第十一話【森籠り終了】
それから幾つかの日にちが経った。
森籠りを始めてどのくらい経っているのかはよく分からないけど、感覚で言えばおそらく三か月とちょっと程度だろう。
俺の体は、日々の過酷な戦いやトレーニング、そしてすさまじい量の魔物の肉を食べ続けていたお陰か、目に見えて大きくなっていた。
決して身長はそこまで増えていないのだが、筋肉の量が明らかに違う。
最近では猿や兎の攻撃が、あまり痛くなくなって来たような気がする。
それは、ただ自分の防御力が増えただけでなく、常に安全ではない環境で戦い続けていたせいか、受けるダメージを地面に受け流す方法を独学で編み出せたからだ。
あくまで自分の感覚なのだが攻撃をくらう直前に、足の裏と攻撃を受ける辺り以外の力をすべて抜くことによって、ダメージのおよそ数割ほどを地面に逃がせているような気がする。
あと、この前わざと猿の攻撃を背中で受けてみたのだが、一応耐えられるレベルまでにはなっていた。
毎日木の上から飛び降りて背中で着地をしたりしていたら、いつの間にか耐久性が増えていたみたいだな。
最後にこれは数日前のことなんだが、正直死ぬ寸前まで追い込まれた。
普通に森の中で一匹の猿と戦っていたら、突然大量の猿の群れが近付いて来て、全員で総攻撃を仕掛けて来やがったんだよ。
俺は生き残ろうと必死で戦ったがやはり数の差は大きく、何度も地面に叩きつけられたり、ボコボコにされたりした。
まあ俺がダメージを受け流す技術を編み出したのはその時なんだけどな。
そう考えると、猿の大群のお陰で俺は更に強くなることが出来たと言えるだろう。
で今日は、あいつこと赤いゴブリンと戦う為に崖の上へ戻ろうと思う。
でもさ、
「どうやって戻るんだ?」
流石にあんな高い崖を登るっていうのは無理だぜ?
となると崖の近くを歩いて、上へ戻れるような場所を見つけるしかないな。
そう考え俺は沢の水をたくさん飲んでおき、石場を離れた。
あの崖はめちゃくちゃ高くて視界に入るから、木の間から上を見ればすぐに方向が分かる。
ということで、崖の見える方向に向かって森の中を歩いていく。
少し行った所で、兎が頭突きをしようと茂みの奥から飛んで来た。
俺はその頭突きをわざと腹で受け、ダメージを受け流してみる。
そして左手で兎を捕まえ、右手で胴体にパンチをくらわせた。
それにより兎は動かなくなる。
やっぱり俺はこの三ヶ月間森籠りで、攻撃力も成長しているな。
俺は兎をゆっくりと地面に置き、再び歩き出す。
やがて崖の真下に到着すると、とりあえず右側に向かうことにした。
片方が崖、もう片方が森。俺はその間を走っている為迷うことはないだろう。
走ること数十分。
「この崖‥‥‥永遠と続いているんじゃねぇのか?」
どこからも登れそうにないぞ、おい!
更に走ること数十分。
「まだ続いているのかよ!?」
隣に見える崖は、めちゃくちゃ偉そうに立ちはだかっている。
ペースを落とすことなく走ること約数時間‥‥‥。
‥‥‥崖がだんだん低くなって来たと思ったら、なんか村に着いた。
ここ、普通に見覚えがあるんだが‥‥‥。
うん、よくお母さんと買い物に来ていた村だな。
ちょっと安心したわ。
まあここから家の近くに辿り着けるのかどうかは分からんが、可能性は出て来た。
さてと、じゃあ村に入るか‥‥‥。
俺は村の門を通り、見慣れた景色の中を歩いていく。
ちょっと進んだ所で、古びた家の窓から視線を感じた。
「あら? ‥‥‥まさかレインくん?」
窓からそんな声が聞こえて来る。
誰だろうと思い、じっくり見てみると。
「あ、マリースおばさん。‥‥‥そう、俺だよ!」
この人は昔からお母さんとよく長話をしていて、たまにお菓子をくれる。
正直言って、俺はこの人のことがあまり好きではない。
とにかく話が長い。
めちゃくちゃ長い。
村に来て過ごす時間の半分は買い物。
もう半分はお察しの通りマリースおばさんとの会話。
俺‥‥‥無事に村から出られるかな?
少し体脂肪が多めのマリースおばさんは、俺をじっくりと見つめるなり、不思議そうな顔をして口を開く。
「最近見てないから心配してたのよ? でもまあ元気そうでよかったわ。‥‥‥それにしてもしばらく見ないうちにたくましい体になったわね。というか‥‥‥服はどうしたの?」
「体はトレーニング方法を変えてみたからだと思います。服については邪魔だったんで途中で脱ぎました」
「そっか。あ、そういえばお母さんはどうしてるの? ずっと村に来ていないし、それにレインくんが一人でここにいるのは珍しいじゃない」
おばさんはそう言って窓から離れると、ドアから出て来て俺の元に歩いて来る。
どうしよう、本当のことを言った方がいいのかな?
言ったら結構面倒くさいことになりそうだよな。
でも、嘘で誤魔化すって言うのも、それはそれで面倒くさい。
まあ‥‥‥結局嘘をついたらその嘘を隠す為にまた別の嘘が必要になったりしてくるし、正直に言っておこう。
俺はおばさんが近づいて来るのを待って、喋り始める。
「お母さんは‥‥‥‥‥‥魔物にやられそうになった俺を庇って死にました」
「えっ!? ‥‥‥それは本当なの?」
「はい」
「‥‥‥そ、そっか‥‥‥悪いことを聞いちゃったわね」
おばさんは申し訳なさそうな表情をして、黙りこんでしまった。
そしてしばらくの沈黙が流れる。
そんな中、先に口を開いたのは俺だ。
「では、俺は行きますね。これからやらなければならないことがあるので」
そう言っておばさんの横を通り、歩こうとすると、
「待って。‥‥‥レインくん。危ないこと、しようとしてない?」
おばさんがふと俺を引き留めて来た。
「危なくないと言ったら嘘になります」
「トレーニング方法を変えて、そんなにたくましくなったのって‥‥‥まさかその魔物に復讐するため?」
この人、結構頭が回るな。
「そうです」
「それは止めときなさい。もしそれでレインくんが死んだりでもしたら、天国にいるお母さんは悲しいと思う」
「それは分かってるよ。‥‥‥けど、もう決めたから」
「決めたって‥‥‥何を?」
「大切な人を守れるほど強くなるって。‥‥‥だからそれを自分自身に証明する為にあいつに勝たないと」
本当はただ復讐がしたいだけなのかもしれない。
だが、大切な人や今後大切にしていきたい人を守りたいというのは事実だ。
俺のお母さんであるエリフ=フォレストの死を間近で見て、俺はそう決意した。
正直言ってどうしてここまで本気になれるのか分からない。
自分でもビックリしている。
だって地球にいた頃の俺は一切頑張ったことなんてなかったから。
でも一つ言えるのは、俺はこの人生を必死に生きたいと心から思っている。
俺の真剣な顔を見て、おばさんは一度ふぅ‥‥‥と息を吐き、俺を見て少し笑った。
「決意は固そうだね。‥‥‥じゃあ私は何も口出ししない。‥‥‥けど何か困ったことがあったらいつでも言ってきな。力になれるのかどうかは分からないけどね」
マリースおばさんって、普通にいい人だな。
俺のことを気遣っているからか、深く聞いて来ない。
それに力になると言ってくれるだけで、謎の安心感がある。
「ありがとう! じゃあ早速なんだけど、お水を一杯もらってもいいかな?」
「ああ、待ってな」
その後俺はおばさんから水の入ったコップを受け取り一気飲みすると、お礼を言ってその場を離れた。
そして普段お母さんと買い物の帰りに通っていた場所から森へ入ると、自宅方向に向かって歩き出す。
自宅まで戻ることが出来れば、あとは赤いゴブリンに出会った場所に行くことが出来る。
だが正直言ってここから無事に家まで辿り着けるのかは分からない。
いつもお母さんの後ろについて行っていたからな。
この村から家までの森は何の目印もないから、自分がどっちを向いているのか分からなくなる。
なので、自宅に着く前に赤いゴブリンが徘徊している場所まで行ける可能性もあるのだが、それはそれで心臓に悪い。
約数時間の間適当に歩いていると、やがて見覚えのある森の中の背景に辿り着いたので、そこからいつも通り進んでみると自宅の門の前に到着することが出来た。
‥‥‥普通に着いた。
結構覚えているもんだな。
この門を見るだけでとても懐かしく感じる。
親父は元気にしているかな?
妹のティアはお母さんがいなくて泣いていないだろうか。
俺は色々と気になり、少しだけ庭の中に入り親父と妹の様子を確認してみようと思ったのだが‥‥‥やっぱり止めた。
今、会ってしまうと気が緩んでしまうかもしれない。
そう考え、俺は自宅の門をあとにし、別方向に向かって走り出す。
しばらくして‥‥‥。
「えーっと確かこの辺りだったよな?」
この場所は見覚えがある。
お母さんがあいつに殺された場所だ。
ここで待っていれば襲いに来る可能性があるだろう。
ということで俺はその場の地面にあぐらをかいて座り、気長に待つことにした。
あいつと戦うのに、準備運動やアップをしていたらフェアじゃない。
俺はあくまで、ちょっと不利があるくらいの状態で勝ちたい。
でないと本当の勝利じゃないような気がするから‥‥‥。
それからどれくらい待っていただろうか。
「全然来ないな‥‥‥」
もう他の魔物に倒されてたりしてな。
いや、そりゃーないか。この辺の魔物は基本的に雑魚だ。
でもあの赤いゴブリンの強さだけは異常だった。
こんな場所でくたばる程度の魔物に、Aランク冒険者であるお母さんが殺されるはずない。
だから絶対にあいつは生きている。
とその時、近くの茂みがガサッ! と揺れた。
「あいつか!?」
俺は少し大きめの声でそう言いながらも、あぐらをかいて音の正体を待つ。
薄っすらと暗いこの森の中、赤い頭が見えて来た。
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