閑話1 勝負服、ありませんか?
5話の明星について、親友:朱野灯里視点からのお話です。
あたしの親友が最近面白いことになって、じゃなくて、最近恋をしているらしい。
親友の名前は、黒沢明星。
高1でクラスが一緒になって以来の付き合いだ。
明星は、なんていうか、独特のキャラをしている。
見た目は、一言で言うと美少年。
髪を短くまとめ、男物のシャツとかパーカーとかを好んで着ている。
制服以外でスカート姿を見た記憶がないくらい。
あまり詳しく話したがらないけど、明星は中学時代に、彼氏から男女呼ばわりされてフラれたことがあったそうで、女子高を選んだのもそのせいらしい。
まあ、あの言葉遣いと私服では、可愛い彼女と並んで歩くことにステータスを感じるような中坊では持て余すだろうと思う。
あたしが明星に話しかけたきっかけは、その名前だった。
よくある話で、新しいクラスでは、まず出席番号順に机が並ぶ。
「くろさわ」明星は、「あけの」であるあたしの隣だった。
それだけなら声を掛けなかったかもしれないけど、名簿にあった「明星」という名前にあたしは息を呑んだ。
あたしの「あかり」という名前に、お父さんは「明星」という字を当てるつもりだったんだそう。
でも、「あけの明星」だと、「あけのみょうじょう」になってしまうとお母さんが反対したお陰で、今の「灯里」になったんだって。
あたしが名前の由来を話したら、明星は「僕、ビーナスちゃんってあだ名だったことがあるよ」ってげんなりした顔で言ってたっけ。
お母さんが反対してくれてなかったら、きっとあたしも「ビーナスちゃん」だったに違いない。
お母さん、ありがとう。
そんなことから仲良くなったあたし達は、よく一緒に出歩いた。
明星は、一人称が「僕」で、身長が170cmもあるし、ちょっとした仕草が妙に荒っぽいというか男っぽいので、パッと見、美少年にしか見えない。
その上、私服が男物だったりするから、休日にあたしと買い物とか行くと、カップルに見えるらしい。
こういっちゃなんだけど、あたしも見た目はいい方だから、美形カップルのデートの図になる。
ファミレスとか入る時は、一旦明星がまとめて払っておいて、後であたしが自分の分を明星に払うっていう面倒なことをしていた。
そうしないと、デートなのにワリカンにするケチな彼氏みたいに見えるから。
明星は、学校ではさすがに制服のスカートを履いていたけど、そこは女子高だから、宝塚的な意味でのファンが多かった。
非公認のファンクラブまであったのは、明星には黙っている。
あたしが明星の傍にいても嫉妬されないですんでいたのは、あたしの見た目がそれなりのレベルだったお陰だろう。
名前を合わせると「朱野明星」になるから、一部で「麗しのビーナスペア」って呼ばれてたりもしていた。
これも明星にはナイショの話。
言ったら、絶対に落ち込む。
結局、高校3年間、明星には浮いた話1つなかった。
部活とかしないで、おうちのコンビニで店員やって、休みにはあたしと出かけたりっていう生活。
一度、すっごい可愛い女の子と並んで歩いてるのを見かけて、「誰!?」って聞いたら、明星のお兄さんだった。
見た目と実際で、完全に性別が逆転していた。
背格好は同じくらいだけど、ややキツめの印象を与える明星に対して、お兄さんはタレ目がちな柔らかい印象で、声変わりしているとは思えない高めの声で、明星を女の子にしたらこんな感じかなと思った。
…明星は、元々女の子だけど。
女の子っぽくしたら、だね。
どうやら明星は、友達にお兄さんを見られたくなかったみたいで、見てしまったあたしは、それまで以上に明星と親しくなった。
多分、明星の家に泊まったことがある友人は、あたしだけだろう。
家に上げると、お兄さんに遭遇する可能性が高いから、明星は家にあまり友達を呼ばなかったんだと思う。
見れば見るほど、明星とお兄さんはよく似ていた。
少しお兄さんの方が女性っぽいのが不思議だけど。
会話なんかを聞いていると、仲も良さそうなので、きっと明星は、自分より女性っぽいお兄さんを友達に見せたくないんだろうと思っている。
自分で男っぽく振る舞っているくせに、「男っぽい」と言われると傷ついているのをあたしは知っている。
多分、明星の抱えているコンプレックスなんだろうと思っているけど、下手につつかない方がいい気がして、あたしは気付かないふりをしている。
明星とあたしは、高校卒業後、同じ青海大に合格した。
明星は経済学部、あたしは教育学部だけど、受験勉強も一緒に頑張った。
大学に入ってからも、明星とは時々一緒に買い物している。
明星は、大学に入って、少しお化粧するようにはなったけど、ナチュラルメイクなので、相変わらず男に間違われている。
去年、あたしが彼と付き合い始めた時は、真っ先に明星を紹介した。
もちろん、あたしと明星が歩いているのを見た人から話を聞いて誤解しないようにするために。
高校時代のプリクラまで見せたから、彼はあっさり納得してくれた。
で、そんな明星から、デートに着ていく服を選ぶのを手伝ってほしいと頼まれた時は驚いた。
普段、面倒くさがって男物しか着ない明星が、真っ赤な顔をして女物の服を選んでいる姿は新鮮で、とても可愛かった。
なんだ、好きな人ができると、ちゃんと女の子の顔になるんじゃない、なんて微笑ましく思いながら服を選ぶのは、とても楽しかった。
誰だか知らないけど、明星を泣かせたらタダじゃおかないからね。