが狙いか。


「……甘い!」


 周囲を包む闇が、我に勇者の位置を伝えている。

見ずとも、その位置は分かった。


「魔王砲ッ!」


 背中越しに、手加減された威力の奥義を放つ。

手応えがない。視界の端で、その方向を確認する。

空中を自由落下する聖剣と、人型に成型された光。

ブラフか。


 完璧なタイミングで、意識の外から、闇に紛れた勇者の奇襲が来る。

避ける術はない。


「褒めてやろう」


 勇者の握った短剣が我が心臓を突こうとして……甲高く震え、砕ける。

肋骨の隙間から心臓を狙う経路の、熟達した暗殺の業であった。

だが……我が心臓の直上には、外からでは存在が分からないほど小型のオリハルコンプレートを仕込んである。

魔王を暗殺しようとした勇者は、これが初めてではないのだ。


「見事な一手であった。次はなんだ?」


 振り向きざまに、我は勇者の首根っこを押さえた。

魔力を注ぎ、その体に拒絶反応を引き起こさせながら、空中へ持ち上げる。


「ふむ? これで全てか?」


 空気を求めてもがく勇者の顔が、次第に青くなっていく。

異種の魔力の拒絶反応がその体内で蠢き、皮膚に黒い影を浮かび上がらせた。

内蔵の焼かれる苦しみが、勇者を襲っているのだろう。

……こんなものであろうか。手を放す。


「がっは! ぐ、はあっ、はあっ……」

「言った通り、我にお前を殺す気はない。これで信じてもらえたものかな」


 床に転がった聖剣を、勇者の元へ蹴り飛ばす。

その回復効果を受け、彼女の容態はだいぶ改善した。


「くう……キツいぞ、こりゃ……」

「当然であろう。貴様は我が部下を殺したのだぞ? この程度で済んでいる事を、永遠に感謝することだな」

「……ああ。これだけは今のうちに聞いておきたいんだけどさ……和平の話も本気なのか……?」

「うむ。我は本気だ。配下を完全に押さえきれるとは限らんが、協力体制が作れれば対応は可能であろう」

「二言はねえな……?」

「当然。魔王に二言はない。決して」


 それを聞いた勇者が、指を鳴らす。

あるはずのない魔力の反応が返った。


「ラミル?」


 瓦礫の裏から、ひょっこりラミルが顔を出す。


「あー、えー……まあ、ほら……」

「どういう事だ? 説明せよ、いや、待て!」


 我が頭脳が、一つの可能性を導き出した。


「ギルドカードか。ラミル。ギルドカードだな。この状況を作るために、ギルドカードで勇者と打ち合わせをしたのであろう?」

「そういう感じで……いや、裏切ってたわけじゃないんだが、ほら……説明してくれよ」


 ラミルが勇者キラハへ視線を向けた。


「口だけなのか本心なのか。試すにゃ、それなりに緊迫した状況が必要だろ……」

「……それを確かめるためだけに命を張るか。見事な覚悟だな、勇者」

「いんや……”仲間がいる限り、あたしは死なない”のさ。勇者の加護の効果でな」

「比喩か?」

「本当のことだよ……あたしが致命傷を負うと、その傷は仲間に転写される。あたしだけは生き残るのさ」


 ……なかなかに魔王的な加護であるな。

この場にいる仲間、ということは。


「我がお前を殺していたならば、ラミルの命は無かったのか」

「そういうこと……そして魔王は勇者に討伐され、めでたしめでたし、ってね……にしし……」

「ふん。そう思っているのなら、いずれ腕試しに来るがよい。現実を思い知らせてやろう」

「そうするよ……どうせ、和平交渉で何回もこっちには来るだろうしね。次を楽しみにしてな……あ、そうだ」


 勇者キラハは懐からギルドカードを取り出し、腕を斜め上に突き出した。

……自撮りの構え! 意図がはっきりと分かる。

我は勇者の隣に歩み寄り、大きな笑顔を作った。


「うわ……」


 勇者が急に震えだした。


「うむ? 大丈夫か?」

「いや、顔が……」

「顔が?」

「怖い。狂いそうなぐらい怖い」


 そんなに?

え、なに、正気度が減るぐらいの怖さなの?

……ぐっ。プライベートでは親しみやすいおじさん、的な立ち位置を目指しているというのに……!

こんなところで魔王らしさを発揮したくはなかった……!


「……しょぼくれた顔だと、少しはマシだな……」


 気づかぬ間にツーショットの自撮り写真を撮り終えていたキラハはそう言い残し、窓の外へ消えた。

後に残るのは、我が破壊の跡ばかり。


「なあ、ラミル。我、いま、勇者と魔王が殺し合い続けてきた歴史の発端が分かってしまった」

「は?」

「人間の使節団に、笑顔で応対するようにしていたのだ。数千年前、我が史上始めて”魔王軍”を組織した時も、六百年前にもな」


 最初からずっと、我に殺し合いの意図はなかったのだ。

が、なぜか途中で我と話し合いに来た人間たちがとち狂って切りかかってきたり、脈絡なく神を称え始めて異端者呼ばわりしてきたり。

ろくに話が通じた試しがなかった。一時期、人間はこういう生物なのだと誤解して、本気で人類を滅ぼしにかかったこともある。


「それが良くなかったのだな……」

「ま、魔王様、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「いや……。なあ、ラミル、正直に答えてくれ。我の顔は……怖いのか? 兵器化出来るぐらい怖いのか?」

「うっ」


 ラミルは再び目を逸らした。


「そうか……そうだったのか……」

「なあ、魔王様、ほら、疲れてるんだろうしさ、休んだほうがいいんじゃねえ?」

「うむ……少し休ませてもらおう。お前は誰か探して、会議の準備を始めてくれ……」


 魔法で柔らかな雲のベッドを作り、横になる。疲れた体を包み込む柔らかな感触が心地よい。

……のだが、眠りを邪魔するように、我が斬撃魔法で切り裂かれた壁から隙間風が入ってきた。

むう。勇者の目的が分かっていたならば、もう少し力を押さえたのだが……。


「あ」


 突風が吹く。

壊れた執務机の周辺で書類の束が舞い上がり、窓の外へ次々と消えていった。

……拾い集めるのも面倒だ。つぶやいったーでも見よう……。


- - -



(表示設定:逆順)

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勇者キラハ@Brave 9分前

魔王とツーショット

(画像が省略されました。星幽通信環境を確認してください)

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賢者クオン(新刊自粛)@WiseFool 9分前

魔王がしょぼくれた顔で草

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フレイドリヒ@Freidrich14 9分前

これは! もしや魔王を討ち倒し、暴力で自撮りを強制したのか……!? 相も変わらず恐ろしいやつよ……! @Brave

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さすらう星幽体@Foreign 8分前

やはり、魔王の映った画像は〈恐慌〉の魔法効果を持っているようだ。

里の研究班に確かめたが、自動検閲機能の開発は可能らしい。これから打ち合わせる。

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さすらう星幽体@Foreign 7分前

@Brave ……この画像だと、恐慌の効果が薄れているな。

われが里帰りして対策を打とうとした意味はあったのか……?

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ラミル@R12345 7分前

ほら、この画像についてるリプライ! あんまり怖がられてないぞ! だから元気出して、魔王様! @Brave @Maousama

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ねむい@Mach_o_Warrior 7分前

二度寝してたら勇者と魔王の自撮り写真が上がってるんですが。これ夢ですか? よくわかんないから寝てますね?

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賢者クオン(新刊自粛)@WiseFool 7分前

@Mach_o_Warrior あの。恐慌にやられて暴走した兵士たちがいるので、鎮圧に手が要るんですが。仕事しろ

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賢者クオン(新刊自粛)@WiseFool 4分前

@Mach_o_Warrior ほんとたまには剣士らしい仕事してもらっていいですか?

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賢者クオン(新刊自粛)@WiseFool 3分前

@Mach_o_Warrior 起きてますよね? 20秒前にサキュバスの動画ふぁぼってますよね?

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ねむい@Mach_o_Warrior 2分前

@WiseFool うわ、ひとのふぁぼ欄覗くつい廃こわ……漏らしたわ……ふて寝しますね……

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賢者クオン(新刊自粛)@WiseFool 2分前

@Mach_o_Warrior 漏らした布団で寝るな

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勇者キラハ@Brave 1分前

@WiseFool @Mach_o_Warrior お前ら二人ともつぶやいったーしてないで仕事しろや

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魔王ヴァルガ@Maousama 1分前

怖がられてないが、好感度もアップしておらんであろう。

仲良くしようと笑顔を作れば相手がおかしくなるのだぞ。

我は悲しい。好感度がほしい。 @Brave @Maousama

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勇者キラハ@Brave 1分前

@Maousama 魔王がいじけてんなよ。しゃあねえなあ

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勇者キラハ@Brave 今

@Brave このツーショットの左下、壊れた机に貼ってある付箋に注目

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「む?」


 我は少しばかり遡り、勇者の貼ったツーショット写真を拡大した。

……こ、これは!


”あいでぃー:Maousama

ぱすわーど:なかよし”


 ……我がパスワードを記した付箋が、はっきり映ってしまっているではないか!

なんたる失態!


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魔王ヴァルガ@Maousama 27秒前

@Brave あの

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魔王ヴァルガ@Maousama 22秒前

@Brave 画像消してもらってもいいですか

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魔王ヴァルガ@Maousama 19秒前

@Brave パスワード映ってるんで

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魔王ヴァルガ@Maousama 13秒前

@Brave あの、ほんと我、こういうの困る。はっきんぐ? とか、されるのであろう?

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勇者キラハ@Brave 今

(画像が省略されました。星幽通信環境を確認してください)

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 む……!?

勇者が上げた画像、これは……直前の我のつぶやいったー四つ!?

ど、どういう意図が……!?


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勇者キラハ@Brave 今

魔王は顔怖いけど、結構かわいいとこもあるだろ? なあ、皆? にしし……

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 こ、これはまさか……勇者による、魔王の好感度アップ作戦!?

勇者が魔王に対して好意的な発言をしたとなれば、人間の我に対するイメージも変わっていくはず!

すばらしい! 

なんだかバカにされているような気もするが!


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くすりや@Irie0233 1分前

@Brave かわいいかよ

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ゴレン@DwarvenForgery1 1分前

@Brave なんだよ、俺たちゃこんなんを世界の終わりだなんだって恐れてたのか?

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ニホン・ジン@Tripper 1分前

@Brave これでロリだったら完璧な魔王だったのに……おっさんじゃねえか! ちきしょう!

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新人潰し@Guild_no_Yarareyaku 1分前

@Brave あ、案外そういうタイプなのな……許されたかな俺……

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 どんどん反応が集まっていく。

だいぶ好き放題言われてはいるが、上に立つ者はそういう扱いを受けるものである。

この調子ならば、人間の我に対する見方が変わる日も遠くない。

……長い時を経て、ようやく融和の一歩を踏み出せたか。


「さて……魔王軍の側をなんとかせねばな」



- - -



 会議室の扉を押し開く。

勢い余って扉が吹き飛び、会議室の隅に積まれた瓦礫に埋まった。


「……ここまで壊れると、いっそ一から建て直すのも手かもしれんな」

「見た目ほどは壊れていないようですよ、魔王様。後で被害調査結果をお持ちしますね」

「勇者が手加減したか。資料は頼むぞ、シリィ……さて、集まれるのはこれで全員か?」


 我の入室と共に立ち上がり待機している幹部たちを見れば、数人ばかり欠けている。

死者はいないというから、治療の後に安静を指示されたのだろう。


「よし。会議を始める」


 我が着席すると同時に、各々が席に着く。

椅子が無いのか、瓦礫を積んで代用している者もいた。


「今回の議題は……和平の可能性について」


 会議室が静まり返った。

……一気に緊張感が高まるだろうと予測していたのだが、どうも様子が違う。

むしろ、なぜだか空気が緩んだような気配。ラミルあたりがそういう反応をするなら理解できるが……。


「なぜだ? なぜ誰も激しい反応を示さない?」


 幹部たちは顔を見合わせた。

彼らも事情が分かっていないようだ。誰もが困惑している。

過激派筆頭のラミル……はともかく、他の過激派連中を観察しても、反発の気配は無い。


「勇者に洗脳でもされたか?」

「なあ、これってさ……」


 ラミルが何かを言いかけ、部屋のあちこちから大音量で鳴り響いた不吉な効果音にかき消される。

誰もが懐に手を伸ばし……”ギルドカード”をちらりと確認し、周囲の魔族たちが同じ行動を取っている事に気づいて、一斉に驚愕した。

……後ろに控えるセリィですら、懐に忍ばせたギルドカードを確認していた。


「お前……気づいてて我をからかってたな……?」

「う、うふふ……」

「笑ってもごまかせんぞ」


 セリィのギルドカードを奪い、画面を確認する。


 ”緊急速報:勇者、魔王討伐の拒否を宣言”


「そうか……これか。つぶやいったーの通知を消して懐に忍ばすことは可能でも、緊急速報の通知は消せぬ……そういうことだな」


 もう一度、会議室に緊急速報の通知音が響き渡る。

やはり、ほとんど全員の懐から鳴っていた。


 ”緊急速報:ケトルフ現国王フレイドリヒ、和平交渉の可能性を明言”


「ギルドカードを持っているということは、隠れて人間領に行っていた、という事だ。全員が持っているということは……」

「ま、魔王様! わ、わたしは魔王軍を裏切った訳では……ただ、そう、人間どもの文化の調査のために!」


 誰かが叫んだ。我がまだ人間を滅ぼす気でいると思っているのだろう。


「その目的ならば、情報を共有して然るべきであろうに。なに、ごまかす必要はない」


 暗黒空間を開き、我がギルドカードを引き出す。 

反応は様々だ。目を見開くもの、天を仰ぐもの、解放されたように力の抜けるもの。

それから、知っていた、とばかりに反応のない者も。つぶやいったーを見ていたのであろうな。


「我も持っている」

「ってことは、魔王様も実は和平派なのか?」

 

 ラミルがわざとらしく話題を振った。

……直接的だが、あまり迂遠なやり取りの特異な女でもない。


「うむ。その通り。我は和平派だ。……つぶやいったーを見ていたならば、既に知っている者も居るだろうがな」


 わずかに間を置いて、理解が浸透するのを待つ。


「そして……ギルドカードの所持率からすると、ほとんどの幹部が和平派のようだ」


 我は大きくため息をついた。


「最初から、誰も人間を滅ぼす気などなかった、ということだな」



- - -



(表示設定:逆順)

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魔王ヴァルガ@Maousama 5分前

……そして、我らは和平交渉に望むかどうかの決議を採った。

賛成23、欠席4。全会一致であった。

それからの経緯は、我が語るまでもない。(10/10)

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キラハ@Kiraha 4分前

で、和平交渉の場でうっかり笑顔を見せて使節団が大失禁

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魔王ヴァルガ@Maousama 4分前

@Kiraha その話はやめろ

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賢者クオン(女騎士オークの性活5巻、大好評発売中!) @WiseFool 4分前

次の日、歪んだ笑顔の仮面を着けてくるものだから怖がって全員逃げた事件もありましたね

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魔王ヴァルガ@Maousama 4分前

@WiseFool その話もやめろ

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魔王ヴァルガ@Maousama 4分前

昔語りはともかく! 我はな、ついに〈顔が怖いプロブレム〉の解決法を見出したのだ!

見よ、この姿を!

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 動画を送信する前に、我は再び出来栄えを確かめる。

角の生えた完璧な美少女が、目を細めカメラに顔を近づけて、そっと首を傾げる。

完璧なKawaiiムーブである。


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魔王ヴァルガ@Maousama 3分前

そう……顔が怖いのなら! 我自身の姿を作り変えて、美少女に受肉すればよいのだ!

見よ、この見事なKawaiiムーブを!

(不適切なコンテンツが含まれています。省略されました。理由:怖すぎ)

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さすらう星幽体@Foreign 3分前

われが作った自動検閲システムは正常に機能しているな。それなりに意味はあったようだ……

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魔王ヴァルガ@Maousama 2分前

な……なぜだああああああっ!!!!

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 我はがっくり崩れ落ち、執務机の書類に頭を埋めた。

……好感度アップ作戦の成就は遠い!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かにめっちゃ面白い(笑) [一言] いち筆者として、読ませていただいた作品には評価を入れる主義ですので、僭越ながら評させてもらいますね!!
[一言] 何やこれ…… メチャメチャおもろいやんけぇえええええww
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