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魔術虜囚  作者: 冴宮シオ
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プロローグ

プロローグ


 受付のそばでぶつかりそうになった看護婦が注意するのも聞かず、一人の少年が病院内の一室へ急いでいた。


 年齢は十四、五というところか。黒髪黒目の持ち主で、やや幼さを残しながらも力強いものが瞳にあらわれている。


 前をふさぐ形で歩いている数人の見舞い客の壁を少年は強引に抜けた。非難の声が背に投げつけられるが、無視する。


 階段は自動で動くやつだった。電気の通っていないこの町でも医療機関には発電機が設置されている。のろさに我慢できず三段飛ばしで階段を上り、目的の階につくと--


「レイティア!」


 妹の名をさけびつつ、少年ムムラーカイラムは病室へと駆けこんだ。

 

 狭い室内に一つしかないベッドには五つ年下の少女が横たわっている。二年ぶりに見た妹は色白で、頬もこけており、衰弱しているようだった。


 ラーカイラムは震える声で妹を呼んだ。しかし、少女は目を閉じたままで動こうとしない。そっと手を触れると、小さな額は高い熱をもっていた。


 室内は殺風景で、ベッドの他には水差しの乗ったテーブルと、イスしか置かれていない。見舞い品はおろか、花瓶すら見当たらなかった。


「ごめんな……ずっと一人ぼっちにさせちまっていて」


 この場所を見つけるまでに一年以上かかった。だが、これからはつきっきりで看病してやれる。


 妹の、乱れている髪をラーカイラムは軽く手櫛ですいた。最近は洗っていないのか、通りが悪い。指にからまる抜け毛が多いのが少し気になった。


 背後でドアの閉まる音がした。入ってきたのは白い上着の中年男。ここの医療施設の医師だ。


「身内の方がいらしたと聞きましたが……君一人ですか?」


 ラーカイラムが頷くと医師はイスを勧めた。


「レイティアのことを詳しく教えてくれ」


 ラーカイラムのはやる心情を知りながらわざとやっているのか、医師はもったいつけるかのように診断書で一つ一つ確認しながら話を進めた。


 専門的なことは理解し難かった。だが、レイティアが重い病気に蝕まれていて、今はその末期的状態にあることは、認めたくないことだが、ラーカイラムにもわかった。


「解熱剤の作用でさきほど眠ったところです。

 治療薬の投与を続けてはいますが、効果は今のところあらわれていません。このままではもったとしても、あと数か月……」


 淡々とした言葉がラーカイラムの鼓膜に激しく響く。頭の中が痺れたようになり、ラーカイラムは涙をこらえることができなかった。二年前レイティアに黙って姿を消したことが悔やみきれない。あの時妹を置き去りにしなければ、こんなことにはならなかったのだ。


「もう……駄目なのか?」

 その言葉を、ラーカイラムはやっとのことでつむぎ出すことができた。たった一人の肉親をこのまま失ってしまうのか、自分はそれを眺めているしかないのかムムラーカイラムの中で悲しみと憤りが渦を巻く。


「残念ですが、今の我々の医療技術でこれ以上のことは……。しかし、可能性がまったくないわけではありません」


「……可能性? どんな?!」


 ラーカイラムは藁にすがりつく思いで、医師を見つめた。


「『古代魔術』です。あれならば、将来的にあるいは……」

「本当か? 魔術ならレイティアを助けられるんだな」

「今は無理です。大きな町へ出れば医療魔術の『筐体』はありますが、肝心の、この病気に対応する『古代呪文』が発見されていないはずです」


 医師は頭をふり、ラーカイラムの勢いをそごうとする。


「だったら、俺が探し出してやる!」

「君には危険すぎます。あと数か月のうちに誰かの手によって表へ出ることを祈って待ったほうが……君まで命を落とすことになりかねませんよ」


 医師が渋面で忠告する。


 古代呪文を自身で見つけるためには、古代文明の遺跡などを発掘しなければならない。いわゆる「遺跡荒らし」で、その裏の仕事に携わる場合、身を守るのは法ではなくおのれの力のみなのだ。


 そんなことは幼児でも知っている。危険は百も承知だった。妹に償いができるのならば、この命を懸けたってかまわない。


「他人になんか任せてられるか。俺は、自分の手でレイティアを救ってみせる!」


 ラーカイラムは決意を心に深く刻みつけた。


この日を境に、ラーカイラムの人生は大きく変わっていったのである----

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