第九話【高い崖】
歩き出してどのくらいの時間が経っただろうか。
辺りにはもうすっかり日が落ちていた。
今夜空に浮かんでいるあの黄色くて丸いものがもし月なのであれば、この世界は結構地球に近いのだろうか。
‥‥‥いや、もしそうだったらもう地球の科学者に発見されていたはずだよな。
日本の学生時代に勉強した限りだと、太陽系周辺には地球以外に人間の住める環境が整っている星はなかったはずだ。
となるとやっぱり科学的に説明出来ないような場所にある異世界‥‥‥もしくは地球よりもはるか遠くの星なんだろうな。
夜空を見上げ、ふとそんなことを考えながらも月明かりに照らされ、ほんの少しだけ周りが見える状態で森の中を歩いていく。
ここに来るまでに幾つかの種類の魔物を倒してきたが、正直話にもならん。
今現在、自分がどの辺りにいるのか全く分からないのだが、あいつ‥‥‥赤いゴブリンと出会った場所よりも遠くへ来ているはずだ。
にも関わらず、出現する魔物がここまで弱いとなると‥‥‥あいつはまじで何だったんだ?
Aランク冒険者のお母さんをいとも容易く絶命させ、親父も見たことがないって言っていたから、突然変異とかなのかな?
まあ何にせよ、普通ではないことだけは確かだ。
ガサッ!!
んっ!? 魔物か?
暗いせいであまり遠くが見えないのだが、草の音からして後ろから来ている?
そう思い後ろを向いてみると‥‥‥。
「えっ‥‥‥うわっ!?」
赤い。‥‥‥まじか、来やがった。
あ、あいつが近づいて来ている。
「ヴァァァ」
くそ、まさか本当に出くわすとは思わなかった。
俺は急いで前を向くと、体中の痛みを我慢し全速力で走り出した。
生えている木や植物を避け、地面に落ちている大きな岩を飛び越える。
少しして一瞬後ろを振り向いてみると‥‥‥あいつはさっきよりも迫って来ていた。
やばっ、俺よりも速いのかよ!!
俺は更にスピードを上げ、死に物狂いで走る。
と、その時。かなり見通しのよい場所へ出た。
何故か木がなく、また植物もない。
そう岩だけなのだ。
そして一番びっくりしたのが、ここが行き止まりということだ。
うん、崖っぷちです。
少しゆっくり目に歩き、体を震わせつつも下を覗いてみると‥‥‥見える範囲すべてが木だ。
俺はあまりの高さに思わず息をのむ。
ここから飛び降りれば生き残れる確率の方が少ないだろう。
だからと言って今から左右のどちらかに逃走しても、足の速さ的に確実に捕まるはずだ。
そうなるとイチかバチか、飛び降りてみた方が生存出来る可能性はある。
とそこであいつが追いついて来て、一度その場に立ち止まり、ニヤッと笑って来やがった。
そしてだんだんと俺の方へ近付いて来る。
「よし、覚悟を決めろよ、俺!」
俺は大きめの声で自分にそう言い聞かせ、一度呼吸を整えると勢いよく飛んだ。
果たしてあいつは追って来るのだろうか。
てか、風圧やべぇな。
開きにくい目を必死に使い下を向いてみると、崖から横に飛び出して来ている岩がうっすらと見えた。
そのまま落ち続けて当たると、重傷を負ってしまうのではないかと考え、足で何とか対処しようと準備する。
‥‥‥てあれ? 俺ってこんなに遅く落下してたっけ?
どうしてか、真下に存在してある横へ飛び出している岩との距離が、なかなか近くならない。
まさかあの現象かな? ‥‥‥確か死を前にした時に時間の流れが遅く感じるってやつ。
そういえばあの、あいつこと赤いゴブリンに殴られそうになっていた時も、ものすごくスローモーションだったもん。
でも今回はあれよりも更に遅い。
俺は足の膝を曲げ、じっと近付いていく。
やがて間近まで来た為、比較的滑らかな部分に素足の裏を当て、一気に膝を伸ばした
それにより俺の体は右方向に逸れ、岩に直撃することなく落下を続ける。
次に細めの木が崖の庭の隙間から生えて来ている。
俺はその木の根元辺りを両手でつかみ一旦停止をした。
「ふぅ、でもこれって‥‥‥」
バキッ!!
やっぱり折れるよなぁ~。
両手で細めの木をつかんだまま落下していく。
俺は木の棒を手放し、つぎの障害物を確認した。
すると暗くて詳しくは分からないけど、多分何もねぇ。
岩とか木を使って落下速度を遅くしようと思ったのに、直で落ちるやん。
これは本気でやばい、えーっとどうしよう。
地面に直撃する瞬間、受け身を取って衝撃を数分の一にするっていう方法はあるけど、それでも死んでしまう可能性がある。
でも何をしないよりかはましだろう。
そう考え俺は落ちている間受け身を取る時のイメージを繰り返した。
そもそも今まで一度もやったことがない為、あくまで妄想なのだが。
少しして‥‥‥。
よし集中しろ。チャンスは一度きりだぞ!!
自分自身にそう言い聞かせ、体のバランスを崩さないように努力する。
そして遂にその時が来た。
まず最初に足の裏がものすごいスピードで雑草へと直撃する。
まじで石とかじゃなくてよかった。
‥‥‥ってそんなことを考えている暇はない。
体の動きを止めないようにすぐ傾け、雑草に肩をつける。
そしてそのまま背中の方向へと回り、スピードを落とさず再び地面に足をつける。
それと同時に体を前方向へ傾け、バランスを崩しながらも足を動かした。
足と背中の痛みにより、俺の記憶はそこで途切れた。
それからどのくらいの時が経っただろうか、目が覚めると目の前には、小さな石と雑草が間近に見えた。
どうやら生きているらしい。
俺は重たい体を起こしその場に立ち上がる。
体中が痛いけど、まあ普通に動けるレベルだ。
受け身により、かなり衝撃をなくすことに成功したらしい。
今は昼間らしく木の隙間から太陽が真上に見える。
ふと後ろを振り向いてみると、めちゃくちゃ高い崖があった。
今考えたら俺って、相当無謀なことしてたな。
まじでどうして生き残れたのかが不思議だわ。
というか、あれからどのくらいの間眠っていたのだろう。
酷く喉が渇いている。
「一旦水分補給出来そうな場所を探すか‥‥‥」
そう考え、俺は崖と反対方向の森へと進んで行く。
にしてもここ、崖の上の森と全然変わらないな。
歩き出して数秒後‥‥‥。
茂みの奥から、白い兎が出現した。
「か、かわいい」
こいつ‥‥‥食べられそうだな。
兎はこちらの存在に気付いたらしく、ピョンピョンと飛び跳ねて近付いて来る。
崖の下ってこんなに愛らしい魔物がいるんだ。
俺こっちに住みたかったな。
だって上にはゴブリンとか歩く豚みたいなやつしかいないんだもん。
あんなの可愛くないし、おまけに赤色のよく分からんやつが徘徊しているし。
少し考え事をしていたその時。
兎が足で地面を蹴り上げ、ものすごいスピードでこちらに頭突きをしようとして来る。
突然のことで判断が間に合わず、俺は腹にダメージをくらってしまう。
「痛っ!?」
おい、こいつ結構強いぞ。
見た目が凶悪そうな緑色のゴブリンよりも攻撃が重たいじゃん。
完全に油断してたわ。
相手は俺から少し距離を取り、再び地面を蹴り上げて頭突きをしようとして来た。
二度も同じ攻撃をくらう訳ねぇだろ。
俺は飛んで来ている兎に対し、体をひねって回し蹴りをお見舞いする。
それにより兎は近くにあった木へぶつかり、地面に落ちて動かなくなった。
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