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2.勇者とか魔法とか

 廃工場の地下、そこには信じられないことに街があった。どういう仕組みなのか明かりはあって歩くのに不自由はなく、多少ほこりっぽいが人は多くて活気がある。


「迷子にならないでよ」


 先を歩くファンはその中をすいすいと歩いていく。周囲の人を見ると、大体はつなぎみたいな服を着ていて、人種はけっこう雑多なようだけど、アジア系に見える人間が多い。


「なあ、ここの明かりはどうなってるんだ?」

「それは魔法」


 魔法? ちゃんとファンタジー要素もあったようだ。


「この街全体をずっと照らしてるわけか?」

「うん。色んな人達がいるから」

「思ったよりも豊かなんだな」

「おじいちゃんが明かりだけは絶やしちゃいけないってさ」

「ファン!」


 そこで突然野太い声が響き、なんだかすごい大男がこっちに走ってきた。


「げっ」


 ファンは逃げ出そうとするが、それよりも早く駆け寄ってきた大男がファンを両手で持ち上げた。


「我が姪よ! 心配したのだぞ!」


 やたらと芝居がかった感じのおっさんだな。髪も髭ももっさりしていて正直むさくるしい。


「やめてよおじさん! 下ろしてって!」

「いーや下ろさんぞ、一体どこに行っていたのだ!」


 そこでファンは俺に助けを求めるような視線を向けた。反応が遅れてむさいおっさんに俺は見つかってしまう。


「む、見かけない男だな!」

「その人には助けてもらったんだよ!」

「むむ、つまりお前はやはり岸見のところに行っていたのだな!? あれほど勝手な行動はするなと言ったではないか!」

「そんなこと言ったって、誰も何もしないんじゃ自分でやるしかないじゃないか!」

「むむむ、確かにお前の言うことにも一理あるが……」

「だからこれからも好きにやる! 行こう駿ノ助」


 あ、これはまずいパターンな気がする。その予想通り、むさいおっさんの視線が俺に向いた。


「君は駿ノ助と言ったな。これからファンと一緒に行動しようというなら、まずはその力を確認させてもらおう」


 そう言ってファンを地面に下ろすと、おっさんは俺の前に立つ。以前だったらそそくさと逃げ出すところだが、今はこの状況を歓迎している部分があるな。


「わかった。俺も他にあてがあるわけじゃないし、やってみよう」

「よし。それでは」


 おっさんは周囲を見回してドラム缶に目をつけると、それを担ぎ上げて俺の前に置いた。それから腕相撲の体勢になる。いつの間にか周囲の人は俺達を囲むようにしていて、妙な期待を感じる。


「さあ、始めよう」


 俺は黙っておっさんの向かい側に立ち、能力を発動させてみた。


「おいおい」


 思わず声が出てしまう。何しろこのおっさん、あのパワードスーツよりもはるかに力が上だ。一体どんな化物だよ。


「そういえばまだ名乗っていなかったな。私は勇者たろうという」


 勇者? たろう?


「これは栄誉ある称号であり、正確には私は十三代目だ」


 俺とおっさんは互いの手をがっちりと握る。おっさんの手は恐ろしく厚みがあり、その力を上回っているはずの俺でも思わず不安になってしまう。


「ファン、合図を」


 ファンはうなずいて、俺達の手の上に両手を被せた。


「じゃあ、いくよ。三、二、一、始め!」


 勝負が始まった瞬間、驚いたことに俺とおっさんの力は拮抗していた。


「むむ、君はかなりの力の持ち主だな!」

「そういうあんたこそ、勇者というのは伊達じゃないな」


 そう、俺はこのおっさんよりも三割力が上回っているはずだ。だが、なんというか重い。人間の形をしていてもまるで何かもっと大きな何かを相手にしているような感じだ。三割増し程度の力じゃこの質量を押し込むことは出来そうにない。


「はい終わり!」


 そこにファンの声が響き、俺とおっさんは同時に力をゆるめて後ろに下がった。


「駿ノ助殿! 貴殿は実に素晴らしい力を持っているな、さぞや名のある御仁なのであろう。試すようなことをしたことを詫びさせてもらおう」

「いや、俺もあなたみたいな人と会えて嬉しいよ」


 それからおっさんはファンに顔を向けた。


「ファンよ、駿ノ助殿となら父も納得するかもしれん。一緒に会いに行くぞ」

「わかった。それなら行く」


 そういうわけで、俺は勇者のおっさんに先導されてファンの爺さんに会いに行くことになった。その道中、とりあえずファンに聞いてみる。


「お前の爺さんはどんな人なんだ?」

「腕のいい魔法使いで、遺物にも詳しい。でも変人」

「はあ、なるほど」


 なにか嫌な予感がする。だけどまあ、とりあえず会ってみるべきか。そうこう考えているうちに、俺達はなんというかゴミ屋敷という風情の異様な家らしきものの前に到着していた。


「父上! ファンと客人を連れてきました!」


 勇者のおっさんが大声を上げて数秒後、屋根の一部が吹き飛んで人影が飛び出してきた。その人影は俺達の背後に着地すると、すごい速さでファンを抱き上げた。


「おお! 我が孫よ! 心配したぞお!」


 その声の主はまさに魔法使いという外見だった。ローブにとんがり帽子、そして長く白い髭にすらりとした痩身。まあ、ファンを抱き上げている姿は人のいい爺さんにも見えるけど。


「大丈夫だから、下ろしてよおじいちゃん」


 思ったより落ち着いた様子のファンがそう言うと、爺さんはファンを下ろして俺を見た。その瞬間、俺は妙なプレッシャーを感じる。


「ほう、こうして実際に見てみると遺物とも魔法とも、それ以外のものとも違う力を感じるぞ。お主、よほど遠くから来たのであろうな」


 この爺さん鋭いな。そう思っているとプレッシャーは消えて、爺さんはファンを地面に下ろす。


「わしはウェイタンという」

「俺は尾上駿ノ助」

「ほうほう、いい名ではないか。たろうとの力比べは見ていた。中に入って話そうではないか」


 ウェイタンと名乗った爺さんが指を鳴らすと、ゴミが移動して屋敷に入口が出来た。そうしてさっさと中に入ってしまうと、俺達もその後を追った。室内はなんというかアンティークな雰囲気というんだろうか、落ち着いた感じで外観よりもずっと広かった。これも魔法の力ってやつだろうか。


「てきとうに座っていておくれ」


 ウェイタン爺さんの姿は見えないが声だけははっきり聞こえた。ファンはすぐにけっこう豪華な感じのソファーに座る。俺もとりあえずその隣に座った。


 そうして待っているとウェイタン爺さんの姿がいきなり現れ、その手にはお盆を持っていて湯呑みが四つ乗っていた。


「ほれ、落ち着くぞ」


 俺は差し出された湯呑みを受け取って一口飲んでみる。これはほうじ茶みたいな味だ。爺さんはその様子を見てから向かい側のソファーに腰を下ろした。ちなみに勇者のおっさんはずっと立っている。


「話は後で聞くとして、駿ノ助君、単刀直入に聞かせてもらうが、君は滞在先は決まっているのかね?」

「いいや、宿無しなんだ。だから、そこらへんを融通してくれると助かるな」

「ふむ、そういうことであればちょうどいい」


 うなずいた爺さんはファンに視線を向けてから髭を撫でて口を開いた。


「ファンよ、駿ノ助君の力はたろうに匹敵する。お前が信頼しているようだから、人間的にも心配はないだろう」


 それからまた俺の目を見る。その視線は強烈ではないが、なんとなく色々見透かされているような気がして落ち着かない気がする。


「駿ノ助君、君の宿は提供しよう。ファン、確か第二街区に空き家があったろう、そこに案内してあげなさい」

「わかった」

「それが済んだら戻ってきなさい」

「う、わかったよ。行こう、駿ノ助」


 まあお説教なんだろうな。そう思いつつ、俺はファンと一緒に爺さんの家を出た。

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