20 母に報告、いかがですか?
「見てのとおり、元気にやってるよ」
春分の日を前に、僕は成人式のために地元に帰ってきた。
寿也さんと付き合い始めてからは髪を切っていないけど、振袖用に髪を結えるほど伸びてはいないから、今回は予定どおりウィッグですますことになっている。
そうしないと男に見えかねないから、というのは内緒。
母さんとしては、僕がいつもどおりの服装、つまり男物のデニムシャツを着て帰ってきたことにため息を吐いていたけど、それでも僕が「振袖はやっぱり嫌だ」とかごねないことにはホッとしているみたいだ。
「明星、なんとなく振袖を着るのが嬉しそうなんだけど、事情は説明してもらえるのかしら?」
…この聞き方は、分かってて言ってるパターンだな。
まあ、最初から隠すつもりはなかったわけだし、僕としても最初に話しておいた方が後が楽だ。
「見せたい相手ができたからね。
前にさ、兄貴があっちで就職するつもりらしいって話したの、覚えてる?
その情報くれたの、兄貴の友達なんだけど、今、その人と付き合ってる。
その人、白寿也さんっていうんだけど、僕のこと、兄貴から「弟」って紹介されたのに、ちゃんと僕が女の子だって気付いてくれてね、何度か会ってるうちに付き合うことになったんだ。
僕がこんな格好でも構わないって言ってくれてる」
「星也の紹介なの?」
「えっと、知り合ったのは偶然。
僕のバイト先にお客で来たんだけど、兄貴を知ってるかって聞かれてね。
その後、兄貴から弟がオルマでバイトしてるって紹介されたんだって。
あ、付き合ってること、兄貴も知ってるよ。
貴重な引き取り手だから捨てられるなとか、ひどいこと言われた」
「ふうん。
それじゃあ、振袖姿の写真を送るの?」
「あ~、送ろうかって言ったんだけど、直接見に来るって。
会ってみる? 日帰り予定だから、ちょっと顔見る程度になるけど」
「ここに寄る時間は取れるのね?」
「多分。
うちに挨拶はしておきたいって言ってたんだけどさ、僕抜きでってわけにはいかないから、状況次第ってことにしたんだ」
「よかったわね。
陽介君のこと、やっと吹っ切れたのね」
「吹っ切れたっていうか…、そうだね、思い出して辛いってことはもうないかな。
寿也さんのこと、自然に好きになってたし、その、女の子だって思ってもらえて嬉しいってのもあったけど、えっと、うまく説明できないや」
「あなたももう大人だし、うるさいことは言わないけど、できちゃった結婚で大学中退なんてことにだけはならないでね」
「! そんなことは! ない、ように、気をつけてるよ…
向こうも、その辺は気をつけるって言ってくれてるし、ちゃんと…避妊…してるから」
親としては心配するのも仕方ないんだろうけど、こういうの、面と向かって聞かれるのって、恥ずかしいなあ。
要するに、経験しちゃったってことを確認されてるわけだから。
「相手の方は、どういう方?」
「うちの工学部の3年。
KAKUYOの内々定がもらえる予定だって。
その辺も兄貴と一緒らしいよ。
ねえ、兄貴の就職の話、その後、どうなってるの?」
「別に構わないわよ、就職したって。
星也が名義だけ継いで店長を雇うってやり方もあるし。
まあ、明星が継ぎたいっていうなら、それでもいいんだけど」
「あれ? 兄貴が継がないと、自動的に僕が継がなきゃってわけじゃないの?」
「どっちでもいいわよ。
第一、あなただって、その人とあっちで結婚しちゃうかもしれないじゃない?」
「え? あ…」
「考えてなかったの? その人も向こうで就職するんでしょ? あなた、卒業したらお別れするつもりなの?」
「全然考えてなかった…。
結婚とか、まだずっと先の話だと思ってた」
「だったら、まず、自分がどうしたいのか考えなさい。
結果、星也も明星も家を出る形になっても構わないから」
意外な言葉だった。
兄貴が家を継がない以上、残った僕が継ぐことになるって思い込んでたけど、全然そんなことなかったんだ。
それに、僕が実家に戻るってことは、寿也さんとは遠距離恋愛、下手すると別れることになる…。
今まで、家を継ぐつもりでいたけど、寿也さんとのことは考えてなかった。
そうか、僕が跡取りになるなら、婿養子とることになるんだ。
寿也さんに、そんなこと頼めるのかな。
それとも、やっぱり別れることになっちゃうの?
いつの間にか、視界が歪んでいた。
泣いても仕方ない、きちんと現実を見ないと。
僕は、目に涙を溜めたまま、母さんに言った。
「まだ付き合い始めたばかりで、先のことなんか考えてなかったよ。
ちゃんと考える。
寿也さんとどうしたいのか。
僕は、オルマも好きだし、寿也さんも好きだ。
だから、両方手放さない方法を考えてみるよ」




