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HOPE!  作者: NATSU
第一章 『女血一家の長男』
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(6)

「おまえ、もしかして」

 羽菜と呼ばれる邪悪な陽菜は、威嚇するような目で柚希を見ると首を傾げる。そして何かを思い出したかのように頷いて腕を組み、顔を斜めして柚希を見下ろした。こちらは若干柚希より身長が高いように思える。

「ああ、あんたはさっきの。なに、もしかして今頃気づいたわけ? バッカじゃないの。私らは双子なのよ」

「ええっ!?」

 三人しかいない教室では柚希の大声にエコーがかかって響き渡った。

 ドッペルゲンガー現象だった方が数倍マシだったと思う柚希である。

 陽菜の姉妹とは到底思えない態度の羽菜は、柚希を見下すようにふっと笑い、

「今時、双子なんて珍しくないでしょ。なにをそんなに驚いてるわけ? バッカみたい」

 本日ニ度目の馬鹿扱い。傲岸不遜な女である。

 この時、柚希はすぐに気づいた。自分が陽菜とこの羽菜を間違って教科書を借りようとしたことに。

「あ、わかった。さっき陽菜と私を間違って教科書借りようとしたんでしょ?」

「いや、それは、その……」

 図星なので何も言えない柚希。しどろもどろに話す姿を見て、羽菜はトドメを刺すように、

「あんたさぁ、バッカじゃないの?」

 陽菜の真横で仁王立ちしている、綺麗な顔が嫌味に笑った。何かにつけて馬鹿扱いされることはもちろん、自分より数センチとはいえ、身長が高いことが更にむかついた。

 自分よりでかい、そして態度もでかい。これ以上にむかつく要素はない。

「あーやだ。バカが移る、移る。脳みそ腐っちゃうわ。よくこんなバカといれるわね、陽菜は」

 柚希が反論しないことをいいことに嫌味をストレートに口にする羽菜。

 黙って聞いてりゃさっきから人のことバカバカ言いやがってぇ……。

 拳を握り締めた。しかし相手が女では手出しは出来ない。柚希は鼻息を荒くする。

「バカにバカって言ってなにが悪いのよ。ねぇ?」

 そんな柚希の心情を悟ったかのように涼しい顔で罵倒を続ける羽菜。

「……あのなぁ!」

「言いすぎだよ、羽菜ちゃん!」

 言い返そうとした柚希の声に陽菜の声が重なった。柚希の声の方が少し低く、ハモる。

「へえ。陽菜が反論するなんて珍しいじゃない」

 羽菜は興味深そうに陽菜を見た。

「だって……バカバカ言い過ぎだもの。確かに柚希ちゃんはバカっぽいけど、すっごくいい人なんだよっ」

「あの、それって俺……褒められてんの? 貶されてんの?」

 バカっぽいけどいい人とは所詮はただのバカだということだ。柚希は向かい合うニ人を苦々しい顔で見つめた。

「ふーん」

 羽菜は陽菜と柚希を交互に見比べるなり、陽菜の目を真っ直ぐ見る。すべてを見通すような大きく真っ黒な羽菜の瞳。陽菜は急に顔が風呂あがりのように真っ赤になった。湯気が見えてきそうなぐらいに。

 羽菜の目力に負け、陽菜は黙って俯いてしまう。

「やっぱり、そういうことね」

「そういうことって?」

 事態が飲み込めていない柚希は間をあけずに問う。

「あんたみたいなバカにはわかりっこないわ」

「んだと、てめえ!」

 柚希がどんなに怒ったところで、羽菜は犬がキャンキャン吠えている程度にしか思っていないようだった。

 一体なんなんだよ、こいつは。いちいち気に障る奴だな。

 柚希に睨まれていることも一切気に留めず、羽菜は艶やかな黒髪を靡かせた。

「まあ、せいぜい仲良くやったら? 邪魔者は消えてあげるから。じゃあね」

 羽菜は捨て台詞を吐くと教室を出ていった。靡く長い髪がまた嫌味に見えた柚希である。

「おまえら見た目はまっっったく同じなのに中身は正反対なんだな」

 呆れた口調で言って、柚希は椅子に背を投げ出した。

「羽菜ちゃん、活発だから……」

 いやいや! あれは活発を通り越してると思うぞ! なんて心の中で速攻突っ込む柚希。

「どうやったらそんな正反対になるんだか」

 机の上に転がっているシャープペンを右手で握り、左手で頬杖ついて、真っ白なままのプリントを目にした。

 このプリントを解くことはとっくの昔に諦めている。プリントに視線を落とすのはもちろん格好だけ。

「柚希ちゃんは……羽菜ちゃんみたいな子が好き?」

「んあ? まっさかー! んなわけねえだろ。あんな性格歪んでる奴、ずうぇーったい勘弁!」

 さっき本人に言えなかった分、ここぞとばかりに熱弁をふるう。あの性格はうちの四姉妹といい勝負だ、と柚希は思った。

「そっかぁ……」

「あ、いや。悪い」

 せっかく顔をあげた陽菜が再び俯いたのを見て、柚希は慌てて謝り、フォローする。仮にも血をわけた、しかも双子の姉妹なのだ。自分の姉妹を悪く言われては気分も良くないだろう。

 柚希はついつい言い過ぎたことを反省する。

「よかったぁ」

「はい?」

 聞き間違いかと思った。むしろ聞き間違いであって欲しかった。しかし俯いたまま微笑んでいる陽菜を見て、聞き間違いではないことを確信する。

「だって、羽菜ちゃんがライバルじゃ勝てっこないから……」

「ラ、ライバルぅ!?」

 頬に添えた手の力が抜け、ガクンと顎を落とした。

 口にするつもりはなかった本音が飛び出してしまったらしく、陽菜は慌てて両手で自分の口を塞いだ。

「お、おい。ライバルってなんの話だ?」

 体勢を整えながら、目の前に突っ立っている陽菜を見上げて問う。

 こいつ、やっぱり俺が男って気づいてるんじゃ……。

 突如、緊迫した空気が漂う。柚希に冷や汗が流れ出るが、拭う余裕もない。

「いえっ、あああ、あのぉっ!」

 陽菜は自分の顔の前で勢いよく両手を振って、自分の発言を否定する。そしてこれ以上顔を見せれないとばかりに、いきなり柚希に背を向けた。

「おい、陽菜?」

「…………」

 反応、なし。

 すっげえ意識されてる気がするんですけど……。

 鈍感な柚希でさえ、そう思わずにはいられないのだからよっぽどだ。これはただの自意識過剰だ、と信じたい柚希である。

「あ、あのさ。なんでそんな照れんだよ」

 思い切って言ってはみたものの、逆効果だった。 余計に陽菜を刺激してしまう。

「ご、ごめんなさい、ですっ」

 陽菜はその場を立ち去ろうとするが、柚希は即座に立ち上がって腕を掴んで引き止めた。

 陽菜は驚いたように振り返り、ニ人は目が合う。

「え、あーえっと……」

 柚希は戸惑った。戸惑ってしまった。引き止めたのはいいが、まじまじと顔を見られて自分まで照れてしまっては話にならない。

 俺が男だってバレたら弱みを握られたことになるからな。ここははっきりさせねえと。

 柚希は小さく息を吐いて、冷静さを取り戻し、

「なあ、なんでそんなに照れてんの? ライバルってなんの話だ?」

 もう一度問いかけた。柚希の視線は陽菜を捕らえ、逃がそうとはしない。陽菜もまた直視されて動けずにいる。

「それは、その……」

 なかなか先を言おうとしない陽菜はまた俯いてしまった。都合が悪くなるとすぐに俯いてしまう陽菜に半ばイライラしながら、

「さあ、答えろ!」

 柚希は勢い余って身を乗り出した。

 顔が近づく――どちらか一方が何者かに後ろから押されでもしたら、そのまま唇が重なってしまうぐらいに。

「あ、あのっ!」

 陽菜は急に顔をあげた。

 やべっ、か、顔が近すぎる!

 鼻と鼻がくっついてしまいそうだ。

 目の前にある陽菜の顔――柚希は一瞬にして顔に血が上るのを感じた。顔が熱い。

 どちらも目を逸らせずにいる。

「あ、あの、さ……」

「は、はい」

 柚希が先に口を開いた。まず顔を離さなくては、と思いながら体が動かない。

 そのどきどきが頂点に達したところで、

「ねえ、陽菜。言い忘れたんだけど、お金貸して! 財布に小銭しか入ってなかったの」

 狙っていたかのように再び羽菜が現れた。わざとガラッと大きな音を立ててドアを開け、教室に入ってくる。

「わわわわわ!」

 柚希は咄嗟に陽菜から体を離した。その妙な空気を感じ取ったらしい羽菜は、

「もしかして、邪魔した?」

 にやにやしながら言う。

「ちちち、ち、ちげえっ! 俺はなにもしてねえ!」

 やましいことは一切なかったはずなのに、動揺を隠せない柚希。慣れないシュチュエーションに鼓動は止みそうになかった。

「なんでそんな動揺してんのよ」

 羽菜は悪戯に微笑んだ。その笑みを見て、柚希は思う。

 こいつ、タイミング見計らって戻ってきたんじゃ……。

 屈辱感に溺れる柚希だった。

「べ、別にっ、動揺なんかしてねえ!」

 精一杯の強がりである。

「ふーん。女同士なのになにか不都合でもあるわけ?」

「え?」

 柚希ははっとなって目を見開く。

「えらく必死じゃない?」

「…………」

 二の句も告げなかった。

「ああ、あんたそういう趣味なの? 女子校ってそういうの多いってきくけど。なーんだか、ふに落ちないわね」

 羽菜は胡乱な目で柚希を見た。柚希は今更気づく。

 そうだ、俺は女を装ってんだ。なにをこんな動揺する必要がある?

 しかし気づくのが遅すぎた。学園生活の中でこんなに女と密に接触することが今までなかった柚希は素で対応していたのだ。

 ……自分が女を装っていることを忘れて。

 悩ましげに見つめている羽菜の視線に柚希は気づいていなかった。

「陽菜もいい加減、それ治しなよね。私と同じ顔してんだから恥かかせないでよ」

 羽菜は陽菜からお金を受け取ると、今度こそ本当に教室を後にした。

 な、なんか……すっげえ、やばいことになってきた気がする。

 急に体が重くなり、目眩がしてくる。それはきっと天気が悪いせいだ。柚希はそう思い込むことにした。


「教科書の件は……わ、悪かったな」

 柚希は自分の勘違いだったことを認め、陽菜に謝った。しかし顔を逸らしてしまうのは、素直に謝りたいが謝れない性格ゆえにだ。

「い、いえっ。気にしないで下さい」

 世の中の女がみんな陽菜みたいな子だったらな、と思う柚希である。

「さっきから思ってたんだけどよ。敬語辞めろ、敬語」

 雨のせいもあって廊下は暗く、蛍光灯がやけに明るく感じた。ニ人は肩を並べて玄関へ向かっている。

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