39 ロマン旅行、いかがですか?
「あ~~、海に沈む夕日を見たのなんて、子供の頃以来だなあ」
僕達は、お盆も終わった8月末になって、ようやく佐渡旅行に来ることができた。
正直言って、僕としてはかなりキツいスケジュールになっている。
昼過ぎまでバイトして、部屋でシャワーと着替えをすませたらすぐ出発って感じで、新幹線で新潟に来た。着いたのは、午後6時だ。
駅のコインロッカーに荷物を預けて、バスに乗って海岸へ。
夏場の日没時間は6時半過ぎだから、ギリギリ夕日に間に合ったって感じだ。
なんて強行軍。この後、一旦荷物を取りに駅まで戻って、それから市内のホテルに泊まることになる。
しかも、旅行の後は、また夜からバイトだ。
船や新幹線の中で寝ないと、とても体が持たない。
寿也さんには特に予定がないというのが、余計に腹立たしい。
とはいえ、せっかくの旅行に仏頂面してるのもつまらないから、旅行の間はせいぜい楽しもうと思っている。
寿也さんと泊まりがけの旅行なんて、初めてだしね。
幸い、今回の日程中はずっと晴れの予定なので、そっちの心配がいらないのは助かる。
そんなわけで、旅行の目的第一弾、日本海に沈む夕日だ。
寿也さんは、佐渡が邪魔にならずに夕日が海に沈むスポットを、事前にチェックしていたそうだ。場所によっては、夕日が佐渡に沈んでしまうから。
本当に、変なとこマメな人だ。
僕は、海に沈む夕日は、子供の頃、海水浴に来た時に何度か見たことがあるけど、本当に久しぶりに見る。
軽く10年ぶりくらいのはずだ。
夕焼けが海を染める中、オレンジ色の夕日が揺らめきながら海に消えていく。
お盆を過ぎた海はクラゲが出るから、周りに海水浴客はいないし、2人で貸切で夕日を眺めていられる。
ふと、寿也さんに抱き寄せられたけど、まあ、こんな時くらい、素直に身を任せとこう。
夕日が沈みきると、辺りは真っ暗だ。
駅に戻る途中で一旦バスを降りて、新潟で有名だというへぎそばを食べた。
「へぎ」という、もりそばの載ってる入れ物を広くしたようなところに、一口サイズにまとめたそばが沢山並べられたものだ。
へぎの大きさは、2人前用とか3人前用とかになってるらしくて、僕らは5人前を頼んで2人で食べた。
駅で荷物を回収した後は、ホテルにチェックイン。
高層ビルの中にあるホテルをダブルルームで取ってあった。
「ちょっと。僕、すっごく疲れてるんだから、ちゃんと寝させてよ」
「わかってる。
今夜はゆっくり寝ておかないと、明日がキツいから」
そんなわけで、ダブルベッドで寄り添って寝た。
翌朝は、6時起きしてホテルのモーニングを食べ、朝のジェットフォイルで佐渡に向かうことに。
ジェットフォイルは、全席指定で椅子にシートベルトで固定され、佐渡に着くまで出歩けないようになっている。
多分、外に出ると海に落ちるからだろう。
船体が小さいだけに、出港するまではかなり揺れて心配になったけど、いざ走り始めると全然揺れない。
「こんな揺れない船、初めて乗ったよ」
「なにしろ、半分浮いてるからね」
「なんで行きだけジェットフォイルなのさ?」
「自由に動き回れるのは今日だけだからね。フェリーを使うと、夜が明けないうちに出るか、昼頃着くかになるから」
「ふうん」
佐渡に着くと、港の裏にあるレンタカー屋で車を借りて移動する。
佐渡には、公共交通機関はバスしかないから、ある程度自由に動こうと思ったら、車しかないらしい。まあ、時間と体力がたっぷりあるなら、自転車でもいいんだろうけど。
「あれ? ETCが付いてるぞ?」
「ん? 今時、ETCくらい普通じゃないの?」
「佐渡には、高速道路なんてないはずなんだけどなぁ」
「え…?」
なんてこともあったけど、とりあえず出発。
ジェットフォイルが着いた両津港は、佐渡の北側の凹部分で、ここから南側を時計回りに走って、まずは南東側の凸部にある小木というところでたらい舟に乗ってみる予定だ。
走っている最中、ふと変な飛び方をしている鳥を見付けた。
「ねえ、寿也さん、あれ見て! あれ!」
「ん~? なんか見慣れない鳥だなぁ。 って、もしかしてあれ、朱鷺か?」
「かなあ?」
突然のことだったし、通り過ぎてくのを見ただけだから、はっきりしないけど、きっと朱鷺だったんだと思う。
偶然朱鷺を見たってことにしておこう。
今回の旅行では、朱鷺は見に行かない予定だったから、すっごく得した気分になった。
幸先いいなあ。
小木に着くと、たらい舟の体験を申し込んだ。
たらい舟は、縁に付いてるオールみたいなのを使って進む仕組みなんだけど、要は大きいたらいだから、底が平で周囲が円い。僕がオールをいじっても、まともに進まずその場でクルクル回ってしまう。
寿也さんもやっぱり回ってた。
たらい舟で本州と往復してたなんておとぎ話があるけど、そんなことできるのは、余程のテクニシャンだよ。
その後、金山に行って見学した後、砂金取りの体験をした。砂金取りは、金山とは違うところでやってる。
初心者向けのメニューをやったけど、すっごい小さな、粒とも言えないようなものが2~3個取れただけだった。取れた金は、カプセルに入れてキーホルダーにしてくれるらしい。
せっかくなので、2人で取った分を一緒にカプセルに入れてもらった。
その後は、また時計回りに佐渡を回る形で移動し、尖閣湾で遊覧船に乗って、佐渡北端の鷲崎というところの宿に泊まった。
両津港から始まって、時計回りに1日で佐渡を一周した感じだ。
やっぱり、かなりの強行軍だと思う。
宿の夕食では、地物の魚介が並んだ。
で、当然というか、また一部屋。
観光シーズンで部屋が空いていないとか、いろんな事情があるんだろうけど、恋人同士が旅行で来てるんだから、むしろ一部屋でなくてどうするって感じではある。
意外というか、ここは温泉がある。
さすがに部屋にはお風呂はないので、一緒に入ることはできないけど、温泉に入って、部屋でいちゃいちゃする。
それくらいしないと、僕としては、恋人との旅行っぽくないと思うのは、秘密だ。
ふとんは二組敷いてあったけど、結局片方だけで寝た。
翌日、5時に起きて2人で海岸へ。
日の出を見に行くんだから当たり前だけど、辺りは真っ暗だ。
鷲崎は、佐渡の北西側の突端の内側にあり、日本海に面している部分で一番本州から離れている。
海の上に朝焼けが広がり、やがて朝日が昇ってくる。
隣に立つ寿也さんをチラッと見たら、子供みたいに目を輝かせてた。
こんな可愛い寿也さんは、初めて見た。
しばらく並んで朝日を見た後、寿也さんが
「夢が叶った。ありがとう明星」
と言って抱き締めてきた。本当に感動してるんだなあ。
「この先も、俺の夢が実現する時、隣には明星にいてほしい」
「ちょっと、それ、プロポーズみたいだよ」
「そう思ってもらっていいよ。今すぐは無理だけど、そのうちに、きっと」
「…うん」
こういう状況で、そんなことを言うのは反則だと思うんだ。うっかり、嫁に行くんでもいいかなとか思っちゃったじゃないか。
落ち着け、僕。寿也さんには、婿に来てもらいたいんだぞ。
抱き締められたまま、勢いでキスまでしてしまって、そういや、ここ外だったと慌てて周りを見回して、僕らは宿に帰った。
宿で朝食を食べた後、両津港に戻って、今度はフェリーで帰る。
指定席になっている1等船室の椅子席を取ってあるそうだ。
出港してしばらくすると、寿也さんが甲板に出ようと言い出した。
貴重品入りのバッグだけ持ってついて行くと、フェリーの脇を沢山のカモメが飛んでいた。
しかも、乗客が何かを投げると、空中で食い付いている。
「何、あれ?」
「かっぱえびせんをあげてるんだ。
いつもそうだから、カモメの方もわかってて、ねだりに来るんだよ。
かっぱえびせんは、船内の売店でも売ってる」
「へえ。器用なもんだねえ。よくタイミング合わせられるよねえ」
たまに食い付き損ねてるのもいるけど、それは投げる側が下手だからで、普通に投げればちゃんとキャッチするみたいだ。
「明星もやってみるだろ?」
そう言って寿也さんは、バッグからかっぱえびせんの袋を出した。
いつ買ったんだろう?
「ほら、適当に投げてごらん」
言われたおり、カモメに向かって軽く放ると、上手にキャッチしている。
何個か投げていると、寿也さんも1つ手に取った。
「こんなこともできるらしいよ」
寿也さんは、かっぱえびせんを持ったまま船の外に手を伸ばすと、寿也さんの手にカモメが突っ込んでいった。
危ない! と思ったら、カモメは寿也さんの手から、かっぱえびせんだけを取って離れていった。
「明星もやってみる?」
何回か直接食わせた後、寿也さんがそう言った。
せっかくだから、僕もやってみることにしたけど、指ごとカモメに齧られてしまった。
怪我とかはしていないけど、結構痛い。
「手を放すタイミングかなぁ」
寿也さんのアドバイスを受けて、もう一度やってみたら、今度はうまくいった。
調子に乗って、2人で1袋使い切ったところで、船室に戻って寝た。
朝早かったし、僕は夕方からまたバイトだから。
結局、船の中も新幹線の中も、僕はほとんど寝ていた。
昨日1日だけが旅行らしい旅行だったなと思いながら、僕はアパートで着替えて、バイトに向かった。
でも、今回の一番の収穫は、寿也さんのプロポーズかなあ。




