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魔術虜囚  作者: 冴宮シオ
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第18話_記憶


 それは、戦乱の時代だった----


 いつから、どのようにして起こったのかも忘れられ、自分達が生き残る可能性を少しでも高めようと、すべての国家がわずかなりとも兵力を増強することに躍起になっていた時代。


 そんな争いの時代、ある小さな国で彼女は生を受けた。


 高名な科学者である父母をもち、彼女は幼い頃からその知能の高さを披露した。両親はまだ五歳にも満たない娘の天才ぶりを誇らしげに思い、「大きくなったら助手を雇う必要がなくなりそうだな」と周囲に冗談めかして言ったものだった。


 彼女はそれからも、様々な分野での研究において成果と名をあげていった。


 朝から晩まで研究に没頭する彼女に両親は「たまには息抜きしないと」と、齢相応の子供らしく遊ぶようしきりに勧めたが、彼女はとりあわなかった。研究のほうが面白かったし、なにより話のあう友達などいなかったからだ。彼女が特に熱中したのは新たな人工知能の研究だった。より高度で人間に近い電子頭脳の開発に彼女はいそしんだ。


 ある時、国の軍科学者によってひとつの計画が立案された。それは開発中の要塞を統括するために必要な電子頭脳を、人間の有機的脳に代行させようというものだった。人間の意識と同様のものを電子頭脳にもたせるためには、理論と推測のうえでは、最低でも毎秒一○兆回の演算速度が要求されると言われており、裏を返せば人間の脳はそれだけの能力をそなえた電子頭脳に匹敵することとなる。それほどの電子頭脳を開発するだけの技術が当時は確立されていなかった。


 彼女はこの計画に志願した。人間の緻密な脳と電子頭脳との差異を自身の感覚で確かめる絶好の機会に違いなかったからだ。計画の細部にいたるまで検討し、彼女は安全だと判断した。猛反対する親を説得しようと試みたが衝突するばかりで、結果的に彼女は家を出た。


 いくつかのごく微小な部品を脳に埋めこむ手術は成功し、計画は予想以上の成果をおさめた。要塞と接続された彼女は要塞のあらゆる機能を己れの手足のように操ることができたのである。深遠かつ単純な脳の構成もおぼろげながらつかめ、「これで今までにない人工知能が造れる!」と彼女は歓喜した。


 微調整の名目で行なわれた二度目の手術の後、彼女は自我を封じられた人形と化していた。軍事施設の制御役に感情は必要なかったのだ。そして、あの忌まわしい出来事----数百万の人々が命を落とすこととなった。


 しかし、ある晩軍隊内で大規模な暴動が起こり、その混乱に乗じて彼女と要塞を管理するためのマスタープログラムが盗まれるという事件が発生した。それは彼女の両親とその仲間達の手によるものだった。執拗な追っ手から逃れ、谷をくり抜いて作られた隠れ家にたどりついた時には父親と二人だけになっていた。そこで彼女は外界のほとぼりが冷めるまで、また、自我を取り戻す方法がはっきりとするまで、深い眠りにつかされたのだった。


 だが、彼女の自我は完全に消えたわけではなかった。無意識領域の奥に追いやられたにすぎず、人形と化した自分を苦汁の念とともに眺めていた。


 その本来の自我は意識に細工を施すことに決めた。


 過去の一切を忘れ、両親があれほど望み、自分も憧れていた、歳相応の振る舞いができるように。長い眠りの後、もう一度やりなおせることを信じて……。






 ----一四年間の現実が一瞬のうちにアルティナの脳裏をよぎる。


 自分はなんと馬鹿だったのだろうか。目覚めた後も記憶を取り戻そうという気が起きないように、不安をかきたてる夢を見たり過去を怖がるような暗示をかけておいたはずなのに。


 今さら自分を責めてもすべては遅かった。


 特殊な溶液で満たされたガラス柱の中、天井から伸びる細い光が額の皮膚下にある「光信号変換器」を通して合図を送っていた。


 要塞に張りめぐらされた無数の電子回路が脳の神経と結びつき、一体化する。


 心臓の規則正しい鼓動が要塞の動力炉の高鳴りと重なり、長い間眠っていた機関が次々と稼働し始める。


 意識が肉体から切り離され、鉛にでも呑みこまれたような暗く、重苦しいところに沈んでいく。


 この感じは以前にも体験したことがあった。再び自我が封じられようとしているのだ。


 彼女は悲鳴をあげようとしたが口を動かすことすらできず、ただ、自分のものとは異なる無表情な瞳が虚空を見つめているだけだった。




(つづく)

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