プロローグ 天狗の神隠し
いやぁ。恋愛小説って、たまに書きたくなるんだよねぇ。
私は父に頼んで、高尾山に登りに行くことになった。久々の山登り。すごく楽しみだとワクワクしていたけど。
......まさか。
「...え?」
こんなに急な坂だったなんて。父が言っていたことは嘘であった。父に怒りながら聞くと、ヒールを履いて登っていた人はいた。けど緩やかな坂だとは言っていないと、大人の言うことではないとんでもないことを言われた。
母は母で車の中に水を置いてくるし、うちの犬は犬で半分も登らずにバテて座り込むし......。弟は弟で文句ばっか言うし。何なの、うちの家族は!!??
途中でウチのワン公の給水タイムが始まる。それを見たお陰で喉の渇きがより一層増し、何かが私の中で爆発した。
「暑いわ、もう!!」
これでは弟とやっていることが一緒である。
雨上がりでも容赦ないこの暑さ。そして人の量にこの坂。ここは地獄ではないのかと錯覚してしまうほどだった。大げさすぎるかもしれないが、六年振りの山登りだししかも父に騙されたお陰で山登りに適した靴を履いてこなっかたし。そりゃあキツイでしょ!?
やっとの半分、というところで私の体に異常が出始めた。喉は痛み、手足はズキズキと悲鳴を上げ始める。もはやここまでなのだろうか。ここで私は死んでしまうのだろうか。一瞬そう思ってしまった。
あぁ。とにかく今は水が飲みたい。川でもいい。雨水でもいい。ただ腹は壊すけど。
「......」
後ろから来る人達に追い抜かされながら、ひたすら無言で登った。視界がぼやけ、もう自分が何をしているのかさえ分からなくなってしまうほどに。
そして。
「!!」
多くの人で賑わう場所。私達は、休憩所に到着した。
地獄から一気に天国へと変わったこの感じが、とても素晴らしかった。ここまで苦労した甲斐があったなぁ...。
まず真っ先に水を買い、一気に飲む。喉の乾きすぎのせいか水を飲んだら余計にズキズキし始めたが、気にしない。だって美味しいんだもん。
ついでにアイスを買って、自分の体温を下げる。あまりにも空気が暑すぎたのか数分もしないうちに溶け始めた。ので、すぐに食べた。
「この上に寺があるから、行こう」
高所ならではのこの絶景に私が感動に浸っていたところに、また再び、地獄の声が聞こえたような気がした。いや、バリバリ聞こえた。
また...登るのかな?あんな坂を。あははははははは。
そして結局は登ります。そして女坂を選んだので急な坂ではなかった......距離は長いけど。
男坂を選べば一瞬の地獄だったらしい。急な階段だけだからね。
一瞬の地獄か、長時間の地獄か。選択を誤ってしまったことに、私は非常に後悔した。
なんやかんやあって、結果的には寺に到着できた。お邪魔しますと、門の前で一礼をしてから入る。そして近くにあった手水場で手を清め、早速本堂の所へ向かう。
すると本堂に入る前の門の両サイドに像が立っていた。小天狗と大天狗。元々趣味でライトノベルを書いているから、妖怪や神などにはとても興味がある。私はしばらくその二つの像に見入っていた。
そして帰りも、やっぱり見てしまう。今度は大天狗のほうばかり。天狗......天狗...と考えていると、ふと小説のネタが思い浮かんだ。大天狗と人間の恋、というのはどうだろうか。結構あるあるだけど、内容を濃くすればきっと面白くなるはずだ。
親に帰るよと呼ばれた声がしたので、私はその声が聞こえたほうに向かって走り出す。そして階段を降りようと。そう思った時。
「え...」
先程ここに来るときに上ってきた階段が無くなっていた。何故?現実ではありえない現象に、私は足が動かなくなり取り乱していた。
何で何で何で何で何で?頭が回らない。このない頭で考えても仕方がない。
とにかくここから降りる方法を探さなければ、日が暮れてしまう。そもそもついてきていないことに気づくはずだが、迎えにこないのは何故だろうか。
人の声一つもしない、ただ旦に揺らめく木々の音が耳を支配するだけ。
「誰か!!いませんか!!??」
必死に叫ぶけど、何の返事も帰ってこない。嘘でしょと泣き崩れ、私はその場に座り込んだ。
するとそこに。一つの声が。
「子供が引っ掛かったか」
低く甘い声が、辺りに響く。私はやっと助けが来てくれたと、満面の笑顔でバッと振り返り声の主の姿を目に捉えると。そこには。
「!?」
白く長い綺麗な髪。天狗のお面をつけ、金色の翼を生やし、青の模様が入った着物を纏い、一本歯の高下駄を履いている。そして手には大きな葉団扇が閉じて握られていた。
明らかに、どう見ても天狗であったその人物は、私のことを見て溜息をつく。
「ましてや、女が引っ掛かるとはな......」
何をさっきからぶつぶつ言っているんですかこの人は。私は恐怖で固く閉じていた口を、恐る恐る開いた。
「あの......どちら様でしょうか...」
とにかく助けてほしい、と私は懇願し、相手に頼んだ。すると。
「どちら様...?...見て分からぬのか」
最近見える者が減ってきているからなぁ、と呟く。いやいやいや。待て待て。見て分からないのって、そんな。信じないよ...?
「私は、そなたが先程見ていたあの[大天狗]だ」
「嘘ですよね?」
相手の言葉に被さるように、私は言った。だってありえない。絶対コスプレイヤーか何かだ。そうだよ。たとえ大天狗だったとしても、これは夢なんだ。うん。
覚めろ覚めろと髪の毛をかき乱してウロチョロ歩いていると。相手が再び、溜息をつきこう言った。
「信じぬ...か。ならば______」
そう言いながら、手に持っていた扇を広げそれを軽く空に一線を描く。
「これを見れば、信じてくれるか」
その瞬間、その描いた一線に応えるように木々が一気にざわめき、空に小さな竜巻を作る。私はその光景に唖然とした。
「面白いであろう?」
ニコッと笑っているつもりの相手に、私は満面の笑みで返し、そしてそのまま横に倒れて気絶した。
その後の記憶はない。ただ、まさか私が...。
______[恋する]なんてなぁ______
次回更新予定:8月上旬