29 問題児、いかがですか?
「そんなわけで、1人片付いたことは片付いたんだけどさ」
僕は、今、寿也さんに愚痴っている。
まさか、今年も問題児を2人も預けられるとは思わなかった。
2人一緒にじゃなかっただけでも、喜ばなきゃいけないんだろうか。
4月の半ばから入ってきた水谷透と茜沢円。
最初は2人とも僕のシフトに入れられそうになったんだけど、さすがにそれじゃ仕事が回らないからと、最初は1人ずつにさせてもらったんだ。
正解だったと言わざるを得ない。
なにしろ、茜沢さんだけでも手に負えないんだから、一緒に水谷君まで入ってたら、スタッフをもう1人増やしてもらわないとどうにもならないところだった。
今は、茜沢さんが辞めたことで、水谷君が僕のシフトに入ってきてるけど、やっぱり彼も難物だ。
当初彼の教育係を任された人は、ノイローゼになりそうだったとぼやいてたくらい。
「茜沢さん、うちの教育学部の1年だったんだけどさ」
「また教育学部? 去年の問題児もそうじゃなかった?」
「うん、まあ。
別に、学部が悪いってわけじゃないんだよ。
バイトの中に教育学部の人って結構いるし。
教育学部で困るのは、教育実習で2週間とか穴を空けられるくらいで。
で、茜沢さんなんだけど、なんていうか、真面目不真面目の前に、性格に問題があるっていうか…」
「性格?」
「うん、やる気自体は、多分あるんだと思う。
無駄にやる気を出してる感じは、結構してたし。
ただね…う~ん、何というか、やる気が空回りさえしてないっていうか…」
「空回りさえしてない?」
「うん、回ってなくて、多分、表面を滑って流れちゃう感じ」
「なんか表現が微妙だな。
やる気の話なんだよね? それ」
「ん~、具体的に言うとさ、フロアの掃除を頼むとするでしょ。そうすると『わかりました』って言うけど、動かないんだよね」
「返事だけはいいってやつ?」
「そういうのとも違ってさ。
動かないから催促すると、『掃除道具はどこですか?』って聞いてくるんだよ。
もちろん、最初に説明したんだよ。ポリッシャーはここにあって、電源はこうやって取ってって。
その時、彼女は『はい、わかりました』って答えたんだよ。
で、実際にやらせようとすると、『掃除道具はどこですか?』って聞いてくる。
仕方ないからまた教えるんだけどさ、翌日、掃除を頼むと、また『掃除道具はどこですか?』ってなる」
「痴呆かなんかか?」
「18で? そんな特殊な人ではないはずなんだけどね。
とにかく、何度教えても忘れる。教えた内容じゃなくて、教えたことそれ自体を。
『初めて知りました』が得意技でさ。すっかり忘れてるみたいだから、もう一回教えてあげるとそう言うんだ。
『そうなんですかぁ、初めて知りました』って」
「何回も教えてるのに?」
「何回も教えてるのに。
彼女の頭の中がどうなってるのか、本気で切り開いてみたくなったよ」
「そりゃあ、難物だなぁ…」
「一度、教えてるところを動画で撮って、次の時、それを見せながら『ほら、初めてじゃないでしょ』ってやったら、陰険呼ばわりされた」
「そりゃ、やられた方は面白くないだろうけど」
「でも、証拠がないと自己正当化するからね。
その一件で、僕は敵認定されたみたいでさ、その後、口調がやたら反抗的になったよ。
ちょっと強い口調で注意すると『パワハラですよ、それ』とか口答えするの」
「すごいな、それ。胃に穴が開きそうだ」
「すっごくイライラしたよ」
「でも、明星、うちではそんなに不機嫌ってことはなかったような…」
「公私の別は付けるよ。
寿也さんに当たったって仕方ないじゃないか。
まあ、一事が万事そんな調子で大変だったんだけどね」
「片付いたんだっけ?」
「向こうから辞めた」
「…大丈夫か、それ。後でグジグジ言ってくるパターンじゃないか? 『私はパワハラで辞めさせられました』とか言って」
「大丈夫。
百パーセント向こうの都合だから。
妊娠したからって、大学ごと辞めちゃった」
「は? まだ5月だよな?」
「入って1か月経ったかどうかってとこだね。
当然の如く、僕達に挨拶はなし。
店長にだけ、『結婚するんで辞めます』って言ったらしいよ」
「生きていけるのか、その子」
「さあ? 専業主婦ならいけるんじゃない? 旦那さんは大変だろうけど。
まあ、店としては、自己都合で円満に辞めてもらえてラッキーって感じだよ」
「お疲れさん。
で、一難去ってまた一難?」
「そう。来週から、水谷君が僕んとこに入る。
茜沢さんと似たようなタイプだって話だから、気が重いよ」
「重ね重ねお疲れさん。
しかし、一番可哀想なのは、その子の親御さんだな。
折角大学まで入れたのに、一月で中退かぁ」
「まあ、その辺は育て方間違えた責任ってことで」
製造者責任ってことでいいかな?
そんな不良品を掴まされて、教育しなきゃならなかった僕の方が可哀想だよ。とは、口には出さないけど。
水谷君、少しはマシだといいな。
男の子だと、できちゃった婚で辞めたりはしないだろうし。




