表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/50

29 問題児、いかがですか?

 「そんなわけで、1人片付いたことは片付いたんだけどさ」


 僕は、今、寿也さんに愚痴っている。

 まさか、今年も問題児を2人も預けられるとは思わなかった。

 2人一緒にじゃなかっただけでも、喜ばなきゃいけないんだろうか。


 4月の半ばから入ってきた水谷(とおる)と茜沢(まどか)

 最初は2人とも僕のシフトに入れられそうになったんだけど、さすがにそれじゃ仕事が回らないからと、最初は1人ずつにさせてもらったんだ。

 正解だったと言わざるを得ない。

 なにしろ、茜沢さんだけでも手に負えないんだから、一緒に水谷君まで入ってたら、スタッフをもう1人増やしてもらわないとどうにもならないところだった。

 今は、茜沢さんが辞めたことで、水谷君が僕のシフトに入ってきてるけど、やっぱり彼も難物だ。

 当初彼の教育係を任された人は、ノイローゼになりそうだったとぼやいてたくらい。


 「茜沢さん、うちの教育学部の1年だったんだけどさ」


 「また教育学部? 去年の問題児もそうじゃなかった?」


 「うん、まあ。

  別に、学部が悪いってわけじゃないんだよ。

  バイトの中に教育学部の人って結構いるし。

  教育学部で困るのは、教育実習で2週間とか穴を空けられるくらいで。

  で、茜沢さんなんだけど、なんていうか、真面目不真面目の前に、性格に問題があるっていうか…」


 「性格?」


 「うん、やる気自体は、多分あるんだと思う。

  無駄にやる気を出してる感じは、結構してたし。

  ただね…う~ん、何というか、やる気が空回りさえしてない(・・・・・・・・・)っていうか…」


 「空回りさえしてない?」


 「うん、回ってなくて、多分、表面を滑って流れちゃう感じ」


 「なんか表現が微妙だな。

  やる気の話なんだよね? それ」


 「ん~、具体的に言うとさ、フロアの掃除を頼むとするでしょ。そうすると『わかりました』って言うけど、動かないんだよね」


 「返事だけはいいってやつ?」


 「そういうのとも違ってさ。

  動かないから催促すると、『掃除道具はどこですか?』って聞いてくるんだよ。

  もちろん、最初に説明したんだよ。ポリッシャーはここにあって、電源はこうやって取ってって。

  その時、彼女は『はい、わかりました』って答えたんだよ。

  で、実際にやらせようとすると、『掃除道具はどこですか?』って聞いてくる。

  仕方ないからまた教えるんだけどさ、翌日、掃除を頼むと、また『掃除道具はどこですか?』ってなる」


 「痴呆かなんかか?」


 「18で? そんな特殊な人ではないはずなんだけどね。

  とにかく、何度教えても忘れる。教えた内容じゃなくて、教えたことそれ自体を。

  『初めて知りました』が得意技でさ。すっかり忘れてるみたいだから、もう一回教えてあげるとそう言うんだ。

  『そうなんですかぁ、初めて知りました』って」


 「何回も教えてるのに?」


 「何回も教えてるのに。

  彼女の頭の中がどうなってるのか、本気で切り開いてみたくなったよ」


 「そりゃあ、難物だなぁ…」


 「一度、教えてるところを動画で撮って、次の時、それを見せながら『ほら、初めてじゃないでしょ』ってやったら、陰険呼ばわりされた」


 「そりゃ、やられた方は面白くないだろうけど」


 「でも、証拠がないと自己正当化するからね。

  その一件で、僕は敵認定されたみたいでさ、その後、口調がやたら反抗的になったよ。

  ちょっと強い口調で注意すると『パワハラですよ、それ』とか口答えするの」


 「すごいな、それ。胃に穴が開きそうだ」


 「すっごくイライラしたよ」


 「でも、明星、うちではそんなに不機嫌ってことはなかったような…」


 「公私の別は付けるよ。

  寿也さんに当たったって仕方ないじゃないか。

  まあ、一事が万事そんな調子で大変だったんだけどね」


 「片付いたんだっけ?」


 「向こうから辞めた」


 「…大丈夫か、それ。後でグジグジ言ってくるパターンじゃないか? 『私はパワハラで辞めさせられました』とか言って」


 「大丈夫。

  百パーセント向こうの都合だから。

  妊娠したからって、大学ごと辞めちゃった」


 「は? まだ5月だよな?」


 「入って1か月経ったかどうかってとこだね。

  当然の如く、僕達に挨拶はなし。

  店長にだけ、『結婚するんで辞めます』って言ったらしいよ」


 「生きていけるのか、その子」


 「さあ? 専業主婦ならいけるんじゃない? 旦那さんは大変だろうけど。

  まあ、店としては、自己都合で円満に辞めてもらえてラッキーって感じだよ」


 「お疲れさん。

  で、一難去ってまた一難?」


 「そう。来週から、水谷君が僕んとこに入る。

  茜沢さんと似たようなタイプだって話だから、気が重いよ」


 「重ね重ねお疲れさん。

  しかし、一番可哀想なのは、その子の親御さんだな。

  折角大学まで入れたのに、一月で中退かぁ」


 「まあ、その辺は育て方間違えた責任ってことで」


 製造者責任ってことでいいかな?

 そんな不良品を掴まされて、教育しなきゃならなかった僕の方が可哀想だよ。とは、口には出さないけど。

 水谷君、少しはマシだといいな。

 男の子だと、できちゃった婚で辞めたりはしないだろうし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ