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HOPE!  作者: NATSU
第三章 『危ない放課後』
20/35

(6)

「うーん、やっぱり定番のでいいか」

「いやいやいやいやいや! 私はコスプレするなんて、ひっとことも言ってないよね!?」

「ピンクも捨てがたいけど、デザインも黒か紺の定番のでいいかなぁ」

 楓は腕を組むなり、真剣に考えている……コスプレ衣装を。

 全く聞く耳を持たない楓に堪忍袋の緒が切れた柚希は、

「……黙って聞いてりゃ、このやろう! 勝手に話進めんじゃねえ!」

 つい素が出てしまった。身の危険を案じるあまり、女口調にしている余裕なんてなかったのである。

 柚希は勢い余ってベットの上に立ち上がる。荒々しくなった柚希の言葉遣いに違和感を抱いた楓は、眉間にしわを寄せて見上げた。

「俺……じゃ、じゃなくて! 私はっ!」

 明らかに不審がっている楓に気づき、弁解しようと思った柚希だったが、

「俺? 今自分のこと“俺”って言ったよね?」

 完全に墓穴を掘るだけだった。

 ま、まずい……!

 柚希は思わず隣のベットをちら見した。幸い枕は飛んでこない。今までは女口調にしなくとも性別がバレたことなんてなかった。そんな心配をしたこともなかった。しかし楓の目力に圧され、柚希には不安が押し寄せる。もしかしてバレて……!?

「や、やだなぁ、俺なんて言ってないよぉ」

「いや言った」

 即答だった。それも真顔で。

 ぶりっこ口調で笑ってごまかそうなんて考えは甘かった。柚希は楓の即答にびくっとして固まってしまう。

「“俺”じゃなくて“ボク”って言って欲しいな」

「は?」

「うんうん。柚希ちゃんは俺より私よりボクだよ! ボクっ子もいいなあっ」

 こ、こいつの会話はすべてが隠語なのか?

 理解不能な楓の電波発言によって柚希は重い金縛りから解放された。どうやら性別がバレる気配は全くない。

 楓は相変わらずハートを撒き散らして己の妄想に浸っている。脳内で自分がどういう格好にさせられているのか……考えたくもない柚希だった。

「じゃ、早速着て欲しいんだけど」

「いやいやぁ、それは勘弁して欲しいなぁ」

 しつけえ野郎だな……と、苛立ちながらも柚希は心とは裏腹に優しく断る。

「柚希ちゃんが着たら本場のメイドなんて! もうっ! 目じゃないんだよ! レベルが違うっていうか!」

 眼球を開ききって言う楓の顔はただのホラー漫画のようだった。おまえは3D貞子の男版かよ……。

 柚希はすっかり迫力負け、気迫負けしていた。

「あはは、そりゃどーも……」

「一回でいいから可愛い可愛い柚希ちゃんに着て欲しいんだけどなあ」

「だからぁ、それはぁ」

「じゃあじゃあ、素っ裸になるのとメイド服になるのどっちがいい?」

「はぃい?」

 どっちを選んでも悪夢じゃねえか! つーか、なんでその二択なんだよ!

 しかし柚希の野生の勘が告げている。ここで着ないと本当に素っ裸にされてしまうだろう、と。

 なぜなら楓の目は本気なのだ。同じ男とはいえ、体格に差がある。力ずくとなれば敵わないだろう。

「どっちにする? ゆーきちゃんっ」

「…………メ、イド服で」

 絶望だった。目の前が真っ暗になる。何が悲しくて男の自分が男の為にメイド服を着なくてはいけないのか。

 柚希は金輪際合コンへは一生行かないと固く心の中で誓った。

 へたりこんだ柚希をよそに楓は、

「早速、取って来るねっ!」

 弾んだ声で言うとカーテンの外へ出る。するとロッカーが開く音がした。掃除用具入れのロッカーが衣装入れにでもなっているのだろう。

「いいか? ぜってえ一回だけだぞ」

 カーテンの向こうで衣装選びをしている楓に聞こえるように言った。メイド服の後があっても困るわけで。楓専属の着せ替え人形にでもされたらいい迷惑だ。

「はい、これ!」

 楓は柚希にメイド服を手渡す。メイド服は黒に白レースの定番の形だった。

「……って、おい。いつまで見てるつもりだよ」

「え?」

「見られながら着替える奴がどこにいるんだっ!」

「ただ見てるんじゃないよ。絶好の眺めを堪能しようと思ったんだ」

「どっちも一緒だろーが、バカ!」

 楓はベットの上に立ち上がった柚希に蹴り飛ばされ、カーテンの外に追いやられた。尻餅つく楓だったが、痛さよりも蹴られたことへの感動が大きいらしく、

「あ! 今のって愛情表現だよね! だよね! なんというご褒美!」

 お得意の勘違いを膨張させていた。

「んなわけねえだろ! カーテンの外にいろよ。覗いたら殺すからな」

 柚希は楓相手に女を装うことすら馬鹿らしく思えてきたので、あえて装うのを辞めていた。彼は発想が常人とは異なっている。決定的証拠を見せない限り、性別がバレることもないだろう。そう、柚希は確信していた。

 とりあえず柚希は上から脱ぐことにする。面倒なことは早く済ませたい。一気に脱ごうとブラウスの裾に手を掛けた時、

「そうそういい忘れたんだけど」

 楓が断りもなくカーテンを開けた。柚希の引き締まった細いウエストとへそが丸見えである。

「覗いたら殺すって言ったばかりだよなぁ……」

 柚希は拳に全身全霊を込め、殺気オーラでどこぞやの戦闘民族のように変身寸前だった。そろそろ髪が逆立って金髪になってもおかしくはない。

「髪型はツインテールにしてね」

 楓はそれだけ言うと瞬時にカーテンを閉め切った。

「ツインテール?」

 またしても隠語か? と首を傾げる柚希だったが、メイド服についてる二つのリボンを見つけて、なんとなくどういう髪型か理解した。出来ればあまりしたくない髪型だ。余計に女の子らしく見えてしまうからである。

「ったく、なんで俺が……」

 柚希はどっぷりブルーな気持ちに浸り、初めて生で見るメイド服を目の前にかざした。テレビの特集か何かで見たことはあった。こういう服装を好むアホな男共がいるということ、自分みたいな童顔な奴らが着こなしやすいということ。その程度の情報は有している。

 柚希は生で見るのが初めてなら着るのも初めてだ。苦戦しながら着替え始める。

「なんで靴下がこんななげーんだろ?」

 靴下は腿まである。こんな長い靴下なんて暑苦しくないのか、と疑問を抱きつつ用意されたものを着ていく。黒のスカートの裾には白のレースフリルがついており、可愛らしさを演出していた。白のエプロンにカチューシャ、リボン、ニーソックスまで揃っている、完全セット。

「やーっぱ、やるからには完璧じゃねえとな」

 初めての体験にちょっと楽しくなってきた、と同時に罪悪感も抱く。楽しんでどうする。しかしちょっと楽しい。

 一緒についていたリボンで仕方なく髪を二つに結び、カチューシャをはめた。着替え終わるとベットの上に立ち上がり、自分の姿を確認する。

「さすが、俺! 完璧だな!」

 振り返って短いスカートが捲れていないか確認すると、ベットに立ったまま、

「入っていいぞ」

 カーテンの向こうで待つ楓を呼んだ。

 楓は呼ばれてカーテンの中に入ると言葉を失う。目の前にいるのはエプロンドレスに身を包み、大きなリボンで高く二つ結びにした可愛いメイド……の姿をした男。

「どうだ? 可愛いだろ?」

 柚希は腰に両手を添え、ベッドの上で仁王立ちする。似合いすぎている自分が悲しい。しかし可愛い。自画自賛である。

 黒のツーピースで小悪魔的な雰囲気をかもし出し、その上に着る白のエプロンで清楚さを出して、バランスを上手く保っている。メイド喫茶から出てきたというより、アニメから飛び出てきたような可愛さだった。クオリティの高いコスプレである。

「まさに二次元から飛び出してきたようなッ!」

「二次元?」

 今度はなんだ? 四次元ポケットみたいなもんか……?

 柚希は顔をしかめてネコ型ロボットを思い浮かべていた。つくづく彼の発言は理解に苦しむ。

「その姿で膝枕とかして欲しい! して欲しいぃい!」

「膝蹴りなら喜んでしてやるぜ」

 柚希を絶賛中の楓はベットにあがって座り込むと、メイド服姿の少年を下から上へじっくりと眺める。

「その短パンさえ見えなければ……」

「ん? 短パン?」

 一瞬、頭上に疑問符を浮かべる柚希だったが、

「ああっ! てめえ何処見てんだよ!」

 楓の視線をキャッチし、ぺたんと座り込んだ。股間を隠すようにして短いスカートの真ん中に両手を置く。

「見たんじゃなくて見えたんだよ」

 にっこり笑って、微笑み殺し。しかし中身が男である柚希にその必殺技は通用しない。

「うっせーこの変態!」

 柚希は胸倉を掴んで前後に揺さぶる。

「………………しょっ!」

「あ? んだよ。聞こえねえ。文句あんなら言ってみやがれ!」

 回答の余地を与えない程に激しく前後に揺さぶる。

「おおお俺は、ななな何も言ってないよよよ?」

 楓は前後に揺さぶられながら首を左右に振った。

「なに言ってんだよ。今確かに話し……」「……や、ちょっと、もうっ! 辞めて!」

 柚希の声に女の切羽詰った声が重なった。

「……ごほごほっ。いきなり掴んでるの離さないでよ、もう。気持ちよくなるじゃないか」

 柚希は楓の胸倉から手を離し、いきなり離された楓は嬉しそうに咳き込む。

「羽菜?」

 柚希は隣のカーテンに目を向ける。耳に全神経を集中させた。

 さっきの声は羽菜なのか? もしかしてなにかされてるんじゃ……。

 一縷の不安が過ぎる。さっきの感じは同意の元とは決して思えなかった。しかしその不安を掻き消すように、

「離してって言ってるのがわかんないの? バッカじゃないの、あんた!」

 すぐにいつもの偉そうな口調に戻った。その声からは危機に陥ったか弱さは微塵も感じない。

 なんだよ。心配して損したじゃねえか。

 柚希は安堵の表情でカーテンから目を逸らした。

 ……って、おいおい。何で俺があんな奴の心配しなきゃなんねえんだよ。なにほっとしてんだ、俺!

 矛盾だらけの柚希は羽菜を心配してしまった自分に納得がいかず、頭を掻き毟った。せっかく結んだ二つ結びが崩れる。

「わー柚希ちゃん! 辞めて辞めて!」

 それを見た楓が必死に辞めるよう懇願した。せっかくのツインテールが崩れては興奮が半減する為、非常に困るらしい。

「ったくよ、大体あいつの事だ。ちょっとやそっとじゃ襲われるわけねえんだよな」

 それにそんな展開を望んでいたかもしれないというのに。

 柚希は心配してしまった自分に腹が立って仕方がなかった。

「襲われるって? 羽菜ちゃんが奏斗に、ってこと?」

「ん? ああ。でもま、そんな展開になったところで俺には関係ねえし。つーか、監視カメラあるしな」

 柚希は思い出したかのように見上げて監視カメラの位置を確認した。

「でもそっちのベットの監視カメラは電源入ってないよ」

「……え?」

 楓は解けかけたネクタイを直しながら悠悠と言う。楓の懇願むなしく、崩れた髪形のまま柚希は石化した。

「あ、心配ないよ。こっちの監視カメラは電源入ってるからね」

 柚希の不安を拭い去るように楓は笑顔で監視カメラを指す。

「な、今なんっつった?」

「え? だから電源は入ってな……」「おい、何で電源入ってねえんだよ!?」

 柚希は再び楓の胸倉を掴み取る。

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