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HOPE!  作者: NATSU
第三章 『危ない放課後』
17/35

(3)

「そうだよ。やっぱり夏になると出会いと求める子が多くなるみたいでね。予約も回しきらない状態なんだよ」

 本来ならまだ予約待ちの羽菜の順番が回ってきたのは、今日は大雨のせいで予約キャンセルがあったおかげらしい。

「だから予約したのに全然順番回ってこないわけね。盛りすぎなのよ。夏だからってなんだっていうの」

 羽菜はソファの背もたれに寄りかかり、足を組み替えて不機嫌に言う。

 間違いなく彼女は行列に並んで耐えられる性格ではない。誰かを変わりに並ばせて、自分だけ楽をするタイプだろう。

「この名簿には、本名、現在の所属高校、学年、ちょっとしたプロフィールが書かれている。パソコンでまた詳しく見てもらうんだけどね」

 羽菜は説明される前にファイルをとり、ペラペラと適当に捲って勝手に見始める。

「そこから好きな相手を選んでもらうわけだよ。顔写真はないから容姿での当たりハズレは責任持てない。それは予約時に承諾書で見たとは思うが」

「それは分かってる」

 羽菜はおじさんの話に耳を傾けながら、なお学生名簿に目を通している。ペラペラ捲っていたスピードが遅くなり、慎重に見出した。

「で。場所は? 合コンする場所はどうなってるの?」

「場所は女の子が指定出来る。使用中以外の場所なら職員室から屋上まで何処でも」

「ふぅん、雑誌通りね」

「でもすべての場所に監視カメラが設置されていて、如何わしい行為は出来ないようになっているからその点は必ず守るように」

 そう言うとおじさんは生徒手帳のようなものを二人の前に置く。

「あんた生徒手帳持ってる?」

「え?」

 今の、この瞬間まで、豚とおじさんの脂肪分の関係について考えていた柚希は結局最後まで話を聞いていなかった。普段からこの調子の柚希である。これでは教師の怒りの標的にされても仕方がない。

「うちの生徒手帳よ。所属高校と学生であることを生徒手帳で証明した上で、ここにいる間は生徒手帳をここの生徒手帳と交換するの」

 ここでの校則(システム)が詳しく書かれている生徒手帳で、アトラクションでいうパスポートの役割を果たすらしい。

「おい。何で喫茶なのに生徒手帳で学生証明しなきゃなんだよ? 学割か?」

 また踏んづけられるのは勘弁願いたい柚希は、顔を近づけてひそひそ言う。

「つべこべ言わない! あるなら出すの!」

 羽菜は近づいてきた柚希の鼻を思いっきり摘んだ。想定外の箇所を攻撃された柚希は小さな悲鳴をあげる。自分で鼻を優しく撫でた。

 結局、柚希は詳細も理解せぬまま渋々生徒手帳を提示するはめになる。いよいよ奴隷体質になってきたのか。それとも育ってきた環境ゆえにだろうか。

 おじさんは二人の生徒手帳を受け取って確認すると、桃色学園の生徒手帳を渡した。

「ああっ! 俺の生徒手帳!」

「俺?」

 自分の生徒手帳が戻ってこなかった柚希はつい口を滑らす。

 ……と、同時にわき腹に尖ったもが突き刺さった。ナイフか何かか? なんて悠長なことを考える余裕はまだあった。羽菜の肘打ちは殺人的に強烈だったのである。

「心配しなくても後で戻ってくるの!」

 生徒手帳より今は自分のわき腹の方が心配な柚希であった。あまりの激痛に芋虫のようにくねくねしている。

「相手はこれにして。場所は保健室」

 羽菜は開いたまま学生名簿をテーブルに放り投げた。柚希に相談一つせず、すべて勝手に決めていく。それには少し納得のいかない柚希。

「お……私も一緒に選びたかったのになあっ」

 これ以上、大事な我が身を危険に晒すわけにはいかない。柚希は女口調で言ってやった。

「なに、あんたそっちの趣味なの? 指名出来るのは女だけなのよ」

 捨てる直前のぞうきんを見るような目で柚希を見る羽菜。

 そんな時だけ男扱いかよ!

 柚希はもうレズでもホモでも何でもよくなってきていた。諦めも肝心である。

 指名出来るのは女だけってなんなんだよ! 差別だ! 男女差別だあああああ!

 指名なんてどうでもいい柚希だったが、女ばかり得するのは癇に障る。彼の世界ではいつでも女尊男卑なのだ。同情の余地はある。

 おじさんは校長机にあるパソコンで羽菜が指名した相手が出席してるか、保健室が空いているか、を確認した。

「相手も保健室も大丈夫みたいだよ」

 おじさんはパソコン画面を見ながら言うと羽菜に保健室の鍵を渡す。

「夏限定オプションも是非試してみてね」

 オプション? 今度は何の話だ?

 校長、もとい店長は、某ファーストフード店の白髪のおじさんのような笑顔を浮かべた。

「行くわよ」

 次の瞬間、気がついた時には既にもう羽菜の体は半分ドアから出ていた。

 保健室で合コンって……おいおい。本気か? 正気か?

 いよいよ後戻り出来なくなってきた展開に、柚希はため息もつけなくなっていた。相手の男が変な男ではないことを願うだけ。男との間には何かと嫌な思い出がある柚希である。可愛い男は大変なのだ。

 校長室を出て、自分より先に大股で歩いていく羽菜を追う柚希。精気が抜けたような足取りだ。

「本当にここ大丈夫なのか?」

 柚希はキョロキョロ周囲を見渡しながら、不安を抱かずにはいられない。

 ピンクの校舎というだけでも悪趣味で気色悪いというのに、内装も完璧。どこからどうでみても学校の造りなのに、ここは喫茶。校内にある個室は、すべて鍵付きの合コン部屋なのに、喫茶。

 怪しいと思うのが常人の感覚だろう。

「なぁ。やっぱどう見てもおかしくねえか? ラブホテルくせーっつーかさ」

 このムンムンとした雰囲気に飲み込まれそうで呼吸しづらい。外の空気を恋しく思う。いつもなら小腹がすく時間帯なのに食欲がない。出来れば冷たいものが飲みたい。

「なに? あんたラブホ行ったことあるわけ? どーせないくせになに言ってんのよ」

 立ち止まって振り向いたと思ったら嫌味発射。もろにくらってしまう柚希。

 しかし、なんと、柚希もそのような行為に経験がないわけではなかった。女みたいな顔をしていながら童貞ではない。

 ……勝手に奪われた、という悲しき過去でしかないが。

 柚希は嫌な過去を思い出し、げんなりする。顔に縦棒が入っているかのように暗くなった柚希に構わず、羽菜は先を進み、ドアの前で止まった。

「ここだわ。本当に見た目は保健室そのものじゃない」

 羽菜は鍵をあけ、保健室もどきの個室に入り込む。

 柚希も続いて入った。そしてまた感心する。中は一般的な保健室そのものだった。教師用の机や回転椅子はもちろん、ベット、主に不登校者が使う生徒用の机と椅子。さらには本物ではないだろうが、治療に使う各種薬剤も置いてある。

「すっげーここも本格的だな」

 柚希は消毒液やガーゼを手にとってみたり、瓶を開けてみたり、早速目的を忘れて遊び出す。

 まだ相手が到着していないおかげで、柚希は楽しく現実逃避をすることが出来ていた。羽菜は教師用の回転椅子に座って寛いでいる様子だ。

「今から相手が来るわ。南山学園のタメニ人よ。間違っても男言葉なんて使わないでよね」

 楽しい現実逃避は早くも羽菜によって崩壊された。柚希は嫌そうな顔をして生徒用の机に座る。

「南山学園ってうちの高校の姉妹校だろ? 男子高の」

「そう」

「なんでよりにもよって南山学園なんだよ」

 出来るなら自分が南山学園に通いたいのだ。通うはずだったのだ。あの白いシャツに青いネクタイ……男子の制服に夢みる男子なんて自分だけだろう、と柚希は思う。

 ピンクのセーラー服にスカート……校長の趣味で作られたような制服を着せられている柚希は普通の男子高校生に激しく嫉妬する。

「そんなのあんたのシワのないツルッツルの脳みそで考えなさいよ」

 羽菜は器用に片方の眉だけ吊り上げて鼻で笑いながら言う。そんな漫画みたいに嫌味な表情が出来る羽菜は真性の性悪だろう、と柚希は同情すらした。



 肩を並べて廊下を進む、ニ人の男子高校生の姿があった。

「ご指名頂いたからには頑張んないとねーぇ。ねっ、楓ちゃん?」

 語尾を伸ばす、特徴的な口調の彼。茶髪にメッシュ、腰から少し下げたズボン。見た目は今時で遊んでいそうな男子高校生、悠木奏斗ゆうきかなとと、

「ご指名って言い方、ホストみたいでやだなぁ」

 さらさらの黒髪に清潔感漂うさわやかな雰囲気。一見容姿は絵に描いたような生徒会長。知的な感じが全面に出ている水無月楓みなづきかえでである。

 放課後はゲーセン、放課後は塾、そんな一見正反対な二人組はピンクの壁を眺めながら廊下を進んで行く。

「しっかし、これのどこが喫茶店なのかなーぁ? 世も末だね」

 奏斗はにやにやしながらピンクの壁をペタペタ触る。

「全くだよ! 何でも“喫茶”を付ければいいと思って! そんなんだからメイド喫茶が一般人に犯されていくんだ!」

 人が変わったように叫ぶ、楓。しかし人は変わってはいない。元から彼はこういう奴なのだ。

 さわやかで知的な顔からは想像もつかない単語が飛び出す。今では一般化してしまっているとはいえ、メイド喫茶に無関心といった顔でのメイド喫茶擁護発言。しかも彼の目は本気だ。瞳に宿った炎が萌えている。 

「楓ちゃんったら、黙ってれば女も喜ぶさわやか少年なのに。なんっでそんなオタクっぽいかなぁ。面白いからいいけどーぉ」

 奏斗はげらげら笑いながら言う。彼は楓の本性を知っている。よってこれは日常の発言であり、何も驚くことはない。

「そんなに俺って見た目、生徒会長属性なのかな?」

 奏斗に問いかけたつもりが、それは自然と独り言扱いになっている。これもいつもの日常の光景だった。

「いーぃ? 今日は合コンなんだから、そーゆー発言は控えてね」

 奏斗は履歴書サイズの紙きれニ枚をペラペラさせながら言う。

「なんで?」

「やだぁー! オタクー! 気持ち悪いー! 見た目に騙されたー! 詐欺ー! って言われるよん?」

 奏斗は台詞に応じて、慌しく一人で何役もの女の子を演じた。わざわざ裏声まで使って。

「今日のは“当たり”なんだから、気合入れないとねーぇ」

 そしてニ枚の紙を楓に見せる。そのニ枚は合コン相手の簡単なプロフィールコピーだった。

 ……あるはずのない、顔写真付きの。

 生徒(客)に見せる学生名簿には写真は付いていない。写真付きが見れるのは関係者だけなのだ。このニ人の両親がここで働いているかというと、そうではない。

「やっぱ写真付きじゃないとねーぇ。雰囲気出ないじゃんか?」

「うんうん。脅してコピーさせるとはね!」

「ちょっとーぉ、楓ちゃん! 脅したんじゃなくて“お願い”したの! 奏斗くんを悪者のように言うのは辞めてくれる?」

 奏斗は楓の尻を足蹴りしながら、じと目で言う。

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