第十三話【お墓参り】
俺は赤いゴブリンとの死闘を終え、ほぼ動かない体をゆっくりと動かし、家へと向かった。
途中で魔物に襲われなかったのは本当に幸いだったぜ。
正直緑色のゴブリンに苦戦してもおかしくないレベルだった。
やがて到着すると、門の鍵が閉まっていて開かないので、門の横についてある鈴を鳴らす。
すると、庭で特訓をしていたであろう親父が、木刀を持ったままこちらへ駆けつけて来た。
「おい、レイン!! お前か?」
そんな大きい声が聞こえたので、俺は悲鳴を上げている体の痛みを堪え、小さめの声で答える。
「そ、そうだよ」
親父は急いでポケットから鍵を取り出し、門を開けて俺の元に駆け寄って来る。
「どうしたんだ、その傷は!?」
「うん、ちょっとね」
「まあとにかく話はあとだ。治療してやる」
俺は親父に抱っこされ、最初に家の中のリビングを抜けて水浴び場へ運ばれると、頭から水をぶっかけられた。
「痛ってぇ!」
ものすごく傷跡に染みる。
特に背中がやばい。
崖から飛び降りた時より痛いわ。
「傷口を洗うからちょっとだけ我慢しろよ」
「あ、う、うん」
その後何度も水をかけられたあとリビングへ移動させられ、親父が傷のある場所すべてに包帯を巻いてくれた。
それにしても、裂傷やらのダメージが数えきれないほどある。
ここまで傷があったらどこが痛いのか分からなくなって来るわ。
親父は椅子に座っている俺の元に温かい飲み物を持って来てくれて、正面の椅子に座った。
「早速だがレイン。勝てたのか?」
「ああ、ギリギリだったけど‥‥‥勝てたよ!」
すると親父は驚いた顔をする。
「まさか、お母さんがやられた相手を七歳にして勝っちまうとはな」
いや、お母さんはきっと俺を庇ったせいだ。
それにあの人は敏捷の速さが売りだったから、耐久性がある訳ではない。
何にせよ‥‥‥。
「‥‥‥俺はまだまだだよ」
「そうか‥‥‥で、見た所三ヶ月前よりも明らかに体が大きくなっているが‥‥‥ずっと何をしていたんだ?」
俺は、崖から飛び降りて下の森に行ったこと、安全な場所がない状態で何度も猿や兎と戦って来たこと、木から落ちたりなどして耐久性を身に着けたこと、とにかく魔物の肉を食べまくったことなどをすべて話していった。
赤いゴブリンが倒した途端に緑色に変わった件については、別に言うほどのことでもないと思い、自分だけの秘密にしておくことにした。
「───なるほどな、そりゃ、強くなるわな。わしの九歳くらいの時の生活にそっくりだ」
あ、一応親父も似たような経験をしているのね‥‥‥。
なんか自分だけが特別じゃない感、半端ねぇ。
「そうなんだ」
「で、お前が言っている崖っていうのは‥‥‥めちゃくちゃ高かったか?」
「うん、お母さんがあいつにやられた場所からまだかなり歩いたところ」
村近くの崖の高さは結構低めだったから、この家の近くに来るほどあれは高くなって来るのだろう。
「あれか。わしもお母さんとここに引っ越して来て何度か飛び降りようとしたが、流石に勇気が出なかったぞ。‥‥‥お前よく生きていられたな」
まあ、あの時はあいつに追いかけられていたから、仕方なくっていうかさ。
でも飛び降りたのに変わりはない。
「飛び降りた直後は気絶しちゃったけどね。でも思ったより傷は浅かったよ?」
「その耐久性はやはり代々の血を引いているからか」
代々?
「ん? どういうこと?」
「お、いや、なんでもない。‥‥‥ただわしの血を引いているだけあって頑丈だなと思ってな」
なるほどな。
「あ、そっか」
俺がそう答えると、親父は何かを思い出したように喋って来る。
「そういえば、ティアは今寝室で寝ているから起こして来てくれないか? そして一緒に庭にあるお母さんのお墓に行って来い。‥‥‥わしはその間にご飯を作っておく」
「分かった」
ということで体の痛みを我慢しつつも寝室に向かうと、ティアはベッドの中で静かに寝ていた。
久しぶりに見たからか、少し大きくなったように感じる。
そしてお母さん譲りの金髪でやはり可愛い。
俺は「起きる時間だぞー」と呟きながら、布団の上から体をゆする。
するとティアの目が開いた。
ティアは俺を認識すると、勢いよく飛び上がり俺に抱き着いて来る。
「れいんおにーちゃん! かえってきたの?」
おわっ、傷口を触って来やがった。
痛い痛い。
「ああ、帰ったぞ」
俺はそう答えつつ、ティアを優しく引き離した。
まじでいてぇ。
「おかえりー、たしかしゅぎょーにいってたんだよね?」
「ああ、修行して悪い奴を倒して来た」
親父はティアにどこまで話しているんだろう。
お母さんの死因などはもう詳しく伝えたのかな。
「そっか、すごい」
「ああ、すごいぞ! じゃあさお母さんにも、報告したいから一緒に外のお墓へ行こう?」
「うん、ほーこくいく」
俺はティアと手を繋ぐと、家の外に出て庭に建てられているお墓へと向かう。
やがて到着すると、地面に刺さっているとても綺麗な石が見えて来た。
その石には【エリフ=フォレスト】と彫られている。
手前には花の入った瓶と水が置かれている。
「おかあさん。俺、あいつを倒したよ?」
小さい声でそう呟き、手を合わせて目を閉じた。
あいつを倒したからってお母さんは戻って来ない。
けど少しは気が晴れたような気がする。
でもさ、なんか突っかかるんだよな。
あの時、どうして赤いゴブリンは死んだあと緑色に戻ったのだろう。
元に戻ったということは、あいつも最初は普通のゴブリンだった可能性がある。
あくまで仮説だが‥‥‥あいつは誰かに作られたのではないか?
う~ん。
‥‥‥まあ、今考えてもどうせ答えが出ないし、無駄だから、報告だけにしておこう。
ねぇお母さん、報告が遅れてごめんね。
俺、あいつを倒すことが出来たよ。
‥‥‥本当は三ヶ月前のあの日にこの力があれば、お母さんが死ぬことはなかったんだ。
けどいくら後悔しても、お母さんは戻って来ないし‥‥‥それにお母さんに怒られそうだから止めておくよ。
でさ俺、あれから決めたんだ。
もう絶対に大切な人を守れるくらいの力をつけるって。
だからティアのことは安心してよ。
親父に関しては、ほっといても大丈夫だよ! なんせ元S級ランク冒険者だし、俺なんかよりも格段に強い。
ということで、これから出会う友達や、妹を余裕で守れるように頑張る!
お母さんが最後に言っていた、『人に優しく』っていうのもちゃんと守るから、心配しないでね。
最後になるけど‥‥‥お空の上から俺を見守っててください。
俺が間違った道に進まないように‥‥‥。
「あれ? れいんおにいちゃん。だいじょうぶ?」
ちょうど報告が終わった時、隣にいるティアが俺の腕を触って話しかけて来た。
「ん? なにが?」
「めからみずがでてる」
そう言われ自分の目元を触ってみると‥‥‥濡れていた。
あれ、おかしいな? もう気持ちを切り替えられたはずなのに。
アルバムみたいに、頭の中に色んな思い出が次々と出て来る。
『あなた見て! 今レインが私の声に反応したわ』
『レイン、どうしてお母さんの乳を吸う時だけそんなに笑顔なのよ! ふふっ』
『レイン、またお母さんに足をかけて来て‥‥‥ぐっすり眠れないじゃない』
『次お母さんの下着を盗んだら、森へ捨てに行きますからね』
『今日の肉料理は自信作よ! お父さんみたいに強くなりたいならたくさん食べなさい!』
『ふふっ、またお母さんのベッドに入って来て‥‥‥怖い夢でも見たの?』
『お母さんはね、昔パーティーの皆と強敵を倒したことがあるのよ! すごいでしょ』
『実はレインは私の子じゃないの‥‥‥‥‥‥ふふっ、嘘に決まっているでしょ? びっくりした?』
『ねぇ‥‥‥レインはもうすぐお兄ちゃんになるのよ!』
『実はレインは森の中で拾ったのよ‥‥‥‥‥‥ふふっ、また騙されて! 可愛い子ね』
『実はレインはお父さんのお腹の中から生まれたのよ‥‥‥‥‥‥どうして騙されないのよ!!』
『レイン、お母さんと結婚したいなら強くなりなさい!』
『ここから遠く向こうにある街にはね、たくさんの人がいるのよ。いつか連れて行ってあげる』
『レイン、お母さんに体術で勝てたら一つだけ言うことを聞いてあげる』
『レイン、模擬戦の結果‥‥‥今のところ50戦中お母さんが50勝ね』
『どんな時でも油断は禁物だからね!』
『レイン‥‥‥人には優しく‥‥‥ね』
七年間の思い出は数えきれない。
胸がとてつもなく苦しい。
頭の上まで込み上げてくるものがある。
俺は両手で涙を拭うと、ティアの方を見て無理矢理ほほえむ。
「ちょっと傷が痛くてね、我慢出来なくなっちゃった」
「からだがいたいの?」
「うん」
「たいへん、じゃあはやくいえにもどろ!」
「ああ」
そう答えてティアの頭を撫でた。
そして元気に走っていくティアの後ろ姿を見て、涙を堪えつつも同じように家へ向かって歩き出す。
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