7 変則シフト、いかがですか?
「胡桃沢さん、レジのヘルプ入って」
僕は今、クリスマスに休みを取るためにシフトを変えた影響で、ほぼ毎日のように店に出ている。
青海大学前店は、レジが2つある一般的なレイアウトだけど、もちろん常に2つのレジが稼働しているわけじゃない。
店内の清掃や商品の補充など、やらなければならないことは沢山あるからだ。
だから、店の混み具合なんかを見ながら雑務をこなすのが基本になる。
混む時間帯には、店員の人数を増やしたりするけど、基本的に同時に店内にいるのは2~3人ということになる。
混んでいない時は、レジが1か所だけ動いていて混んでくれば2か所とも動かす。
これを、レジのヘルプと言ったりする。
普通は、レジに並んでいる人の数や持っている品数なんかを見て、レジ前のはけ具合を予想してヘルプに入るかどうかを自分で判断する。
温める弁当があったり品数が多ければ、当然時間が掛かるし、スナック菓子1個とかペットボトル飲料くらいなら、すぐに捌ける。
ある程度経験すれば、こういう判断は大体できるようになるので、店員2人の時は、そういうレベルのバイトを揃えるようにシフトが組まれる。
新人教育の時は、あまり忙しくない時間帯に経験者2人と合わせて3人で組ませる。
こうすると、経験者の方で様子を見ながら新人に指示して経験を積ませることができるわけだ。
何回か経験させると、新人も独り立ちできるようになる。
普通はそうなんだけど、たまに、いくらやっても成長しない困った人もいる。
いわゆる「使えない奴」というタイプだ。
もっと困ったことに、そういう使えない奴ほどプライドが高かったり、人の話を聞かなかったりする。
まあ、人の話を聞かないから成長しない=使えない、ということなのかもしれない。
普段なら、そういう使えない人は、1か月もしたら、バイトの期間更新をしない=クビという流れになる。
社員と違って、バイトは入れ替えがしやすいというか、解雇しやすいので、そういうことができるのだ。
バイトする側にとっては厳しい話かもしれないけど、お金を払って雇っている店側にすれば、同じお金を払うなら、きちんと役に立つ人に払いたいのは当然だから、これは仕方ないことだと思う。
まあ、働かない人がいると、他の人の士気が下がるから、排除しないと後々店がもっと困ることになる。
腐ったミカン理論というヤツだ。
腐ったミカン理論というのは、箱詰めされたミカンの中に腐ったミカンが1個あると、それに触れた部分から他のミカンも腐っていくので、腐ったミカンは直ちに捨てなければならない、というものだ。
学校なんかでこれをやるのは、いけないこととされている。
それは、学校というところが元々効率を追求する場所ではないこと、多様性を持った空間に身を置く経験も学校には求められる要素であることなどが理由だろう。
ただし、度を超すと学級崩壊を招いたりもするから、限度というものはある。
コンビニという営利を求める場において、お客様を不愉快にさせたり、他の店員の士気を下げる存在は、雇うに値しないものと判断されて当然だと思う。
なんで延々とこんなことを言ってきたかというと、今レジに立っている2人、胡桃沢さんと紅さんは、普通だったらすぐにクビになるような使えない人なのだ。
胡桃沢奈津、11月半ばから入った子で、青海大の1年生。
学部は教育学部だって言ってた。
灯里の後輩ということになる
この子は、真面目だし悪い子ではないんだけど、いわゆる指示待ち世代というタイプで、あれしてこれしてと、いちいち言わないと動いてくれない。
普通なら、経験を積むことで学習するものなんだけど、入って4週間、全く成長の跡が見られない。
で、もう1人、紅譲さん、青海大法学部3年。
公務員試験1本でいく予定なのだそうで、就職活動もしない文系の学生だから、空いている時間でバイトをしているらしい。
迷惑なことに、誰かに、バイトの経験があると就職した後で役に立つと助言されたのだそうだ。
この人は、胡桃沢さん以上に難物だ。
なんというか、無駄にプライドが高く、融通が利かず、空気を読めないというか読む気がない。
自分も11月頭から入った新人バイトのくせに、大学生のバイトをバカにして、言うことを聞かない。
どうやら、彼の中には、彼なりのヒエラルキーというものがあるらしく、現実を無視してそのヒエラルキーを前提に動いているようだ。
要するに、彼の中では、自分は公務員になるのが確実な大学3年生なので、たかがコンビニでバイトしている学生の言うことなんて、聞く必要がないということらしい。
自分が、そのたかがコンビニのバイトで新人だという事実は、視界に入っていない。
一方で、正社員とか店長とかの肩書きを持っている人に対しては、とても腰が低い。
権威とか肩書きに弱いということなんだと思う。
僕も、最初は年下ということで見下されていたんだけど、彼の性格がわかったので、チーフという肩書きを大上段に構えることでクリアした。
つまり、店長を巻き込んで、僕は実家がフランチャイズでオルマをやっている家の跡取りで、家を継ぐ修行の一環としてここでバイトしているため、経験豊かで「チーフ」になっているという設定を吹き込んだのだ。
実態はかなり違うけど、僕が卒業後に家の跡を継ぐのは間違いなさそうだし、僕が高校時代からオルマでバイトしていて経験豊かというのも嘘じゃない。
以来、彼は僕を「チーフ」と呼んで従うようになった。
ただ、これで彼が僕に従うようになったため、僕が彼の面倒を見るようなシフトを組まれてしまったので、これは失敗だったかもしれない。
紅さんの困ったところはまだあって、さっきも言ったけど、恐ろしく融通が利かない。
店の掃除を頼むと、それはもう一心不乱に掃除する。
最初に頼んだ時は、通路を掃除しようとして、商品を見ていたお客様を弾き飛ばしそうになった。
ぶつかりそうではなく、弾き飛ばしそう、だ。
お客様のいるところに向かってまっすぐ掃除機ごと突っ込んでいったのだ。
下手したらお客様に怪我をさせていたかもしれない危険な行為だった。
僕が気付いて慌てて押さえたから良かったけど、あれは肝が冷えた。
こんこんと説教したところ、危険性は理解できたらしく、以後、そういうことはなくなった。
学習能力が皆無というわけではないらしい。
けど、今やってることを優先させるという癖がなかなか直らなくて、一旦掃除を始めると、店がどんなに混んでいようがレジには入らないし、弁当の棚が空になっても補充しようとしない。
掃除を中断してレジに入れ、と指示すれば動くんだけど、そうすると、今度は店が空いてきてもレジから動かず、掃除は中断されたままになる。
紅さんが僕のシフトに入れられているのは、僕の言うことしか聞かないせいだから、不本意ながら仕方ないかと諦めもつくけど、胡桃沢さんまで組み込まれたのは、ちょっと納得いかない。
理由は、いくつかあるらしい。
1つめは、今は、クリスマスに休みたい人のためにシフトがかなり変則的になっていて、新人を組ませられるベテランのバイトを2人揃えるのが難しいこと。
2つめは、甚だ不本意ながら、僕ならこの問題児2人を御せるだろうという店長の信頼だ。
信頼されて腹が立つことがあるなんて、初めて知った。
とりあえず、僕自身もクリスマス2日とも休もうなどと考えているわけなので、その埋め合わせと割り切ってこの苦行に挑んでいる。
幸い、というか、2人ともいちいち指示する必要はあるが、指示さえすれば一応動くので、2人がしでかしそうな失敗を予測して先回りすることで、大過なくこなしている。
さすがに2人を一人前に育てる教育係までこなす余裕はないので、期待しないでもらいたい。
クリスマスと正月を乗り切れば、バイトは通常のシフトに戻るはずなので、この2人はその時点までに成長していなければさよならだろう。
別に、2人に恨みがあるわけではないので、できる限りの教育をするつもりではある。
なにしろ問題児2人の面倒を見る対価としてバイト代に少しイロが付いている。
給料分は働きますとも。
でも、一人前にするところまでは約束できないよ、と。