4.地下街とエイリアン
俺達がまず最初に向かったのは、俺の借家がある安い住宅地を抜けて少し歩いた場所にある商店街ということだった。
「それにしても、ここはずいぶん広いよな。どの程度の規模なんだ?」
「誰も知らない。いつもどこかで広がっていってるし」
「落盤とかしないよな」
「それはもうずいぶんないみたい」
そういうことなら安心していいのか。そうして歩いているうちに、明らかに人が多くなってきた。そこは他の場所より明らかに整備されていて、雰囲気が違う。
「ここが商店街」
一度立ち止まったファンはそう言うと、一番近くの八百屋っぽい店に近づいていった。だが、その直後に商店街の奥の方で爆発が起こった。
「なんだ!」
思わず声が出て姿勢を低くした。
「ファン! これは!?」
「わからない! 確かめないと!」
そう言うとファンはすぐに爆発の起きたの方向に走っていく。逃げてくる人達をかいくぐってあっという間に姿が見えなくなった。俺も遅れて人を避けながらファンを追い始める。
「ファン! 先走るんじゃない!」
やっとの思いで人混みを抜けると、そこではファンと妙な雰囲気をまとった男が対峙していた。俺がそこに到達する前に、男の全身が足元から鱗のようなものに包まれていく。
「ファン、こいつは何だ!?」
ファンの隣で止まると、その頃にはすでに男の全身は鱗で包まれていた。
「フィグメントっていうエイリアンのせい。人間を変えちゃうんだ」
「エイリアンかよ!」
あまりと言えばあまりなので、状況も忘れて大声で誰にということもなく突っ込んでしまった。その間に目の前で鱗人間になった男が雄叫びを上げていたので、気を取り直す。
「こうなったら危険なんだよな?」
「とにかく暴れまわるよ。おじさんなら押さえこめるけど」
「それなら任せてとけ!」
俺が目の前の鱗男に意識を集中すると、勇者のおっさんには遠く及ばないが、パワードスーツよりも強い力が俺の全身を満たす。
「普通の人間にとりついてこのパワーかよ」
つぶやいてからファンを下がらせる。
「ファン、とにかくあいつを押さえればいいんだな?」
「うん。気をつけて、何をしてくるかわからないから」
「よし、やるぞ!」
俺は自分に気合いを入れ、少し重心を落として鱗男との距離を詰めていく。鱗男も俺を敵と認識したのか、俺の動きに反応するように後ずさっていった。
「さあ来いよエイリアン、お前を逃がす気はないぞ」
挑発する感じで言ってみると、鱗男は足を止め、前傾姿勢になった。俺は全神経を集中する感じでその動き出しに集中する。そして鱗男が動いた瞬間、俺は自分の力を信じて踏み切った。
「うおお!」
思わず声が出たが、間抜けなことにはならずに俺と鱗男は正面から手四つで組み合った。この体勢なら三割増しの俺が負けることはない。
「この野郎が!」
それでも余裕ということはないので、とにかく俺は全力が鱗男を押し込んでいく。それはうまくいって鱗男に片膝をつかせることができた。こうなればあとは一気に押し潰す!
「うおりゃあ!」
気合いを込めて上から力をかけると、鱗男に両膝をつかせることが出来た。
「このまま押さえておけばいいのか!?」
「危ない!」
ファンの声が響くと同時に、俺の頭に強い衝撃が走った。思わず手を放してしまい後ずさってから顔を上げると、鱗男の口から太い舌のようなものが伸びていた。あれでどつかれたのか。
「駿ノ助! その舌に気をつけて!」
「ああっつ!」
舌が横殴りに伸びてきて肩を打たれた。けっこう痛いが、これなら持ちこたえられる。
「よし来い!」
俺は両手を顔の横に持ち上げ、腰を落とした。そこに鱗男の舌が再び伸びてくるが、それはしっかりガード出来た。これならいける。
「鱗野郎、そこを動くなよ!」
気合いを入れて舌の攻撃を受けながら前進を始めた。正直痛いが、貰った力のおかげで俺の体には傷はつかない。鱗男は傷つかずに前進する俺にうろたえたのか、攻撃の速度を上げるだけで足が止まっている。
「もらったあ!」
俺は地面を蹴って鱗男に飛びつき、勢いあまって転がりながらもその口に手をあて、強引に地面に押さえつけた。
「こいつで!」
鱗男は暴れるが、力は俺が上だから押さえられる。さらに口も塞いでるので舌を出そうにもどうにもならない。
「ファン! これからどうすればいい!?」
「そのまま押さえてて」
そう言ったファンは俺の横にまわって両手を左右に大きく広げ、それを妙な感じに動かし始めた。そうして数秒後、突然鱗男の体が光り始める。そこにファンは左手で指差して声を上げた。
「隠れようとしても無駄だよ!」
その声と同時に鱗男の首筋に光が集中した。
「そこだ! 光輝天掌!」
ファンの左手が光り輝き、それが鱗音の光っている首筋に触れた瞬間、互いの光が相殺され、鱗男が激しく痙攣し始めた。そうして鱗が体からボロボロと落ちていくと、中からは普通の若い男が姿を現す。
「駿ノ助、もう放しても大丈夫だよ」
俺は慎重に鱗がほとんどはがれた男から離れて後ろに下がる。あれだけのことになったのに、男は目立った外傷はなく、あれだけおかしいことになっていた舌も元通りになっていた。
「さっきのでエイリアンを倒したのか?」
「そう、どこにいるのかさえ分かれば、後は魔力を直接叩き込むだけ。フィグメントそのものは強くないんだよ」
「なるほどな。つまりそれがお前の魔法なのか」
「ま、それだけじゃないけど。それよりその人を助けなきゃ」
「ああ、そうだな。医者とか呼ばないと駄目だよな」
というわけで、俺達は戻ってきた人達に助けを求め、しばらくすると倒れていた男は担架で運ばれていった。それと入れ違いに勇者のおっさんがやってくる。
「駿ノ助殿! 早速の大活躍だったようではないか!」
「まあ、なんとかしたのはファンだったけどな」
「なに、フィグメントは取り押さえるのが大変なのだ! それを一人で成し遂げるとは駿ノ助殿は勇者と言えるぞ! 全く素晴らしい!」
そう言っておっさんは俺の背中を叩く。
「それはそうとして、あのフィグメントっていうのはしょっちゅう出るのか?」
「そう頻繁ではないぞ! 今回は久しぶりであるし、何か起こる前兆かもしれんな! これは駿ノ助殿にもぜひ助力を願いたい!」
どうもゆっくりする暇はなさそうだが、不思議と充実感があって嫌な感じはしない。なんというか、主人公感があるじゃないか。
「ああ、これから世話になるんだし、俺に出来ることなら手伝わせてもらうよ」