人と悪魔、一夜の戯れ。
これは、とある一夜のお話。
「………」
十六夜咲夜。この名前が、私を私でいさせてくれる。
そんなことを思い、自室の十字の窓から月を見た。
広い夜空。そこにあるのは、美しく光る紅い月。こんなにも紅い月は、主との出逢いの夜を彷彿とさせる。
「ふふ…。どうして涙が出ちゃうのかしらね…」
私がどれ程想い続けても……もしかしたら。
そう。もしかしたら…私の想い人は…
「そんなことはない……はずよ」
自分に言い聞かせる。[そんなこと]は、ないと。
コンコン。
ノックが聞こえた。誰だろうか。
「咲夜〜、入るわよ〜?」
そう言って入ってきたのはお嬢様だった。
お嬢様は部屋に入ってすぐに私に近づいてきた。そして私の顔を見上げた。
「咲夜?貴女どうして泣いているの?」
涙を見せてしまった。絶対に見せたくない涙を見せてしまった。
「………ねぇ、咲夜。今宵の月は、私達が出会ったあの夜の月に似ているわね」
お嬢様は優しい目を私に向けてそう言った。
「はい…」
あぁ、お嬢様。私はあの日からずっと……ずっと貴女を想っています……
「私はね、咲夜。お前に出逢えて幸せだよ」
お嬢様が私の頬に手を添える。
「……………っ!」
次の瞬間、お嬢様が私の唇を奪った。
私は思考を止め、お嬢様に身を任せる。
お嬢様の柔らかい唇が私に触れるのを感じる。
お嬢様の舌と私の舌が絡み合うのを感じる。
「ふふっ、びっくりしちゃったかしら?」
唇を離し、お嬢様はいたずらな笑みでそう言った。
「………………………うぅっ」
涙が止まらない。心配で………不安で………
「全く。くだらないことで悩んじゃって。どうせ自分が死んだ後、私に忘れられないか不安なんでしょう?お前はいつまで経っても変わらないね。でも、そこがかわいいよ」
そう言い、お嬢様は少しの沈黙の後…………
「…私はお前が死んだ後、何百何千…それ以上の時を生きる。だからお前を忘れるかもしれない」
…………………
私はその言葉を聞き、何も考えられなくなった。
私……[十六夜咲夜]がお嬢様の中から消える……?
いやだ。いやだ。
そんなのは嫌だ。
「だから」
不意にお嬢様が言った。
「だから刻みなさい。私に、[十六夜咲夜]という名の人間を刻みなさい。私がこれから先、何百、何千…いや、永久の時間を過ごしても、貴女と言う人間を忘れられないように」
そして、ゆっくりとした動作でお嬢様が上半身の服を脱いだ。
色白で美しい肌が露わになる。おそらくこれ以上に美しい肌をもつ者はいないだろう。
細く、儚ささえ感じさせる腕が私に差し出される。初めて会った時から全く時の流れを感じさせない、全く変わっていない腕……。
私はお嬢様の手を優しく握り、ベッドに押し倒した。
もう、我慢できない。感情を抑えきれない。私は貴女と触れ合いたい。貴女を感じたい。その為には、この身体とお嬢様を隔てる布ですら…大きな障害だ。
私も服を脱いだ。一糸纏わぬ姿となり、お嬢様の体を感じる。
「んっ……!」
あぁ、お嬢様のこんな声を聞けるのは私だけ……
私はお嬢様の下半身に手を伸ばす。
「うぅ…さくやぁ……そこは……」
そこまで言ってお嬢様は力を抜き、私に抱きついた。
そして、先程よりも深いキスをした。
それから私とお嬢様は1時間の戯れの後、深い眠りに落ちた。
…………………
朝、私が目を覚ますと、すぐ横でお嬢様が私の顔を見て微笑んでいた。
私は体をお嬢様の方に向け、ある質問をした。
「私は…。私は貴女に私を刻むことが出来たでしょうか…」
するとお嬢様はこう言った。
「そうね……。あれだけ激しくされたら忘れられないわね…!」
お嬢様が頬を赤らめながら私の頬を優しくつねる。
ふふ…
もう、私の不安、心配はすべて無くなった。
これで私は心置きなく………
*****
あの日から数日が経ち、咲夜は死んだ。
覚悟はしていた。何故なら咲夜が近いうちに死ぬのは知っていたから。
私は主として……いや、咲夜の家族として、咲夜の不安を取り除いた。
絶対に忘れることは無いのにも関わらず、下手な芝居をした。
でも。
あれは偽りであって偽りではない。
何故なら。
[十六夜咲夜]という人間は、確実に私に刻まれたから。
例え咲夜がいなくても。
私は咲夜と共にいる………
レミリアと咲夜の美しい愛。それを感じていただけたら嬉しいです。
※この話の番外編を創る可能性があります