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HOPE!  作者: NATSU
第一章 『女血一家の長男』
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(5)

 教室に戻ると人工的な涼しく冷たい風が柚希の全身を包み込んだ。屋上とは比べものにならない快適空間である。

 しっかし綺麗な顔して変な奴だったな。(見た目は)女相手に照れたり……ああ、やっぱそっち系か?

 柚希は自分の席に着くなり、突っ伏してこの天国を存分に堪能していた。

 それとも俺が男だって気づいてんのかな。

 快適空間の中で思考回路も復活し、頭の隅にひっかかる、その疑惑について考え込む柚希だったが、

「んあっ! やっべー次英語じゃん! 教科書借りねえと!」

 お気楽な彼はすぐに考えるのを辞めた。勢いよく上体を起こし、机の中を確認するがやはり英語の教科書は見当たらなかった。

「マジやべえ……教科書ないと寝れねえじゃねえか」

 いつも授業中に寝ることしか考えていない柚希。そんな彼は今この世の終わりのような顔をしている。

 それもそのはずで、英語は教科書を忘れた場合、罰として隣の席の子に立ったまま見せてもらうことになるのだ。授業中立ったまま見せてもらう。つまり、授業中はずっと立っていなくてはならない。

 イコール、寝れない。

 更にあてられる回数がやたら増えるのだ。というより、集中攻撃である。柚希が予習なんてしているわけがない。だからといって答えられるわけもない。彼の学力は中の下である。

 寝れない、そしていつ当たるかも分からず、気が抜けない。どの授業も意識が違う世界へ旅立つ柚希にとって、これはこの世の終わりに匹敵するのだ。

 柚希は黒板上の時計を見た。

「後1分か、よし」

 授業開始まで残り時間1分を切った。柚希は電光石火の早業で机の隙間を走り抜け、隣のクラスへ向かった。

 さっきの今で悪いが、あいつに借りるしかねえな。

 制限時間は刻々と迫っている。

 教室の入り口から必死に探す柚希。生徒達は既に授業の準備を終え、個々で席の近い子同士雑談していた。

「どこだ、どこだ……あ、いた!」

 思わず見つけた感動で声をあげる。

「あ、あれ……?」

 さっきと雰囲気違うような……足なんて組むタイプに見えなかったけどな。

 そんな違和感を抱きつつ、それより教科書のことで頭がいっぱいな柚希は、窓際ニ番目の席に足を組んで座っている陽菜の元へ駆け寄った。

「よう! あのさ、わりぃんだけどまた教科書貸してもらえる? ちなみに英語」

 丁度、教科書を開いて予習か復習でもしようとしていた陽菜の前に屈み、陽菜を見上げ、両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうに頼み込む。

「は?」

「は?」

 柚希はつられて陽菜と同じリアクションをとった。

「なんで私があんたに教科書貸さなきゃいけないわけ?」

 予想外の返答だ。

「え、いや……それは、その……」

「教科書ぐらい自分で持ってきて当たり前でしょ」

「えーあーそれはごもっとで……」

「でしょ?」

「は、はい……」

 圧倒される柚希。

 陽菜は腕を組んで、傲然たる態度で一言。

「わかったならさっさと自分の教室に帰りなさいよ!」

「は、はい! どーも失礼しました!」

 柚希はわけもわからず、迫力に負け、逃げるように教室を出た。教科書を借りに行ったというのに怒られて終わってしまった。収穫もなし。

「いやあ、気が強くて怖そうな女だったな」

 柚希はドアの前で深呼吸。

 ……って、おい! あいつあんなキャラじゃなかっただろ。一体どうなってんだ?

 懲りずに入り口から再び陽菜を見る。

 しかし、やはり、窓際ニ番目に座っている女子生徒は何処からどう見ても朝日陽菜だった。

 二重人格だったのか? 猫かぶってたとか? それとも俺が嫌いで態度変えたとか?

「うーん……」

 唸り声をあげる柚希。今日出会ったばかりの彼女に嫌われるような覚えはない。

「なんなんだよ、あの態度。教科書ぐらい貸してくれたっていいじゃねえか、ケチ!」

 さっきまではあんなに女の子らしい態度をしていたのに、まるで別人だ。

「なんか、すっげーむかついてきたぜ」

 柚希はドアに隠れて、陽菜を見ながら顔をしかめる。

「私も段々むかついていきましたよ」

「だろ!? ん?」

 自分は一体誰と喋っているのか……。

 柚希は恐る恐る振り向いて背後を見た。

「ここで一体なにをやってるんでしょうね。チャイムはとっくになっているはずですが?」

 背後には角を生やした英語教師が赤鬼のごとく真っ赤になって立っていた。ちなみに余談だが、英語教師と国語教師はとても仲がいいらしい。

「せ、せんせぇ……今から鬼が島にでも帰るんですか?」

 言うまでもなく、この後、柚希太郎は宿題の山へ旅に行くのでした。



「あーもう! 散々な目にあったぜ、全く!」

 別れの挨拶が飛び交い、帰る者や部活へ行く者、それぞれが一日を終えた開放感に笑みを零している中、柚希は仏頂面で自分の席にいた。

 教室から生徒達が次々に出ていくのを見ると余計に機嫌が悪くなる。

 すっかりご機嫌斜めの柚希は、目の前の白紙に近いプリントと激しい睨めっこを繰り広げていた。彼は帰りたくても帰れない立場なのだ。

「くっそー! 英語なんてわけわかんねー!」

 発狂寸前の柚希は声をあげて頭をかきむしった。鬼教師を怒らせた罰として居残りさせられるはめになったのだ。

 目の前の白紙プリントは英語のプリントである。

「うんむ……」

 プリントに顔を近づけて接近戦に持ち込むが、何度見てもプリントの問題は暗号にしか見えない柚希であった。

「あんの鬼教師め、わけわかんねえ問題ばっか出しやがって」

 シャープペンを握っている手は一向に動く気配はない。

「やーめた!」

 柚希はシャープペンを投げ出すと、机に右頬をつけて窓の外を見た。

 昼休みまではあんなに真っ青な空が広がっていたというのに、外は雨が降り出していた。夏の天気は崩れやすいとはよく言ったものだ。

 傘を持っていない女子生徒達は雨の中を走って下校している。置き傘をしている柚希は、ざまあみろ、なんて思っていた。自分より先に帰るおまえらが悪いのだ、とは勝手な奴である。

「ったく、なーんで居残りなんかしなきゃなんねーんだ? 教科書忘れたのもよ、まだたったの連続五回目だってのに」

 それだけ忘れれば怒られて当然である。

 柚希はザァザァと降り注ぐ雨を眺めながら深くため息をついた。

 あっという間に教室にいるのは柚希だけになり、程よい雑音と静けさから猛烈に睡魔が襲ってくる。

 あくびをかみ殺して目を指でこじあける柚希。その顔は見れたものではない。

 睡魔は予想以上に強く、柚希はとうとうやられてしまった。重くなった目蓋を閉じれば、広がる新世界。誰も邪魔しない安らぎの世界。

 柚希は静かに寝息を立て始めた。

「寝ちゃ駄目ですっ。プリントやらなくちゃ」

 安らぎの世界への道のりを歩き出してすぐ、遠くから女の声がした。

「私でよかったら手伝います。だから頑張りましょうっ」

 柚希は意識の傍らで、その声に耳を傾けた。

 優しそうなおっとりした声だな。んなの知り合いにいたっけ?

 その時、突然体が左右に揺れ始め、地震かと錯覚させる。さすがの柚希も眠ったまま寝苦しそうに顔をしかめた。

「柚希ちゃんっ!」

 その左右の揺れに、前後の揺れも加わり、

「わっ!」

 柚希の眠りは現実世界の部外者によって見事に妨げられたのである。

「起きました?」

 そこには机の前に立って、柚希の顔を微笑みながら覗き込む陽菜の姿があった。

「んあ。なんだ、おまえか。って……なんでおまえがここにいるんだ?」

「丁度帰ろうとして教室の前を通ったら、居残りしてる柚希ちゃんの姿を見かけたから……」

 陽菜はえへへ、と可愛く笑った。この笑顔が計算ではないのは確かだ。

「へぇ、あーそう。だーれのおかげで居残りさせられてると思ってんだよ」

 明らかに自分のせいである。八つ当たりもいいとこだ。

 眠りを妨げられた怒りと、教科書を貸して貰えなかった上に文句まで言われたことへの恨みから、自然と柚希の口調はきつくなる。

「え……?」

 陽菜は鞄を両手で持って膝の前で構えたまま立ち尽くし、きょとんとしている。

「ちょーっと教科書貸してもらおうと思っただけなのによ。あの態度はないんじゃねえ?」

「あ、あの、一体なんの話ですか?」

 何も知りませんといった顔をしている陽菜を見て、余計に腹立たしくなってきた柚希は表情を強張らせて視線をプリントに落とした。相変わらず白紙のままである。

「あーもういいや。さっさと帰んな」

 柚希は頬杖をついて明後日の方向を見ながら、犬を追っ払うように手でシッシッとする。

 陽菜は眉を下げて、唇を噛み締めた。どうも納得のいかない様子で、

「あ、ああ、あのっ! きょ、教科書って?」

 彼女なりに勇気を振り絞って、再度柚希に問いかけた。

「…………」

 とぼけているとしか思えない柚希は無言のままプリントを見た。何度見ても白紙だ。

「わ、私には、本当に覚えが……」

「だーかーらぁー」

 柚希は陽菜の言葉を遮り、机を叩いて立ち上がった。静まり返った教室に、バンッ! という攻撃的な音が響き渡る。

 こうして向き合うと陽菜よりも柚希の方が若干身長が高い。

 なかなか帰ろうとしない陽菜にガツンと一発言ってやろう思った、その時だった。

 ガラン、と教室のドアが開く音がする。

「あーいたいた、陽菜! 今日寄り道して帰るからお母さんに上手いこと言っといて」

 突然、でかい態度でズカズカと教室に入ってくる女子生徒。

 その女子生徒に目を、思考を、時間さえも、奪われてしまった柚希は何も考えることが出来ず、ただその女子生徒を呆然と見ていた。

「あ、羽菜はなちゃん。うん、わかった。ちゃんと言っておくねっ」

「絶対忘れないでよね。お母さんうるさいんだから。いい?」

「う、うん」

 柚希の目の前には、同じ顔が向かい合って喋る異様な光景が映し出される。ドッペルゲンガー現象かよ! と突っ込みたいぐらいにそっくりな二人が並び立っていたのだ。

 態度のでかい女と汐らしい女。しかしどちらも同じ顔で同じ髪型をしている。そういえばドッペルゲンガーは邪悪なものという意味を含んでいると聞いたことがある。どっちが邪悪かは一目瞭然だ。

 柚希は態度のでかい方を見た。

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