第八話【森籠り】
俺はゴブリンが小さい声を出しながら地面に倒れていく光景を見て、「はぁ~」とため息をもらし、その場に座り込む。
さっきまで存分に暴れていたせいか、少し落ち着いて来たような気がする。
だが、やはりお母さんのことを考えるとすぐに涙が出そうになる為、俺は深呼吸をした。
にしても、俺って‥‥‥お母さんのことが好きだったんだな。
俺は最初お母さんに対して、あくまで一人の女性として好意を抱いていたんだけど‥‥‥失ってやっと気が付いた。
俺は‥‥‥エリフ=フォレストのことが、家族として、母親として大好きだったんだ。
脳内年齢は恐らくあまり変わらないだろうけど、いつの間にか立派なお母さんとして認識していたらしい。
そう考えるといつの間にか頬に涙が伝っていた。
大切でかけがえのない人だった。
失ってしまったのは本当に辛い。
でも、いつまでもくよくよしていたら、天国にいるお母さんに怒られそうだ。
だから、もっと強くなろう。
もう目の前で大切な人を失わない為に。
俺は手の甲で涙を拭い、そう心に決意した。
さてと、じゃあ一旦家に戻るか。
どっちにしても、今の俺の実力じゃあいつには勝てない。
だが、近いうちに絶対借りは返す。
覚えていろよ、あの野郎!
ということで俺は来た道を戻り家へと帰宅した。
やがて家に到着すると、庭には親父がいた。
スコップで地面を掘っている為、母親の墓場を作ろうとしているのだろう。
「父さん‥‥‥今戻ったよ」
俺がそう言うと、親父はスコップをゆっくりと地面に突き刺し、こちらを振り向く。
「おう、帰って来たのか」
平然とした表情をしているが、よく見てみると目元が赤い。
あの後結構泣いたのだろう。
だが、そのことを馬鹿にするつもりはない。
あんなにいい妻を亡くして、普通にしている方が普通じゃないからな。
「うん。‥‥‥で、ティアは?」
「お前が家を飛び出して行ったあと、お母さんが死んだことを伝えてみたところ、状況を理解出来ていたのかどうかは分からんが急に泣き出してな‥‥‥今は泣き疲れて寝ている」
大変だったんだ。
俺一人だけが怒りを解消しに森へ行ったりして本当に申し訳ないな。
一番暴れたいのは親父だろうに。
そう考えたら、親父は体だけでなく精神的にも強いんだろう。
「そっか。‥‥‥あの‥‥‥父さん。一つ言いたいことがあるんだけど」
「どうした?」
どこか魂の抜けたような顔をしている親父は、少し不思議そうな表情でこちらを見て来ている。
「自分勝手なのは分かっている。けど俺、しばらく森に籠ろうと思ってる」
「そうか‥‥‥は!?」
「因みにさ、あの赤色のゴブリンって、父さんなら勝てるの?」
「分からん。今まで生きて来てあんな魔物に出会ったのは初めてだ。だがわしが駆けつけてすぐに逃げて行ったということは、わしよりも格下だろうな」
Sランクの冒険者でも見たことないって、まじで何者だよ!?
でもやっぱり父さんなら勝てるのか‥‥‥。
「あのさ、もし森であいつを見かけても倒さないでほしいんだ。俺は母さんを殺したあいつに勝ちたい。‥‥‥けど今のままじゃあのゴブリンに勝てないと思う。だから森で修行して来る。そしてあいつを倒すまではここに戻って来ないよ」
拳を握って真剣にそう言ってみると、親父は一瞬険しい顔をしたが、すぐにいつも通りの表情に戻った。
「お前のことだ、それは色々と考えた結論なんだろ? だったらわしは止めない」
「ありがとう。だからティアのことはよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
その返事を聞くと、俺は笑顔を見せて門を通り再び森の中へ入っていく。
「おい、レイン!」
丁度家の敷地から出た所で、親父の大きな声が聞こえて来た。
俺は無言で振り向く。
「生きて、強くなって帰って来いよ!」
「分かった!!」
俺は親父に負けないくらい大きな声で返事をし走り出す。
こうして俺の森籠りがスタートしたのであった。
裸足のまま森の中を走り続けること数分。
まず最初に一匹のゴブリンがこちらへ向かって来る。
「よし、一丁やるか」
そう言って、あいつにやられた腹の痛みを我慢しつつも、体全身に力を入れるとその場に立ち止まった。
そんな俺の姿を見たゴブリンは、木の棒を構えこちらを警戒しながらもゆっくりと近づいて来る。
やがて目の前までたどり着くと、相手はまず俺の横腹めがけて棒を振るう。
俺は一切動かず、腹に力を入れた。
ぼすっ! という木の棒が命中した音が響く。
服を着ている為、かなり鈍い音だ。
‥‥‥てあれ? ちゃんと力を入れたらあまり痛くないな。かなり余裕がある。
その後俺はしばらくの間攻撃を受け続けた。
まあ痛くないと言えば嘘になるが、この程度なら何度くらっても大丈夫だ。
‥‥‥これじゃ駄目だな。相手が弱すぎる。
あいつの攻撃はもっと重くて速かった。
急に物足りなさを感じ、俺は目の前で棒を振り続けているゴブリンのみぞおち付近を殴り絶命させた。
「駄目だ。‥‥‥もっと刺激がないと」
こんなんじゃいつまで経ってもあいつに追いつけない。
「あっちに行くか」
そう考え、数時間前あいつに出会った場所の方向を見る。
正直言ってかなりトラウマになっている。
けどこの辺りの魔物の攻撃は、あいつにやられてズキズキと痛むこの体にすらダメージを与えられないようだ。
あっちに行けば出現する魔物もそれなりに強くなってくるだろう。それはありがたい。
‥‥‥だがそれと同時にあいつと出会う可能性が増えるということでもある。
もし出会ったりでもしたら、数時間前と同じ‥‥‥いや、この負傷を負っている体だからあれより酷いことになる。
でもそんな弱気でいる訳にはいかないんだ。
大切な人を守れるほど強くなるって決めたから。
うん、もし赤色の姿を見かけたら逃げればいいだけの話だ。
それもまた特訓になりそうだしな。
そう考え俺は歩き出した。
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