第十八話【獣人】
「よし、ということじゃ。ロック試してやれ」
「了解です」
その瞬間、獣人が地面を蹴って俺に殴りかかって来た。
ふ~む。
速いけど親父ほどではないな。
俺はその場に立ったまま拳を胸で受ける。
一応ある程度はダメージを地面に受け流しておいたけど‥‥‥それにしてもそこまで痛くないな。
多分直でくらっても大丈夫なレベルだ。
一応フォードさんの攻撃よりかは強いくらい。
「何!? 俺の初段が効いてないだと!?」
全く表情の変わらない俺の姿を見てびっくりしている獣人をよそに、老人は嬉しそうに笑っている。
「ほう、この子は期待できそうじゃの」
獣人の一人は気を取り直し、今度は顎めがけてパンチをして来る。
俺は拳が当たる方向に向かって顔を回転させ、ダメージをゼロにした。
やっぱり親父の攻撃に慣れていたせいで、この人の攻撃は普通に遅く感じる。
俺との模擬戦でも、親父はまだ本気を出していなかったみたいだし‥‥‥。
‥‥‥となると、あの筋肉熊こと親父はまじで怪物だな。
なかなか勝てる気がしねぇ。
「おい、考え事とは余裕だな」
そんな声と共に太ももへ回し蹴りを入れて来た。
うん、正直そこまで痛くない。
更に獣人は足払いをして来る。
それにより俺は地面へ倒れてしまった。
「よっしゃっ」
相手はチャンスだと思ったらしく、俺の顔面、脇腹、下半身などを何度も蹴って来る。
そして腹に馬乗りされ、何度も顔を殴られた。
まだある程度余裕があるけど、この後入学試験があるからあんまり顔に傷はつけたくないな。
そろそろ反撃するか。
そう考え俺は上半身を浮かせて、馬乗りをして来ているロックさんの首に腕を絡ませ、地面に自分の背中と相手の顔面を叩きつける。
すると、それがかなり効いたらしく、相手は手で鼻を抑える。
それにより隙が出来たので、腹に乗って来ているロックさんを跳ね飛ばし立ち上がった。
「くそっ」
「あの、ロックさん?」
「あ!?」
俺の問いかけに、獣人のロックさんは鼻を抑えて立ち上がりながら睨んで来る。
「そろそろ攻撃してもいいですか?」
その言葉と同時に、地面を蹴って勢いよく近付く。
すると、
「ま、待ってくれ!!」
ロックさんが急に怯えた表情になりつつも両手で顔を隠し、大きな声を上げた。
ん?
俺は一応ロックさんの目の前で立ち止まる。
もう諦めるのかね?
「どうしたんですか? これがガチの戦いだったら俺は待ちませんけど」
「す、すまん。お前の強さは分かった‥‥‥俺の負けだ」
あらら。
俺、まだほとんど何もしていないぜ?
てか手元に剣があったら、多分秒殺だったと思う。
だって親父に教わった危ない技とかがたくさんあるし。
まあ、何にせよ、相手が負けを認めたんだから俺の勝ちだぜ。
「そうですか」
俺がそう答えると、獣人のロックさんは黒服の汚れを手で払い落し、老人の元へと戻る。
老人はそんなロックさんと俺の姿を見て、笑いながら口を開いた。
「ほほほ、お前さんや、合格じゃ。裏闘技場選手として登録してやろう。じゃから一応名前だけ教えてくれ」
もう合格なんだ‥‥‥。
ああ、よかったぜ。
「レイン、俺の名前はレインです!」
「心得た。じゃあ早速なんじゃが今日の夜、あそこに見える酒場へ来てくれ」
老人が指さした方向には、ボロボロで小さい酒場がある。
おーん?
闘技場ってくらいだからたくさん観客が入れてかなり広い所だと思ってたんだけど。
‥‥‥狭くない?
「あの、闘技場ってあそこの酒場‥‥‥ですか?」
「それについてはまた夜に話す。という訳じゃ、人目に付かんうちに帰りなさい」
老人はそう言って獣人と共に酒場へ歩いていく。
ふぅ、とりあえず裏闘技場で戦えるようになったのかな?
うん、まあスムーズに済んでよかった。
よしということで、少し早いけどどこかで昼飯でも食べるか。
ダメージをくらった後は食べる。
これが一番の強くなる方法である。
俺はこのスラム街みたいな所を離れて学校方面へ向かい、やがて商店街に着いた辺りでよさそうなお店があったので、そこで早めの昼ご飯を終えた。
「いやー、ここの料理めちゃくちゃ美味しかったな」
飲食店を出てそんなことを呟きながら、学校へ向かって歩いていく。
さっきのお店は量もそれなりにあるし、安いし‥‥‥また来ようっと。
因みに何を食べたかと言うと、オークの肉と野菜の炒め物。
鶏肉の丸焼き。
野菜たっぷりのスープ。
魚系魔物の干物。
数個のパン。
あと、その他よく分からんやつ。
‥‥‥くらいかな?
店員がびっくりしていたけど、驚くのも無理はない。
なんせ最近の俺は小柄なのにも関わらず、親父と同じくらい食べれるようになって来ているのだ。
だから他の人よりもちょっと食事量が違う。
それに、たくさん食べないと強くなれないような気がするという理由で、毎日死ぬほど食べている為、毎年食事量が増えている。
てか今めちゃくちゃ吐きそう。
歩くのも辛いわ。
俺は吐き気に耐えつつも、商店街を抜け学園の前へと戻った。
結構な距離を歩いたからか、少しばかりお腹が楽になって来たような気がする。
でもまだほとんど胃の中身を消化しきれてないし、あそこのベンチに座って休んでおくか。
そう考え、アラストル学園の門の近くにあった木のベンチへと座る。
さっき門の外から学園の中を確認した限りだと、朝来た時にはなかった日除けのテントなどが張られていた。
ということはそろそろ受付が始まるのだろう。
‥‥‥にしても春っていいな。
暑くもないし、また寒くもない。
そして吹き抜ける風が気持ちいい。
「ふぁ~」
なんか眠たくなるな。
俺は背もたれにもたれ掛かり、いつの間にか目を閉じていた。
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