閑話 元カノ、どこですか?
俺は、中学の頃、付き合ったやつがいた。
そいつとは、小5の頃に初めて同じクラスになった。
名前は、黒沢明星。
クラスで一番背が高く、人形のように整った顔なのにやんちゃな表情、男みたいな名前で一人称が「僕」、その上、スカートを履いたことがないという奴だった。
性格は明るくて親切、家は金持ちなのに全然自慢しない、頭が良くて運動神経もトップクラスと完璧な奴で、男子にも女子にも人気だった。
昼休みに男子が体育館でバスケをやる時なんかも一緒に遊んでいたが、明星にボールが渡るとほぼ確実にゴールされてしまうので、チーム分けの時はいつも明星争奪戦になった。
もっとも、男子の中には、あまりにも完璧な明星をやっかんで、名前をネタにしてからかう奴も多かった。
有名な映画監督と同じ名前だから「監督」とか「巨匠」とか、また、金星の別名として「宵の明星」というのがあると習った後には、「ビーナスちゃん」なんて呼ぶ奴もいた。
何をやっても敵わない女子に対する、情けない意趣返しだ。
俺はと言えば、半ば憧れに近い目で明星を見ていた。
多分、俺の初恋だった。
俺は、明星とはそれなりに仲良くやっていたと思う。
中学では、2つの小学校が一緒になるため、最初のうちは出身小学校ごとにグループができるが、俺と明星は同じクラスだったので、そこでも親しくできた。
そして、中2の時、俺は思い切って明星に告白した。
明星は、少し考えて、
「いいよ、付き合おうか」
と言ってくれた。
それからしばらくの間は、俺は得意の絶頂だった。
何回かデートして、キスもした。
俺はファーストキスだったが、明星も初めてだと信じていた。
明星は、大柄な割には胸が小さいことを気にしていたが、服の上からなら触らせてくれるようにもなった。
でも、幸せは長くは続かなかった。
デートの時も、明星がいつも男物の服を着てくるのが不満に感じるようになった。
知らない奴が見たら、俺達のデートは、男同士が遊びに行ったようにしか見えないだろう。
何度か「制服以外でスカート履いてるとこを見たい」と、遠回しに女らしい服装で来てほしいと言ってみたが、
「いやあ、僕、スカート似合わないから」
と断られた。
明星の家に遊びに行きたいと言って断られたこともある。
壁を作られているような気がしていたある日、家族で出掛けたデパートで明星を見かけた。
明星は、見たことのない女子と手を繋いでデパートを歩いていた。
相手の女子は、もの凄い美少女だった。
遠目だったから声は聞こえなかったが、2人が親しい間柄だということはよくわかった。
明星は、その女子と、俺が見たこともないほど楽しそうな表情で話をしていたから。
端から見ていて、とんでもなく絵になるカップルだった。
明星が女子だと知らなければ。
はっきり言って、俺と明星じゃ、あんな完璧なカップルには見えない。
俺の方が背が低いし、俺は明星みたいに顔が良くない。
それに、明星は、俺と一緒の時、あんなに嬉しそうな笑顔は見せない。
俺と、手を繋いで歩いたことなんかない。
俺は、明星の隣の女子に妬いていた。
そして、俺に見せない顔をそいつに見せた明星に、やり場のない怒りを感じていた。
とはいえ、女子同士で一緒に遊びに行くことくらいあるだろう。
俺以外の男子と出かけたってんならともかく、女子と遊びに行ったくらいでヤキモチ焼くのも格好悪い。
翌日、俺は明星に、昨日何をしていたかさりげなく聞いてみた。
答えは、
「昨日? 兄貴の誕生日だったから、一緒にプレゼント買いに行ったんだよ」
だった。
へえ? あの美少女が兄貴、ね。
つまり、俺には言えない相手ってわけだ。
その夜、俺は眠れなかった。
俺と付き合いながら、俺といるより余程楽しそうな顔で知らない女と出歩いてる明星。
男のカッコで女と歩いてる姿は、美形カップルのデートにしか見えなかった。
そして、一緒にいた相手が誰か言えないってことは、後ろめたいことがあるってことだ。
つまり…、明星の本命はあの女で、俺と付き合ってるのは、レズなのをカモフラージュするためってことか。
俺とキスする時、表情が妙に硬いのも、なかなか胸とかに触らせてくれなかったのも、本命の女がいるからなんだな!?
ふざけやがって!
翌日、俺は、怒りにまかせて明星に別れを突きつけた。
後で冷静に考えてみると、寝不足のハイテンションで暴走したんだと思うが、ムカついて引っ込みがつかなかったせいで、その後、明星と話すことなく中学を卒業した。
高校に行ったら、少しは関係を修復できるかもしれないと淡い期待もしたが、明星は女子高に進学してしまった。
結構いいとこのお嬢さんが通う学校で、俺の知り合いで入った奴はいなかったから、その後、明星がどうなったかはわからなかった。
俺は、勢いで別れてしまったことを何度となく後悔した。
そして今日、成人式の会場で、5年ぶりに明星を見かけた。
振袖を着て髪を結い上げ、友人らしい女2人と一緒に楽しそうに話している。
あの頃の男っぽさはどこかに消え失せて、とんでもない美女に成長していた。
あの時、癇癪を起こさなければ、今、明星の隣にいるのは、あの女どもじゃなくて俺だったかもしれない。
俺は、何度目になるかわからない後悔のため息を吐きながら、明星に見とれていた。
成人式が終わっても、俺は明星に声を掛けることができなかった。
明星の周りには、女子高の同級生らしき着飾った女達がいて、近付くこともできなかった。
一緒にいるのが、せめて中学時代の同級生なら、ついでのように声を掛けることができたのに。
俺は、すごすごと帰るしかなかった。
その夜は、高校の同級会があった。
この辺りでは、高校卒業後に都会に行く奴が多いため、成人式を春分の日頃にやる。
進学にせよ就職にせよ、帰ってきやすいからだ。
そのため、成人式の夜は、高校の同級会が開かれることが多い。
俺のクラスもそうだった。
同級会でしこたま呑んだ俺は、家に帰ろうと1人で歩いていた。
その時、前の方から歩いてくる明星の姿が目に入った。
見間違いかと思った。
明星と別れたことへの後悔が見せる幻かと思った。
そこにいたのは、短い髪で、男物の服を着て、美女と連れだって歩く色男に成長した明星だった。
昼間見た明星の方が、夢だったのかもしれない。
明星は、変わっていなかった。
相変わらずの美男子ぶりで美女を連れ歩く嫌な奴だった。
いつかの、裏切られたという思いで頭がいっぱいになり、俺は明星を罵った。
一緒にいた女にも文句を言った気がする。
結果、明星から手ひどく拒絶されて、今、ヤケ酒を飲んでいるわけだ。
俺を騙した裏切り者、でも、もしかしたら勘違いだったのかも…という悶々とした気持ちを引きずってきたが、きっぱりと切り捨てられた。
忘れられない、俺の苦い初恋。
俺の胸で、愛しさと憎しみとを渦巻き続けさせてきた初恋の少女は、俺を道端のゴミのように見下して、去っていった。
なんとなく、二度と明星に会えないような気がした。
俺の初恋は、こうして強制終了させられた。
自業自得と言えばそのとおりだ。
だが、誰か教えてくれ。
俺はどうすればよかったというんだ!?
成人式で明星を見ていたのは陽介でした。あと、中学時代、明星と一緒に歩いていたのは、本当に兄の星也です。家に連れて行きたがらなかったのも兄に会わせたくないから。この壁を越えれば、灯里のようにもっと仲良くなれました。
陽介は、勘違いと疑心暗鬼から、みすみす恋を捨ててしまうことになりました。合掌。




