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10 新人教育、いかがですか?

 「胡桃沢さん、陳列と掃除、どっちにする?」


 12月も半ば、僕は胡桃沢さんに対するアプローチを多少変えていた。

 基本的には、今までどおり、今必要な行動を直接指示している。

 ただ、それに加えて、特に急ぎでない時には選択肢を提示して自分で選ばせるようにしている。

 余裕がある時にしかできないから、10回に1回くらいの割合だろうか。

 こんな悠長なことは、本来なら12月なんて忙しい時期にやることじゃないんだけど、なにせ彼女はこのままなら来月にはもういないわけで、今しかできる時がない。

 選択肢を与えるのは、どちらを選んでも困らない時に限るようにしている。

 どちらを選んでも失敗がない、つまり、責任を問われる心配がない状態にすることで、彼女に精神的な負担なく自分で行動を選ぶ訓練をさせるんだ。


 彼女も、最初は相当戸惑っていたけど、徐々に慣れてきたようで、あまり考えずにどちらか選ぶようになってきた。

 後は、何回かに1回、少し責任が発生するような場面での選択肢提示を混ぜていくつもりだ。

 少しずつ回数を増やしていくことで、ゆっくりと慣れさせる。

 結果的に彼女の成長が間に合わなかったとしても、その時は仕方ない。

 僕は彼女の面倒を見続けるような立場にはないので、あくまで彼女が僕の下にいる間だけのことだ。

 でも、運良く彼女が1月以降も青海大学前店(ここ)にいられたなら、その後も育ててあげたいとは思っている。

 使えないバイトを雇っておく物好きはいないけど、やる気があってそれなりに使えるなら、育ててみる価値は十分にあると思うんだ。

 やるだけやってみて、モノにならなければ諦めるしかないけど。

 僕も店も、聖人君子じゃないから、他に影響が出るほどには彼女に構ってばかりはいられないんだ。

 悪いけど、そこは商売だからね。


 一応、彼女に対してそういう方向で教育してみるという話は、店長にはしてある。

 店長にしてみても、苦労するのは僕だし、失敗しても予定どおりクビにするだけだし、成功すれば使えるバイトが手に入るわけで、損はない。

 だから、あっさり許可をくれた。


 今のところ、彼女は順調に、選ぶことに慣れてきている。

 できれば、あと1週間で

 「今できることは何と何?

  優先してやるべきなのはどっち?」

というところまで持っていきたい。

 1週間はちょっと短いけど。


 ちなみに、紅さんの改善策については、今のところ何も思いつかない。

 そんなに簡単に対処法が思いつけるくらいなら、半月も手をこまねいていない。

 なにしろ彼は、自分で判断できるけど、基準がズレているせいで判断を間違う人なのだ。

 自信たっぷりに間違う人をなんとかしようと思ったら、ズレている基準を矯正するしかないと思うんだけど、その方法は思いつけない。

 それに、今は、胡桃沢さんの方で手一杯で、紅さんまで手が回らない。

 紅さんは、根拠のない自信がありすぎて人の話を聞かないわけだし、妙にプライドも高いから、下手に鼻っ柱を折ってしまうと、どうなるか予測できない。

 胡桃沢さんと同じようなわけにはいかないんだ。



 そして、12月22日。


 「さて、胡桃沢さん、今できそうなことはなんだろう?」


 「ケーキ、パンとお弁当の補充です」


 「じゃあ、今やるべきことはなんだろう?」


 「ケーキの補充です」


 「それはどうして?」


 「もう午後2時で、パンやお弁当が沢山売れる時間帯は過ぎているから…」


 「そうだね、正解だ。

  それじゃあ、ケーキの補充、お願いね」


 「はい」


 なんと、胡桃沢さんは、自分で今できること、やるべきことを判断できるところまで成長した。

 クイズくらいの軽いノリで、言葉の段階で正解不正解を教えることで、「間違ったらどうしよう」と考えなくてすむようにしてあげたら、ちゃんと自分で考えるようになったんだ。

 まあ、普通なら、入って1~2週間でできるようになるレベルの話ではあるけど、あの胡桃沢さんが、試してから2週間ちょっとでここまでこれたと考えれば、予想以上の成長と言っていい。

 正直、ここまでできるようになればいいとは思ってたけど、本当にできるようになるとは思わなかった。

 やっぱり、できない人にはできない原因があって、そこをクリアできればなんとかなるのかなあ。


 ともかく、明後日、寿也さんに会ったら、報告とお礼を言わなきゃね。

 この前の話がなかったら、僕は胡桃沢さんを見捨てていただろうし、僕が家を継いだ後のことなんか考えもしなかっただろうから。

 寿也さん、臆病者でもいいよ。

 僕はアグレッシブだって灯里に言われてるから。

 割れ鍋に綴じ蓋、きっとバランス取れるよ。

 明後日は、忘れられないイブにするから。

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