第十二話【かたき討ち】
木の陰によって薄っすらと暗いこの森の中、赤い頭が見えて来た。
とうとう来やがったな。
あいつだ。
あいつはゆっくりこちらへと歩いて来る。
そして俺の目の前で立ち止まると、どういう訳か同じように座ってあぐらをかきだした。
こいつ‥‥‥何なんだ?
どうして攻撃してこない?
‥‥‥まさか俺を格下だと舐めてんのか?
相手の態度が癇に障り赤い顔を見て睨んでみると、向こうも真似をして睨んで来る。
俺は、そんな赤いゴブリンを見て立ち上がると拳を構えた。
こいつ、普通にうぜぇ。
普通に舐めているとしか思えねぇ。
口を歪ませて腹を立てていると、相手はにやりと笑って手のひらを上に向けて動かし、俺を挑発して来やがった。
「ふ、ふざけやがって!」
俺は全力で回し蹴りをする。
するとゴブリンは腕で俺のキックをガードしつつも、全体重を乗せた回し蹴りだったので吹き飛び、近くにあった木にぶつかった。
よし、結構好感触だった。
おそらくちゃんとダメージが通っているだろう。
地面に倒れているゴブリンはその場に立ち上がり俺を見て来ると、何故か嬉しそうに笑っている。
それと同時に走り出してこちらに向かって来た。
「ヴァァァ!!」
「やっとやる気になったな」
相手は俺の顎をめがけてパンチを繰り出して来る。
お、やっぱり速い‥‥‥が、見えないことはない。
俺は顎に拳が当たる瞬間、顔を殴られる方向に回転させ、衝撃をくらわないようにした。
そして再び正面を向き、左手の指を相手の目に突っ込んだ。
「ヴォァァァァァ」
ゴブリンは両手で、出血している方の目を抑えて大きな声を上げている。
だが俺は止まらない。
更に相手の顎を殴り、腹に蹴りを入れ、太ももに肘鉄をする。
そして股の間に蹴りを繰り出そうとした、その時!
相手は右手で俺の脇腹を殴って来た。
うわっ、やっぱりいてぇ!
こいつ、こんだけ殴っても倒れないのかよ。
ゴブリンは続けて俺の髪を掴み、顔面に飛び膝蹴りを入れて来る。
「うっ」
俺は片手で鼻を抑え地面に膝を下ろしてしまう。
「ヴァァ!!」
相手はそんな俺に情けをかけて来ることなく、俺の腕を握って肩に噛みついて来た。
「いってぇぇぇ」
急いで、握られていない方の腕を相手の首に巻き付け思いっきり絞める。
それによりゴブリンは噛みつきを緩め、必死で俺の腕を引き離す。
俺は足の裏でゴブリンの膝を蹴り、一度バックステップをして距離を取った。
そこでふと鼻を手の甲で擦ってみると、出血している事に気付いた。
くそ、なんか痛いと思ったら普通に鼻血が出てたわ。
ついでに肩に歯形がついていて、ここも出血している。
やっぱりあいつ、強いぞ。
崖の下にいた猿や兎なんか比べ物にならねぇ。
拳を構えた状態で立ち止まっていると、片目を抑えているゴブリンが俺に向かって走って来る。
そして俺の腹に蹴りを入れて来た。
よし、猿の大群との戦いで覚えた受け流しを使え。
俺は腹と足の裏以外の力をすべて抜き、蹴りをそのまま受けた。
うん、成功だ。
かなりましになった。
‥‥‥だけど元が強いから痛いのは痛い。
俺は横腹に当たっている相手の足を両手で掴み、そのまま地面に叩きつける。
更に腹の上に馬乗りすると、顔面を何度もぶん殴った。
「ヴォ‥‥‥ヴァァァ」
「おらぁぁぁぁ!」
相手は殴り続けている俺の手を捕まえ、噛みついて来やがった。
指がガリっ! と変な音を立てる。
「うわっ!!」
俺が思わずゴブリンの腹から尻を持ち上げてしまったその瞬間、相手はすぐに立ち上がり俺の胸を正拳で貫く。
俺は反射的に体全身に力を込め、力ずくで拳を受け止めた。
急に来られたら受け流しなんて出来ねぇよ。
相手は続けて何度も俺の腹や肋骨を殴って来た。
まだ立っていられるが、流石に余裕がなくなって来たな。
正直、体の耐久性には自信があったのだが‥‥‥こいつの攻撃力が強すぎる。
「ていっ!」
俺はやり返そうと股を蹴り上げ、怯んだところで鼻の下付近を全力で殴った。
するとかなり効いたのか、相手は少し後ろに下がり、俺の顔をじっと見て来る。
よく見ると赤い目をしていて、普通に不気味だ。
どうやら疲れて来てはいるらしく、息が乱れている。
それは俺も同じだ。
その時、あいつの顔が視界に入って来た。
「あいつ‥‥‥笑ってやがる」
片方の目玉を潰されて、体の色んな部分にダメージを負っているはずなのに、嬉しそうな表情をしている。
なんでそんな顔をしていられるんだよ。
「ヴァァァ」
相手は突然両手を地面につけ、相撲のような体形を取り始めた。
どういうつもりかは知らんが、油断は禁物。
よし、落ち着けよ俺!
俺は拳を構えてゆっくりをゴブリンの元へ近付いていく。
すると相手は急に動き出し、自身の肩を俺の腹に当てて力ずくで後ろへと押して来る。
「うぉるぁぁ!!」
俺は押されまいと下半身に力を入れつつ、背中へ思いっきり肘鉄をくらわせた。
「ヴォ!?」
それと同時に相手は両手で俺の背中を引っ掻いて来る。
「いっっ! くそっ!」
ものすごく背中が熱い。
きっと大量に出血しているんだろうな。
だが止まる訳にはいかねぇ。
俺はゴブリンの首に数回チョップを入れ、更に相手のつま先辺りを蹴り飛ばして転ばせた。
そして顔面を地面に叩きつけ、首元を何度も足で踏みつける。
何回ほど踏みつけただろうか、やがて相手は抵抗を止めて動かなくなった。
「か、勝ったのか‥‥‥?」
そう言ってゴブリンの近くから離れる。
と、その時!
相手はすごいスピードで立ち上がり俺の元へ走って来ると、回し蹴りをして来た。
ガードをしようと腕を向けたが、運悪く肘に当たってしまい関節に激しい痛みを感じる。
多分今ので骨にひびがはいったかもしれない。
完全に変な方向へ曲がったわ。
くそっ、どうして死んだふりという可能性を考えなかったのだろう。
あれほど兎との戦いで学習したはずなのに。
更にゴブリンは俺の腕を掴み、力ずくで俺の体全体を振り回して来る。
近くの木に当てたり、地面に叩きつけたり、扱いがまるで鞭のようだ。
こいつ、こんな力をどこに隠してたんだよ!
色んな所にぶつかるたび、気が狂いそうなほどの痛みが体中を襲ってくる。
少しして相手は疲れて来たのか俺を放り投げると、膝に手を乗せて息を整え始めた。
その瞬間、突然ゴブリンは体制を崩し、膝を地面に落とした。
「は!?」
いきなりどうしたんだ?
「ギャァァァ!!」
ゴブリンは大きい声を上げて、ものすごく苦しそうにしている。
‥‥‥なんかよく分からんが、今がチャンス!
そう思い、残っている片方の手を使用して起き上がると、疲れ果てているゴブリンの首を腕で締める。
相手は腕を引き剥がそうと、俺の腕を引っ掻いたり、腹へパンチを入れて来たりして来るが、その程度で俺が怯むと思ったら大間違いだ。
わざと木から落ちたり、色んな魔物の攻撃をくらって鍛えた俺の耐久力を舐めんな。
「ヴォオオォォォ‥‥‥」
やがて、相手は大きい声を上げたあとで体全身の力を抜き、そのまま動かなくなった。
また死んだふりか?
その後、数秒の間ずっと首を絞めていたが、ゴブリンが動くことはなかった。
「今度こそ勝った‥‥‥」
俺はゴブリンを離すと、そのまま地面に座り込む。
戦っている間は気が付かなかったけど、もうすでに体力の限界を超えていたらしい。
急に噛みつかれた肩や腕が千切れそうなほど痛くなって来た。
動こうと思ったが結構ダメージが大きく、なかなか立ち上がれない為、しばらくの間痛みと戦いながら赤いゴブリンを見つめていた。
こいつ、本当に強かったな‥‥‥。
いつ負けていてもおかしくないレベルだった。
最後にどうして苦しみだしたのかが理解出来ないけど‥‥‥。
まあ何にしても、これでかたき討ちは終わったんだな。
あまりの痛みに背中を触って出血量を確かめようとしたその時!
「えっ?」
突然倒れているゴブリンの体全身から黒色の煙が出て来た。
かと思ったら急に色が変化し、緑色のゴブリンになっていく。
「は!?」
なんで赤色から緑色に?
こいつ‥‥‥普通のどこにでもいるゴブリンじゃねぇか。
誰かに魔法か何かで姿を変えられていたのか?
‥‥‥いや、なんにせよここにいても答えは出ない。
早く体の治療もしないといけないし、自宅へ帰ろう。
俺はほぼ動かない体をゆっくりと動かし、家へと向かった。
読んでくださりありがとうございます。