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魔術虜囚  作者: 冴宮シオ
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第16話_やまない雨


 生き残りの《一つ眼》を収容しつつ、《ゲッターディヒトゥング》は移動を始めていた。まとわりつく《四腕》に対して、いくつもの砲台が応戦する。魔術管理局自慢のビーム砲も、戦艦の厚い装甲を破るには出力不足のようだった。


 浮舟内の狭い通路をイリーシャとアルティナが進んでいた。腕を強引に引かれながら、アルティナは仕方なしについて行く。先程まで大声でわめいていたのだが、イリーシャの容赦ない平手打ちで黙らせられた。左の頬が赤いのはそのためだ。


 足下の堅い床を通じて、小刻みな震動が伝わってくる。アルティナの脳裏には別れ際のラーカイラムの姿が焼きついていた。広がる血の中に伏せていたあの姿----


「あたしのせいだ……あたしと会わなければ、ラークがあんなことには……」

「ここだよ」、それまで無言だったイリーシャが言葉をかける。


 前を塞いでいた、縦横ともにアルティナの身長の倍はある扉が自動で開く。そこは浮舟を操るための艦橋だった。床面積の広い空間に、さまざまな航行用の機器が配置されている。正面に掲げられた巨大映像盤の下は、左右も、外が眺められるようにガラスが張ってあった。


 一○名近い乗組員が手を止め、場にそぐわない少女を好奇の視線で迎える。


 イリーシャが向いている方向、高い位置にある指揮官席へと続く階段を一人の男が下ってきていた。色白で、線の細い人物だ。値の張りそうな服を品良く着こなしており、小さな、丸い眼鏡が似合っている。年齢は四十代の半ばというところか、それにしては白髪が目立つ。


「ヴォーレン様、連れて参りました」


 イリーシャが姿勢を正し、丁寧な口調で告げる。


「ああ、ご苦労様でした」


 ヴォーレンと呼ばれた男が軽く頭を下げた。


「ようこそおいでくださいました。私は、この《ヴァール・シャインリッヒ》をまとめている、ヴォーレンという者です。ただ今よりあなたの保有者とならせていただきますので、よろしくお願いします」


 邪気のない笑みを作り、アルティナへ深々とお辞儀をする。予想もしていなかった対応に、責任者へ思いきり悪態をぶつけてやろうと考えていたアルティナは拍子抜けした。


「ちょっと待ってよ。保有者ってなんなの?」


 アルティナが質問すると、ヴォーレンは意外なことを耳にしたような顔となった。


「イリーシャ。人違いということはありませんよね?」

「はっ、それが……どうも自分が何者か覚えていないようなのです。しかし、もっていた呪文護符は間違いなく例のものでした」

「なるほど、記憶を失っているわけですか。まぁ、いいでしょう。組体の運用に影響はないはずです。誰か、この呪文護符の解析を頼みます」


 イリーシャからの呪文護符をヴォーレンは部下へ渡した。


「そんなことより、なんであたしが追いかけ回されなくちゃならなかったのか、答えてよ!」


 アルティナは苛立ちをぶつけた。町の人々を無差別に巻きこみ、命を落とさせてしまったのだ。その原因があやふやなのでは自分を徹底的に責めることさえできやしない。


「教えてさしあげたいのはやまやまですが、どうせ近いうちにわかることです。楽しみは後に取っておいたほうがいいでしょう?」


 同意を求められたがアルティナは頭に血が上りすぎ、返す言葉がでてこなかった。ラーカイラムがここにいればぶん殴ってでも吐かせようとするだろう。あの、根拠のない自信たっぷりの声を今ここで聞きたかった。


「無事でいてね……」


 ちゃんとした手当てを受けているだろうか。それだけが気がかりだ。


「しかし、あなたにも困ったものですね、イリーシャ」


 ため息をつくヴォーレンの視線は大型映像盤上の光景にそそがれていた。雨に打たれるダーフィア。半分近くの家屋がつぶれ、あるいは燃えている。救助活動が始まっているのが確認できた。被害は大きいが、なんとか無事だった人々が協力しあって怪我人や、崩れた建物の下敷きとなっていた者を助けている。


 アルティナはラーカイラムの姿を求めたが発見できなかった。


「これでは、我々《ヴァール・シャインリッヒ》への反感を買うだけですよ。何度言えばわかるのです?」


「……申し訳ありません」


 イリーシャは身を固くしていた。


「攻撃を加えるからには相手が二度と闘いたくなくなるよう、徹底的にやらないと。

 すみませんが、主砲を町へ向けてください」


 浮舟が、その巨体にしては早く船首をめぐらした。ガラスを挟んでダーフィアが遠くに見える。


「目標、町の中心区。出力をためる必要はありません。発射用意」


 一瞬、艦橋内の明かりが弱まった。


「なに?」


 アルティナが不安なものを感じていると、床からの震動が甲高くなっていき、「準備調いました。いつでもいけます」と誰かが告げた。


「発射して下さい」


 なんら気負いの感じられない合図だった。


 主砲の口から、淡い青色の光が奔り出る。そのまばゆさに、アルティナは反射的に目を閉じた。発射の際の反動で船体が揺れる。心構えのできていなかったアルティナは倒れそうになり、イリーシャに支えられた。無論、礼を言う気はない。


 町の中心部を覆っていた光球が薄らいでゆく。


「嘘……」、アルティナは全身から血が引いていくのがはっきりとわかった。


 映像盤に映し出された光景----そこだけ大地が深くえぐり取られていた。建物は跡形もなく、縁に近接した家屋も衝撃を食らい、外へ向かって崩れている。


「少し物足りませんが、良しとしましょう。

 人間は、一度恐怖を与えられたものに対してなかなか抵抗する気が起きないのですよ。イリーシャにも、せめてこれぐらいのことはやっていただきたいものです」


 教師のような口調で指導するヴォーレンがアルティナの様子に気づいた。


「どうしました? 顔色がすぐれませんよ。少し休んだほうがいいかもしれませんね。

 イリーシャ、その方の世話はあなたに任せます。大事な客人ですから、くれぐれも失礼のないよう。

 あなたも、なにか必要な物がありましたら遠慮なく言ってください」


 あくまでも紳士的な物腰を崩そうとしない。どうやらつけ焼き刃の態度ではないようだった。アルティナは吐き気に近い、恐怖と入り混じった嫌悪感を奥歯でつぶした。不吉な考えとともに。


「ラーク達のことだもん。きっと、ううん、絶対無事に決まってる……」


 どうしようもなく膝が震えている。そう信じることで、なんとか立っているのが精一杯だった。


 空一面を、黒い雲が覆いつくしている。叩きつけるような雨はその日、一度としてやむことがなかった。




(つづく)

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