第十六話【アラストル街】
正面を見てみると草原の向こうのとても大きな城壁が視界に入って来た。
あの壁で街全体を囲んでいるのだろう。
周りが暗いので、街の中の光が結構目立つ
先程聞いた話だと、あそこのアラストル街はこの国の首都で、お城やカジノ、たくさんの店など大体のものが揃っているらしい。
少しして、馬車に乗ったまま門を通って、馬繋場に馬車を置くと、門の近くにある宿屋へと入った。
建物の中に入ってすぐ受付があり、三十代くらいのもじゃもじゃな茶髪頭の女性が笑顔でお客さんと接客している。
俺とフォードさんはそのお客さんの後ろに並ぶと、順番を待った。
「はい、次のお客様どうぞ」
そう言われたので前へ進む。
「二人部屋をお願いしたいんですけど、空いてますか?」
フォードさんがそう尋ねると、店員の女性は「はい、大丈夫ですよ」と答えた。
そしてフォードさんは指定された料金を払い、部屋の鍵を受け取る。
「じゃあ行こっか」
「あ、はい」
そう会話をし、部屋へと向かった。
部屋の中は‥‥‥まあ安いだけあって綺麗ではないけど、森に籠ったことのある俺からしたら、とても快適な部屋だ。
家具は荷物を置く用の机とベッドが二つだけで、かなりシンプル。
天井の角には蜘蛛の巣がありやがる。
俺はお金と手紙の入った衣服類を脱いで机の上に置くと、パンツとノースリーブのまま早速ベッドに飛び込んだ。
おぉ、意外と柔らかい。
二日間も馬車の中で過ごしたから、まじでありがたいわ。
「レインくん、すごい体だね?」
隣のベッドに座っているフォードさんが、こちらを見て唖然とした表情で呟いた。
俺は体を起こし、フォードさんの方を向いて座る。
「そうですか?」
「ああ、どんな生活をしていたらそこまで傷がつくんだい?」
そう聞かれたので、俺の毎日の特訓方法を教えてあげた。
毎朝、親父でも飛び降りられないような崖から飛び降りて数時間走り込み。
親父との剣術トレーニングや模擬戦。
魔物の大群の中でお昼寝などだ。
「───もう何も言えないよ。‥‥‥君なら絶対明日の入学試験の模擬戦も楽だろうね」
「それは父さんにも言われたんですけど、そんなに簡単なんですか?」
「これはあくまで僕の情報なんだけどさ、毎年試験官はAランクの冒険者レベルらしいよ。だから元Sランク冒険者のギルツさんと毎日特訓したりしているんだから、話にもならないと思う」
「そういえばずっと気になっていたんですけど、AランクとSランクってどのくらい違うんですか?」
そう質問してみると、フォードさんは顎に手を当てて少し考えたあと口を開いた。
「正直言ってAランクは結構簡単になれるんだよ。‥‥‥けどSランクには本当にごく一部の人しか上がれない」
ふむふむ。
よく分からん。
「あ、だったらちょっと俺を殴ってくれませんか?」
実力を確かめるのはこれが一番速いだろう。
七歳の森籠りをする前は、Aランク冒険者であるお母さんの攻撃も痛かったけど、今はどうなんだろうな。
「えっ、いきなりだな」
「こう見えても俺の体は結構頑丈なので」
「そっか、じゃあ本気で行くけどいい?」
「はい、お願いします」
俺はそう答えてベッドから立ち上がると、体全身に力を入れた。
この人もAランク冒険者だし、一応気を引き締めておかないと。
フォードさんは若干乗り気じゃない顔をしつつも、立ち上がり俺の方に向かって歩いて来る。
それと同時に腹をめがけて拳を振りかぶって来た。
「おらっ!」
俺は無言でパンチを受ける。
特に地面へダメージを受け流した訳でもない。
そう、拳のダメージを直でくらったのだ。
‥‥‥けど、そこまで痛くない。
親父のに比べたら全然違う。
まあ親父がフォレストの血を引いているからというのもあるだろうけど‥‥‥。
それを差し引いても違いすぎる。
にしてもこれくらいだったら結構いい特訓になりそうだな。
実を言うと、いつの間にか変な癖がついていた。
それは寝る前とかに自分の体にダメージを与えておかないと不安になるということだ。
なんか、今まで積み上げて来たものがなくなってしまうんじゃないか? って考えてしまうんだよ。
俺は病気なのだろうか?
‥‥‥まあとにかくこの人に殴ってもらって損はないだろう。
「あの、もうちょっとお願いしてもよろしいですか?」
「えぇっ!? 大丈夫なのかい?」
「はい、ついでに耐久性の特訓をしたいので」
「そ‥‥‥そうか」
ということで俺は腕や腹、下半身など、顔とゴールデンボール以外の場所を何度も攻撃してもらった。
しばらくして‥‥‥。
「はぁ、はぁ。もう無理」
そう言って最初に根を上げたのはフォードさんだ。
「そんな‥‥‥もう少しだけ駄目ですか?」
「悪いけど、はぁ。無理! てか、一方的に攻撃している俺の方が追い詰められている状況になったのって初めてなんだが」
まあ普通は反対だろうな。
でも、やせ我慢とかじゃなくて本当に余裕があるんだもん。
正直言って自分で殴った方がダメージはある。
けど他人にやってもらえる方が楽だ。
それに、目を瞑ってどこから攻撃が来るか分からない状況っていうのも、結構いい特訓になる。
なんにせよ、
「あの、無理を言ってすみませんでした。あとは自分で攻撃するんで大丈夫です」
頭を下げて軽く謝ると、フォードさんは口を開けたまま立ち呆けている。
「君、本当に化け物だな」
うん、普通に今驚いています。
確かに親父がものすごく強いことは知っていた。
けどまさかここまで他の人と差があるとは思わなかったわ。
正直俺は、前世での人間の基準をほとんど覚えていない。
その後、宿屋一階の食堂で大量の晩御飯を食べて部屋に戻り、電気を消すと、自分を何度も殴ったあとで眠りについた。
それを見てフォードさんは、ベッドの中で呆れたように笑っていた。
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