(7)
玄関に着くと柚希は空を見上げた。柚希を真似るように陽菜も空を見上げる。
「雨、ひどくなってきたな」
雨は先程よりも激しくなっており、地面にはいくつもの大きな水溜りが出来ていた。柚希はもしもの為に置いていた傘を開く。傘は青色で、今日のパンツとお揃いの色である。
置き傘なんて我ながら賢い、などと内心自画自賛する柚希だった。
「あれ、帰んないの?」
柚希は歩き出した足を止めて振り返り、玄関に立ったまま一向に動かない陽菜を見た。
「傘、持ってきてなくて」
陽菜は眉尻を下げて笑う。
「家は?」
「あっちの方」
陽菜が指差した方向は、柚希の家とは反対方向だった。しかし柚希は今朝、通学路で陽菜を見ている。
「なんで朝はこっちにいたんだ?」
柚希は陽菜の帰路とは反対、自分の帰路の方を指差した。
「朝は道に迷っちゃったんだ」
舌を出して笑う姿はとても愛らしく、どんな失敗でも許せてしまえそうだ。
そんな笑顔に釣られたわけでは決してない。しかし憎めないのは確かで。
「……ったく、しょうがねえな」
柚希は小声でそう言うと陽菜の横まで舞い戻った。
「ほら」
そして陽菜に自分の傘を差し出す。
「えっ?」
陽菜はわけがわからず、柚希と傘を交互に見た。
「そのまま帰ったら風邪ひくだろーが」
柚希は押し付けるように陽菜に傘を突き出した。
「で、でもっ……!」
「本当は送ってやれれば一番なんだけどさ。わりぃな」
ただでさえ、放課後残されたせいで帰りが遅くなっている。これ以上遅くなれば、お姉様方が何を言い出すか分かったもんではない。何かにつけて気に食わない弟にいきなり喧嘩を吹っかけてくるのが花月四姉妹なのである。
「そんなっ。でも柚希ちゃんが風邪ひいちゃう……」
「ああ、俺? 平気、平気! 見た目より丈夫だし、それに俺はおと……」
「おと?」
おとこ、と言いかけて柚希は咄嗟に口を閉じた。
「い、いやあっ。あはははは、乙女だから大丈夫ってわけよ!」
危ない危ない。こいつの前だとつい気が緩むな……気をつけねえと。
その穏やかな雰囲気と温かさに溺れてしまうそうになる。警戒心を忘れてしまいそうになるのだ。
柚希はこういう女を知らなかった。攻撃性のない、女の子を。
危うく自分から暴露してしまいそうになった柚希は、動揺で高鳴る心臓を押さえるように右手を胸に当てる。
「本当にいいの?」
「ああ、気にすんなって」
気の強い羽菜ならともかく、か弱そうな陽菜がこの雨の中で傘も差さずに帰るなんて。見過ごすことなど出来るわけがない。男として!
陽菜は柚希から渡された傘をぎゅっと握り締める。
「……ありがとう」
「あーいや、別にいいって。気をつけて帰れよ」
乙女の瞳で自分を見る陽菜の視線に気づき、柚希は苦笑いした。
女の格好してんのに、そんな目で見られてもなぁ。
陽菜は柚希の傘を差したまま歩き出し、振り返って手を振った。そして門を出て、また振り返って大きく手を振る。
「何回振り返ってんだ、あいつ」
傘を貸しただけなのに、そんなに嬉しいことなのか? 思わず柚希からも笑みが零れた。
陽菜の姿が見えなくなったところで、柚希も帰ることにする。
「走って帰るしかねえな、こりゃ」
途切れることなく、降り注ぐ雨。雨で濡れて制服が透けたって自分は男なので問題はない。幸い天気と時間帯で辺りも暗い。
柚希は、よし! と気合を入れると雨の中に飛び出した。雨も滴るイイ男、なんてアホなことを考えながら走る柚希。
その瞬間、
「ギャ―――――!」
早速、滑って思いっきり尻餅ついてしまう。芸人顔負けの見事なこけっぷりであった。




