2 ストーカー、いかがですか?
「さて、ストーカーさん」
「今度店の外で会ったら、名前で呼んでくれるんじゃなかったっけ?」
「あいにく、ストーカーの募集はしておりませんもので。
しかも、友人の弟をストーカーとか、色々とアブなすぎて全力で逃げ出したい気持ちでいっぱいです」
「星也のことで、ご両親は何と?」
「ムシですか、そうですか。随分とマイペースで。
そりゃあ、教えてもらったことは素直に嬉しいですけど、なんでそんなに他人の家の事情に首を突っ込むんですか?」
「いやあ、自分でも不思議なんだけどね、こう、どこかから『全力で君に関われ』って電波が飛んでくるんだよね」
「精神科の受診をお勧めします。
なんだったら、救急車呼んで差し上げましょうか?」
「いやいや、冷たいこと言わないでよ明星ちゃん」
…明星ちゃん?
こめかみに青筋が浮いたのを感じる。
僕を男と認識しておきながら、ちゃん付けで呼ぶのか!
兄貴のことは「星也」って呼んでたくせに。
ムッとしていると、
「あれ、怒った? じゃあ、キラちゃん?」
「なんでそこで切る!?」
「だって『星』で『きら』ってアテてるわけだろ?
だったら、キラちゃんかな~って」
「小3くらいの頃、『きらきら星』ってあだ名付けられたことありましてねぇ。
グーで殴っていいですか?」
「あ、そりゃあ悪かった。
じゃあ、やっぱり明星ちゃんだ」
あくまでちゃん付けはやめないわけね。
いい年して、友人の弟をからかって何が楽しいんだか。
「もういいです。
僕、話すことないんで。それじゃ」
「ちょっと、どこ行くんだよ明星ちゃん」
無視だ、無視。
僕は帰る。
こんなガキ、相手してられるか。
自分も名前にコンプレックスあるとか言ってたくせに、名前で人をからかうなんて性質が悪い。
わざわざ兄貴のこと教えに来てくれたから、ちょっといい人だと思ってたのに。
「なあなあ明星ちゃん、どっかでお茶でもしながら話そうよ」
あ~、もう! しつこい!
「いい加減にして!
からかいに来たんなら帰ってください!」
「いやいや、からかってなんかないって。
ちょっと明星ちゃんとお茶でも飲みながらおしゃべりしたいな~って」
「僕には話すことなんてありません。
兄貴と好きなだけ話せばいいでしょう」
「いやいや、だから、明星ちゃんに関われって電波が飛んで来るんだって」
「明星」
「ん?」
「だから、明星。
呼び捨てでいい。
一応、そっちが年上だし」
「うんうん、呼び捨ての方が嬉しいかぁ」
「嬉しかないけど、ちゃん付けは嫌だ」
「ん~、でも、女の子なんだから、ちゃん付けって普通でない?」
「!」
「あ、やっぱそうなんだ。
星也のヤツ、弟だなんて嘘吐いちゃって。
そんなに妹が大事かねえ」
「なん、で、わかった?」
え? 僕が女だってわかってたから、ちゃん付けしてたの!?
からかってたんじゃなくて?
だって、兄貴、僕のこと「弟」って紹介したって…。
「いやいや、勘だって。
言ったでしょ? 『全力で関われ』って電波が飛んで来るんだって」
「本気で言ってたの!?」
「ん~、星也も明星ちゃんも中性的な顔と体型だし、パッと見ボーイッシュな女の子なんだけど、どっちかってえと星也の方が女性寄りな感じすんだよね。
で、星也は一所懸命男らしくあろうとしてるんだけど、明星ちゃんは妙に自然体なんだよね。
そこが逆に違和感って言うか…」
「昔から、兄貴と僕が並ぶと、双子の女の子に間違えられることが多いんだ。
で、兄貴はすぐ『俺は男だ』ってやるんだけど、そうすると僕もついでに男の子だと思われる。
名前がセイヤとアキラで、僕の名前の方が男っぽいし、顔も僕の方が男っぽいから。
下手すると、名乗った瞬間に、僕が男で兄貴が女だと思われる逆転現象まで起きちゃって。
何も教えないどころか弟だって教えられてたのに気付くなんて、寿也さん、見た目の割に鋭いね」
「いやいや、ちっとも褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてますって、力の限り」
「それで全力? いやいや、採点辛すぎでしょ」
「細かいとこ気にするね」
「いやいや、細かくないよ、大事なことだよ?」
「その『いやいや』っての、口癖?」
「お~、いいね、そのツッコミ。
星也はわかっててもツッコまないとこだ。
なんてーか、ノリは星也と似て非なるものって感じだな」
「それって似てないって意味でいい?」
「うんうん、似てない。
一見そっくりなようで、よく見ると全然違う。
見た目も、中身も」
「そっか」
「君ら兄妹、ホントにお互いがコンプレックスの種なんだなぁ」
「そう、かな。
何しろ、僕より兄貴の方が女の子っぽかったからね。
小柄で華奢で、仕草も女の子っぽくて。
むしろ僕の方が動きがガサツでさ。
さっきも言ったけど、名前も僕の方が男っぽいしね。
僕が女の子だって言うと、自動的に兄貴も女の子扱いされちゃうわけ。
そのたびに兄貴が落ち込むし、めんどくさいから、僕は何も言わないでおくんだ。
一人称を『僕』にしとくと、みんな普通に男の子扱いするから。
男子とも普通に遊んでたし。
さすがに中学では普通に女の子の制服着てたけど」
「んじゃあ、一人称『僕』なのはワザとなんだ?」
「どうだろ?
気がついたら『僕』になってた感じかな?」
今は、完全に『僕』で定着してるね。
あ、もちろん、公的なとこでは『私』にしてるよ?
気を抜くと『僕』に戻っちゃうけどね。
「いんじゃない? ボクっ娘は需要高いよ」
「ボクっ娘扱いするな、ストーカー」
「いやいや、だから名前呼ぼうよ。
いっそ呼び捨てでいいから」
「僕とあなたはほとんど初対面なんですが」
「あなた! いいねえ。じゃあ、今後は『あなた』で是非!」
やられた。
これは痛い反撃だ。
ちょっと、こら、赤くなるな! 僕の顔!
「あんた、ストーカーだけじゃなくてナンパ野郎か」
「いやいや、マジメな好青年だよ。
一流企業にも内々々定もらってるし、それなりに有望株だよ~♪」
「だから、友人の妹を口説くなって!」
「さっきから言ってるじゃない。
『全力で関われ』って電波が飛んで来るんだって。
俺の勘は当たるよ?」
そうだね、確かに勘がいいね。
だから、赤くなるな、僕!
「こういうの慣れてないんだから、からかうのやめろって」
「いやいや、からかってないから。
俺のこと、呼び捨てにしない?
今ならお試しセールやってるよ?
バイトで忙しいあなたでも大丈夫!」
「─────クーリングオフは、どれくらい?」
「1週間だと、会わないで終わっちゃうかもだし、2か月でどう?
今なら特別に卒業旅行随行も付けるよ」
「バイト忙しいんで、パス」
「そんなこと言わないで。
ほら、呼んでごらん? と・し・や」
「…としや…」
「声が小さい! もう一度、はい!」
「うるさい、ストーカー」
「おいおい…。
ま、いいか。
ゆっくり練習すればいいさ、な、明星」
「言葉遣いは直さないからね」
「おっけ、おっけ。TPOさえわきまえてくれりゃ問題ないって」
後で思い返すと、どうしてこの流れで寿也さんと付き合うことになったのか、自分でも理解できない。
袖すり合うも一生の不覚って、こういう時に言うんだっけ?