28 万年筆、いかがですか?
予告どおり、万年筆を見に行った2人です。
「え、何、これ? 透明なんだけど?」
約束どおり寿也さんと一緒に文具店にやってきた僕は、ショーケースの中に並ぶ万年筆を見ている。
僕のイメージでは、万年筆って黒いプラスチックのボディにペン先とクリップが金色って感じなんだけど、ショーケースの中には、色々な色をした万年筆が並んでいる。
ペン先やクリップが銀色のものや、ボディが青いもの、ボディが木製のものまである。
中でもびっくりしたのが、透明な万年筆。
もちろんペン先は金属だし、ところどころ金属パーツがあるんだけど、全体としては透明。
「ああ、これはシースルーだな」
それって、見たまんまなんだけど。
「シースルーなのは、見ればわかるよ。
僕が聞いてるのは、なんで透明にしてるの? ってことなんだけど」
「いくつか理由があるけど、一番は、中のインクが見えて綺麗だから」
万年筆用のインクって、白っぽいのに入ってない?
「本体が透明なのは、安いボールペンでよくあるけど、インクの残量がわかるからとか安上がりだからとかじゃなくて、綺麗だからなの?」
「ああ、万年筆の場合、インクが入ったカートリッジを使うだけじゃなくて、コンバータっていうインクを吸い上げるタイプのタンクも使えるんだよ。
インクタンクがスポイトになってるみたいなって言うとわかるかな?
コンバータは透明だから、中のインクが見える。
もちろん、残量がわかるってのもあるけど、ボディが透明だと、カラフルなインクを入れた時に中身が見えて綺麗なんだ」
「インクって黒と青くらいでしょ? そんなの透けて見えても綺麗とは思えないけど」
「ほら、こっち。
結構カラフルなんだよ」
寿也さんが連れてってくれたコーナーには、緑とかピンクとか紫とか、カラフルなインクが並んでいた。
「こういうカラフルなのをコンバータにいれるわけ。
ちなみに、さっき見た透明なやつは、コンバータ式じゃなくて、万年筆本体がインクを吸い上げるタイプだね」
「本体?」
「ボディ…軸っていうんだけど、その中、全体がタンクなんだよ。
その分インクもたっぷり入るし、見た目も綺麗なんだ」
「え…この中、全部インクでたっぷんたっぷんになるの?」
「そう。といっても、吸い込む機構が入ってるから、前半分くらいがタンクかな。
カートリッジとか入れられないけど、使い勝手はいいらしいよ。
ほら、こっちはコンバータ内蔵のやつね。ここにインクが入るわけ。
で、さっきのは軸の中全体がタンクだから、インクを入れるとかなり違う印象になるんじゃないかな」
寿也さん、説明しててなんか嬉しそう。もしかして、こういうの好きなのかな。それとも、説明するの自体が楽しい?
「こっちの青いのは?」
「軸が青いのは、最近の流行かな?
黒じゃない軸としては、銀、青、赤、透明、白辺りが一般的だと思う。模様入りもあるね。
あと、軸が黒でペン先が銀色なのも流行。若者向けみたいな印象だけど」
「なんか、黒と金じゃないと、万年筆じゃないみたい」
「今はね、軸そのものも結構カラフルなんだよ。
ほら、これなんかメタリックピンクだ」
寿也さんが指さしたのは、少しマットな感じの流線型の万年筆だった。
お試し用ってシールが貼ってあるから、いじっていいらしい。
「うわ、結構重い。
これ、ボディ…えと、軸? が金属製?」
「うん、金属製も結構あるよ。
ちなみに、これは3千円のやつね」
「あ、前に言ってた安いやつ?」
3千円で万年筆って考えると安いけど、そうか、ボールペンとかでも高級品だとそれくらいするね。そういうレベルなんだ。
「なんで万年筆がそんなに安いの?」
「ペン先が鉄製だから。
ペン先は、大きく分けて21金、14金、鉄の3種類があるんだ。
14金の意味は分かるよね?」
「それは、さすがに。24金で純金だよね」
「そう。国産に限定すると、定価5千円未満だとほぼ鉄製、それ以上だと14金もちらほらあって、1万円クラスになると、ほぼ14金だね。
ただし、海外産だと1万円クラスでも鉄製しかない」
「輸入だから、高いわけ?」
「それだけかどうかは知らない。
ただ、普通に使うなら、初心者は国産を買った方がいい」
「安いから?」
「コストパフォーマンスがいいのは確かだけど、一番の理由は書ける線の太さ。
海外産の細字は、国産の中字くらいの太さがある。
アルファベットしか書かない文化と、漢字を書く文化の違いかな。
ステータスとして高級品を持ちたいとか、デザインが好きとかでなければ、初心者は国産を買った方が無難だと思うよ」
「ふうん」
「個人の見解です」
「なにそれ。訴訟対策?」
「冗談抜きで、個人の好みによる部分が大きいんだ。
ペン先の硬さの好みとか、線の太さによるインクの発色とか。
もの凄く大雑把に言うと、材質として鉄製のペン先は硬いし、同じ材質なら線が細くなるほど硬くなる。で、線が太くなるとインクの出る量が増える、ってことは裏に染みやすくなる」
「太字のいいところが見当たらないんだけど」
「いやいや、太いほどペン先が柔らかくなるから、タッチが柔らかく書ける」
「あ、そうか」
なんか難しいな。
「とりあえず、いくつか試し書きしてみよう。
この店、試し書きさせてくれるから」
「さっきのピンクと違って、お試し用じゃなくて売り物でしょ? いいの?」
「マスプロ製品でも個体差があるのが万年筆の特徴だから、普通は試し書きさせてくれる。
むしろ、試し書きさせてくれないところでは買わない方がいい。
これも俺個人の見解だけど」
「インクはどうするのさ?」
「インク瓶にペン先を浸して、付けペンにして書くんだ。
で、終わったら洗う」
「店の人が? 大変なんだね」
「洗うのが好きって人もいるけどね。
あと、こっちは試し書き用だから、店員に頼まなくても使えるよ」
そう言って、寿也さんは、ショーケースの上の見本品を指さした。
そこには、ホテルのフロントの記入用ボールペンみたいに、台から生えたキャップに万年筆がはまっているものがずらりと並び、台に「細字」とか「中字」とか書かれていた。
同じ種類の万年筆で、ペン先の太さの違いを試せるようになってるんだそうだ。
抜こうとしてみたけど、妙に固い。
「ああ、それ、スクリューキャップだから」
なるほど、回して抜くわけね。
ああ、これが1万円クラスなわけか。
台の脇には、試し書き用のメモ帳があるので、細字から順に試してみる。
ボールペンでもそうだけど、試し書きは文字を書いてみないとわからないものだから、そのものズバリで「万年筆」って書いてみた。
細字は、ペン先が紙に引っかかる「カリカリ」って感じが強いけど、中字になるとカリカリ感がなくなる。
でも、太字になると、今度は線が太すぎて「筆」の字が潰れてしまう。
「これは、一長一短だねえ」
「だろ? で、同じ銘柄でも字の太さで違うんだけど、違うメーカーだと、同じ細字でもまた感じが違うんだよ。
ほら、こっちにも並んでるだろ」
寿也さんの言うとおり、別のメーカーのが同じように揃っている。
同じ1万円クラスだから、ライバル商品ってとこかな。
こっちも試すと、全体的にカリカリ感が強い気がする。
「どっちも14金だよね?」
「そうだけど、こっちのメーカーは全体的にペン先が硬めなんだ。
なんでかって言うと、国産ではここだけが21金を出してるから。21金の柔らかさを強調するために、14金はよそよりも硬めにしてる。
これも俺個人の見解だけど。
ちなみに、鉄製の中字だとこんな」
寿也さんに、さっきの流線型のピンクを渡された。
これもお試し用だもんね。
書いてみると、カリカリしない。
「あ、結構いい感じ。
安くても、カリカリしないよ」
「意識して、ペン先を見ながら書き比べてみて」
ペン先? 中字だけ3本試してみた。
…あ。
「すごい、しなってる。あ、こっちはしならない」
1万円のやつは、書いてるときにペン先がしなるけど、流線型の方はペン先がしならない。
これがペン先が硬い柔らかいってやつかあ。
その後、寿也さんは、店員に頼んでショーケースから色々な万年筆を出してもらい、試し書きさせてくれた。
海外産の10万円近くするのも試した。
細字なのに、国産の中字より太いんじゃないだろうか。
タッチは柔らかいのにしならないっていう、不思議なペン先だった。
あと、同じメーカーの透明軸でも、3千円の鉄ペンと、1万5千円の14金だと、全然感触が違った。
話しぶりからすると、寿也さんはこの14金の透明軸がお気に入りらしいから、就職祝いにプレゼントしようかな。
万年筆のことを説明する寿也さんは、普段よりも饒舌で、とても楽しそうだった。
僕も文具類は好きなんだけど、寿也さんが文具メーカーに就職したいっていうのは、本当に好きだからなんだとよくわかる。
ほとんど文具店にしかいなかったのに、好きなことを語らせると熱くなるという寿也さんの新しい一面が見られたし、楽しい1日だった。




