第十話【森の中の沢】
兎は近くにあった木へぶつかり、地面に落ちて動かなくなった。
───もう倒せたのか?
‥‥‥あの兎、攻撃力と防御力の比率おかしくない?
疑問に重いつつも俺は一応警戒して近付いていく。
やがて兎の目の前までたどり着いた、その瞬間───兎は急に起き上がって俺の顔面めがけて頭突きをしようと、地面を蹴り上げやがった。
「まじかよ!?」
俺は体を横にひねり、ギリギリの距離で躱した。
そして向こうへと飛んでいく兎を追いかけ、相手が重力によって地面に落ちた瞬間、もう一度回し蹴りをくらわせた。
兎は地面を引きずりながら横に飛んでいき、また動かなくなる。
「あの野郎、またか?」
今度は引っかからねぇぞ?
俺は近くにあった少し大きめの石を拾い、全力で投げつけた。
その石は真っすぐ飛んでいき、兎の胴体へと命中する。
すると相手は「きゅー」と可愛い声を上げて体を起こし、また頭突きをしようと飛んで来た。
「こいつ‥‥‥しつけぇ」
もう怒ったぞこの野郎!!
俺は頭突きをわざと腹で受け止め、兎の顔と胴体の間に腕を巻き付ける。
そして力いっぱい絞めた。
数秒後‥‥‥。
兎は抵抗を止めて動かなくなった。
「また死んだふりじゃないだろうな?」
一応疑いつつも腕を緩める。
───と、その時!
兎は地面に落ちた。
「うん。本当に死んでいるっぽいな」
にしてもこいつ、結構耐久性がありやがったな。
緑色のゴブリンだったら俺の回し蹴り一発で終わっていたはずだ。
‥‥‥まあ、とにかく倒せてよかったぜ。
さてと、じゃあ食べてみるか。
俺は兎をつかむと両手に力を入れて、無理矢理毛皮を剥いだ。
すると胴体の一部分からものすごい量の血があふれて来る。
「これって、飲めたりするのかな?」
もう喉がカラカラなんだけど‥‥‥ちょっとやばそうだな。
う~ん、でも今後いつ水分にありつけるのかも分からないし、無理してちょっとでも飲んでおくか。
俺はほとんど出て来ない唾を飲み込み、覚悟を決めて口を近付ける。
ゴクッ!
うわっ、めちゃくちゃドロッとしてるやん。
気持ち悪っ!!
いやー、金属っぽい風味がたまりませんねぇ~‥‥‥って言っとる場合か!
ものすごく不愉快やで?
もんげぇすさまじいわ。
てか、そもそも飲んで大丈夫だったのだろうか。
変な病気とかにかかったりしそうな気がするわ。
まあ、美味しいものでもないし、これ以上飲まない方がいいだろうな。
俺は喉が少しだけ潤ったような気がした為、血を飲むのを止めて兎を手に持ったまま歩き出す。
とにかくまず最初に水分の補給が出来る場所を捜さないと、いずれ死んでしまう。
もう絶対に魔物の血なんて飲みたくないしな。
それに、皮を剥いであるこの兎も喉が渇いている状態だとあまり食べる気にならない。
その後俺は、しばらくの間森の中を彷徨い続けた。
途中で猿みたいな魔物を見つけたが、先に水が飲みたいので戦いを挑まずに木の陰へ隠れてやり過ごした。
いくらか時間が経って気付いたのだが、この崖の下には、俺が住んでいる家周辺の魔物は一切出現しないらしい。
向こうでは死ぬほど出会っていた緑色のゴブリンが、こちらだとまだ一度も出て来ていない。
そしてこれは俺の予想なのだが、この崖の下の方が魔物が強い。
さっきの兎‥‥‥見た目の割にめちゃくちゃしつこかったし。次に会う時は絶対死んだふりなんかに引っかからないからな、この野郎。
考え事をしながら木と木の間を歩いていると、
「ん?」
今微かにだが、水の音が聞こえたような気がした。
ちゃんと確認する為にその場へ立ち止まり、耳を澄ませてみると‥‥‥確かに聞こえて来る。
俺は期待を胸に、音のする方向に向かって走る。
すると小さめの沢があった。
「おぉ、やった!」
その沢は太陽の光が反射して光っているので、ものすごく綺麗に見える。
水面から所々岩が出て来ていて、底の小さな石も視界に入る為かなり浅い。
俺は一直線で沢へ走っていき、顔を水面に近付けてゴクゴクと勢いよく飲んでいった。
とても冷たくて、兎の血よりも格段に美味しい。
少しの間飲み続けやがて満足したので、顔を上げて口元の水分を手で拭う。
そこでふと手に持っている毛皮の無い兎の存在に気付いた。
これってかなり血がついているし、水で洗った方がいいのかな?
血抜きの方法とかよく知らないしその方が効率いいだろ。
ということで俺は毛皮の無い兎を沢に突っ込み、バシャバシャと音を立てて洗った。
そして沢の中心辺りにある岩の上の砂を、沢の水で洗い落し、その上に兎を置いておく。
さてと、じゃあ火を起こしてみるか‥‥‥。
数年前に親父からやり方を教わったことがあるけど、出来るかどうかは分からない。
確か親父は、ものすごいスピードで木の棒を回転させて、とても簡単そうに点火させていた。
「まあ、とにかくやってみるか」
俺は沢から離れ、近くに落ちてあった面積が広めの木と、細くて長い木と、燃えやすそうな葉っぱの三種類を拾い、沢の前の石がたくさん落ちている場所へと向かった。
他の所は大体植物だらけなのだが、ここだけ唯一石だけだ。なので火が森に燃え広がる可能性はないだろう。
まずその石場へ腰を下ろし、早速面積の広い気に細くて長い木の棒を突き立てる。
そして親父と同じように両方の手のひらで挟み、勢いよく回転させていく。
数分の間、木の棒を回転させ続けていると‥‥‥少し煙が出て来た。
「よし、もうひと踏ん張り」
そう口に出し更に回転速度を上げる。
すると木の一部分が赤くなって来たので、細くて長い木の棒を近くに置き、その赤い部分に息を吹きかけながら葉っぱを近付ける。
「ふぅ‥‥‥ふぅ‥‥‥ふぅ‥‥‥よし、来た!」
俺は燃え始めた大量の葉っぱの中へ、点火に使用した木を放り込み、急いで森の中へ燃やす用の木の棒を取りに行く。
そして大量に拾い集め、石場の上で心もとなく燃えているたき火の中に入れた。
おぉ、強くなって来たな。
これだけあればとうぶんの間燃え続けるだろう。
俺は沢の中心辺りの岩に置いてあった毛皮の無い兎を取りに行き、手に持って再び石場へ戻る。
‥‥‥手で持ったまま焼いたら熱いだろうし、木の棒にでも刺してたき火の中に近付ければいいか。
そう考え、近くに落ちてあった木の棒を沢で綺麗に洗い、兎に突き刺した。
俺はたき火の前に座り、その兎が刺さっている棒をくるくると回していく。
しばらくして、ちょっと焦げ目がついて来た為、試しに一口食べてみた。
熱っ‥‥‥いけど、美味いな。
このみためといい、鶏肉に似ているような気がする。
やがてほとんど全部食べ終わると俺はその場に立ち上がり、次の食料を探すのと、特訓を兼ねて森の中へと向かう。
この沢の場所は忘れたくないし、あまり遠くへは行かないようにしておくか。
その後俺は、沢の近くを徘徊していた猿と戦い、何とか勝つことが出来た。
背中を殴られた時は数秒呼吸が止まりやばいと思ったが、死に物狂いで顔面に向かって何度も全力のパンチを叩きこむことによって倒せたのだ。
にしても猿のお陰で、背中の防御力が少ないことに気付けた。
確かによく考えたら今まで誰かからの攻撃を受け止めていたのって、前か横かのどちらかだったもん。
親父にもほとんど後ろ側なんて叩かれたことはない。
‥‥‥今度からはちゃんと後ろも鍛えておこうっと。
次に食料だが、とりあえず兎を三匹と蛇を確保しておいた。
親父曰く「体を鍛えてもたくさん食べないと意味がねぇ。だから己の限界まで食べろ」ということらしいからな。
俺は着ていたボロボロの服を脱ぎ、それらの食料をその服に包んで運んでいるなうです。
少し歩いて先程たき火をしていた石場へ到着すると、当たり前だがもうすでに火は消えていた。
なので先程と同じ要領で点火し、兎と蛇をそれぞれよく焼いて、腹が破裂するレベルまで食べていった。
‥‥‥いや、結局兎二匹しか食べきれなかったわ。流石に量が多すぎだろ。
今こんがり焼いた兎一匹と蛇一匹が残っているが、これは明日の朝食で食べればいいや。
にしてもしんどい。
下手したら胃酸と一緒に全部出てきそうだぜ。
俺は日が暮れそうな中、この石場で少し食休みをすることにした。
手で腹を抑えて沢の流れていく水を眺めて過ごすこと約十分。
ある程度なら動けるようになった。
さて、じゃあ辺りも暗くなって来たし、あと少し特訓でもしてから寝床を探しに行くか。
そう考え俺は今いる石場で腕立て伏せや腹筋、スクワットなどを行っていく。
そして更に自分で背中を叩いてみたり、わざと地面に倒れ背中に衝撃を与えたりなどもやってみた。
しばらくして、自分の体が限界を迎えているような感覚がした為そろそろ寝ることにする。
石場は寝やすそうだけど、就寝中に魔物にでも襲われたらたまったもんじゃないので、木の上の枝とかで休む方がいいだろう。
まあ木の上でも猿に襲われる可能性はあるのだが‥‥‥何が来るか分からない地面よりかは安全なはずだ。
ここら辺に出現するのが猿と兎と蛇だけとは限らないしな。
ということで俺はそこら辺にあった長めの植物のツルを拾い、食後の重たい体を動かして何とか沢の近くの木に登った。
それにより気付いたのだが、木登りって結構いいトレーニングになりそうだな。今度からやっていってみよう。
というのは置いといて、俺は太めの枝に座り先程持って来たかなり長いツルで木と体を結び、そのまま眠りについた。
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