30 彼氏に愚痴、いかがですか?
「水谷君も、結構な難物だったよ」
まずいなあ。
寿也さんに愚痴を聞かせるようになってきてる気がする。
茜沢さんのことを話した時に、少し言っちゃったことだから、言わなきゃ言わないで半端になるのが悩ましい。
「水谷君は、青海大の文学部1年なんだけど、本当に茜沢さんと似たタイプだった。
なんか、微妙に違うんだけどさ。
彼の場合は、言われたことをすぐにやらないで、そのまま忘れてしまう感じ。
言われたことを聞き流すっていうのかな」
「言われたことを忘れるってこと? それだと、この前の話の子と同じような感じに聞こえるけど」
「同じようなって言えば、同じようなもんだけどね。
茜沢さんは、言われた用事は覚えてるんだけど、その方法を覚えてないからできないんだよね。
で、水谷君の場合は、用事そのものを覚えてないんだよ。
例えば、『外のゴミ箱がいっぱいだから、袋替えて』って言うじゃない。
彼は、『はい』って返事するんだけど、やらないんだ。
後で、『ゴミ箱の袋、替えてくれた?』って聞くと、『え?』って聞き返してくる。
『ゴミ箱の袋、替えてって頼んだよね?』って言っても、『頼まれてませんけど』って返ってくるんだ。
実際、そういうのが何回もあったらしいんだけどさ、困ったことに、これって嘘をついて誤魔化してるわけじゃないらしいんだよね」
「また、痴呆か健忘症みたいなのが出てきたなぁ。
うちの大学、大丈夫なのかね?」
「だから、変なのはほんの一部だってば」
うちの店のバイトは、ほぼ全員がうちの学生なんだよね。
一昨年は問題児はいなかったのに、去年今年と、問題児が続くのはなんでなんだろう。
よりにもよって、全部僕のところに回されるのは…去年の胡桃沢さんを立て直した件があるから、仕方ないんだろうなあ。
少なくとも、なんとかしようなんて思う奇特なバイトは僕だけなんだろうし。
失敗したかなあ。
でも、将来、店を継ぐなら、これがいい練習になるのは確かだし。
やっぱり頑張るしかないよね。
とはいえ、寿也さんを巻き込むのは違うよね。
「ごめんね、寿也さん。
僕の愚痴に付き合わせる感じになっちゃって」
「気にするこたないだろ。
むしろ、明星がこうやって甘えてくることは珍しいから、俺としちゃ嬉しいけどね」
え? 甘え? うん、甘えか。
「それって、彼女が彼氏に甘える図から、随分かけ離れてる気がするんだけど」
「いやいや、明星がどういうイメージでいるのかは知らんけど、共働きの夫婦なら、安心して愚痴を言えるっていうのも十分甘えてるってことになると思うぞ。
共働きの場合、夫婦ゲンカの原因の1つに、旦那が仕事の愚痴を聞いてくれないってのがあったはずだ」
「そうなの?」
「そうなの。
共働きであるなしにかかわらず、旦那は奥さんに愚痴を言うんだよ。
でも、旦那の方が奥さんの愚痴を聞いてあげることはあんまりないらしい。
旦那の中では、自分は外で大変な思いをして仕事をしてきてるんだから、少しくらい愚痴ってもいいじゃないかってことになってるらしいんだけど」
「それって奥さんも同じなんじゃ?」
「そう。
共働きってことは、奥さんだって稼いでるし、外で大変な思いをしてるはずなんだ。
専業主婦だって、大変だろうけどさ。
その上、大抵の共働き家庭では、家事の大部分は奥さんがやってるのが現実。
世の奥さんは、もっと愚痴っていいと思うんだよな。
だから、俺達は共働きでも夫婦でもないけど、明星は仕事の愚痴を俺に言ってくれていい」
あ…なんか、ちょっとキた。
「ありがとう、寿也さん。…だいすき」
「ああ、…って、明星?」
…翌朝、目が覚めたら、2人とも裸で、寿也さんなんか、アレ着けたままだった。
暖かい季節でよかった。
僕から、えっちねだっちゃったよ。
恥ずかしい。
恥ずかしくて顔見られなかったから、朝食作ってる間にシャワー浴びてもらった。
で、ご飯食べてもらってる間に、僕もシャワー浴びて。
ケンカしたわけでもないのに、というより、むしろ仲良くしすぎて気まずいなんてこと、あるんだなあ。
なんか、ひとごとみたいに考えないと、いたたまれない。
問題は、全く解決してないけど、随分気が軽くなったから、よしとしよう。
さあ、気合いを入れて、問題児の対処しようか。




