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元凶 3 

暴力的なシーンが出てきます。ご注意ください。

 学校の裏庭フェンスに足をかけた時点で、あたし達のテンションは否応無しに高まっていった。

 8月でまだまだ暑いけど、日が落ちるのは意外に早くなってきている。辺りはすでに暗くなってきていた。


「夜の学校ってこっわいね、ね、ね。どっか開いてないかな」

「うるせぇよ、圭太」

「あれ?」


 田中くんが、拍子抜けしたように声を上げた。

「開いてた」


 校舎裏の小さなドアが開く。

 あたし達は顔を見合わせた。


「……て、事は」

「……誰かいるって事だよな」


 桑原くんが珍しく(多分初めて)、あたしに言葉を返す(目はこっちを見ていないけど)。


「……」

「よし入ろう」

「入んの?」


 田中くんが少し怯んだ様に言ったけど、桑原くんは挑戦的に言った。


「ここまで来たんだぜ。ここで戻ったらイミねぇじゃん」

 もとからこんな事にイミねぇじゃん。

 心の中で、つっこんでみる。


 こっそり入った小さめの昇降口は、思った以上にひんやりとしていた。



「……しーんとしてる……」


 不安げな田中くんの声。

 そのすぐ後ろ、耳元で、かず君が彼に囁いた。

「わ」

「ひゃあっ」

「あははー」

「バカっ大声出すなよ、誰かいたら気付かれんだろ? 一志もらしくねぇ事すんなや」


 田中くんが驚いて、かず君が笑って、桑原くんが軽くキレて……って、かず君まで混じっちゃったよ。男子3人が盛り上がり始めちゃった。音声最少にしなきゃいけないから、代わりにボディーランゲージ(?)でお互い上から圧し掛かっちゃって、もはや誰が誰なのやら分からない。

 楽しそうだなぁ。


 あたし達はコソコソと4階、自分達の教室へと向かった。

 廊下を歩いている間も後ろから、田中くんと桑原くんの、いつものおしゃべりが聞こえてくる。


「真っ暗だねぇ。何にも見えない」

「懐中電灯があればなぁ」

「あれが出来るのにね」

「あれだろ?」

「あれあれ」

「「ぼぉー」」


 ああ、くだらない。そして耳障り。聞こえない聞こえない……。


「こんなに暗いと、裸で歩いても見られなさそう」

「脱ぐか圭太? 脱ぐか?」

「ある意味幽霊と出会うより怖くね? まっぱの人間と廊下で会うって」

「こぇえっ。絶対こえぇっ」

「ね? ね? いきなり裸の人が向こうから歩いてくるんだよ? 真っ暗な中っ。ぼぉーっと見えてきて」

「ぼぉーっと、アレが??」

「げぇーっ、象でーっすっ、うははは」

「生きてまーす、揺れまーっす、触れまーっすっ、うははっ」

「そういや何で裸の幽霊っていないんだろうね」


 あたしは聞いていない、聞いていない聞こえない。なんてくだらない、そして楽しそう。

 だから男子って意味分かんない。

 この会話に加わらないかず君は、やっぱりまともな男の子だ。


「教室の方がちょっと明るいね」

「うわー、織戸の絵、こえぇー」

「怖い怖い怖い、小川の絵も怖い」

「こぇっ。うわこっち見てるこっち、鳥肌っ」


 教室に貼ってあるクラスメイトの自画像を見ても、騒ぎが収まらないこの二人。

 もうきっと、何を見ても何を聞いても面白いに違いない。

 あたしは呆れながら、田中くんと桑原くんに背を向けた。

 それにしても流石に教室は暑い。あたしは一つ、窓を開けた。

 すると目の前で、かず君が、それらの絵を見ながらしみじみと言った。


「なんか暗い所で見る絵って言うのも、雰囲気が変わっていいねぇ。趣があるって感じがする」


 満足そうに一人で頷いて、おじいちゃんみたいな台詞で。

 暗闇ではどう見たってやっぱり不気味な、下手くそな人物画を見て微笑んでいる。


 あっちもあっちなら、こっちもこっちだ……。


 その時。



 あたしの耳は、何かを拾ってしまった。


「……なんか聞こえる?」

「……」


 あたしはかず君に小声で言った。 

 彼は、無表情の目であたしを見た。


「……あ、やっぱり。ね、なんか聞こえる」

「……」


 かず君は、無表情にあたしを見つめ続ける。でも返事をしない。ただあたしの目を、じーっと見ている。

 しばらく待ってみたけど、何も言ってくれる気配が無いので、あたしは、教室の別のところでガチャガチャと盛り上がっている二人に声をかけた。


「ねぇねぇ、なんか聞こえるよ?」

「え?」


 騒いでいた二人が、驚いたようにあたしを見た。

 その瞬間、教室内がシーンとなった。

 桑原くんが、神経質そうに目を光らせた。実は彼の目は大きめで睫毛が長く、そして体は華奢なので、月明かりがさす薄暗い教室ではまるで女の子みたいに見える。

 外見が女の子っぽい事、もしかしたら彼はコンプレックスなのかもしれない、なんて関係のない事をあたしは考えた。


「……本当だ、なんか聞こえる。外からだ」

「何? 人の声? 校庭?」


 桑原くんと田中くんがあたしの側にやってきて、開けた窓から外を見た。

 校庭には、誰もいない。

 あたし達は、ドキドキしてきた。

 

「下の教室からじゃない? 音って上に上がるから」


 かず君が何でもない事の様にさらっと言った。さっきあたしには何も言わなかったくせに。

 あたし達3人はギクッとなって、彼を見た。

 かず君は考えの読みとれない顔で、あたし達を見ている。本当はこの人、最初から気付いていたんじゃないの?


 あたし達は背筋に、冷たいものが走る感覚を覚えた。

 これって……まさか……。


 ゴクっと、誰かが生唾を飲み込む音だけが聞こえる。


「誰? 先生かな?」


 真剣かつ青い顔をした田中くんが言った。声が、思いっきり震えている。体もしっかり震えている。けれども田中くんの問いかけに、誰も何も答えなかい。だって先生にしては、何だか色々と状況が変だもの。

 これってまさか、これってまさか、これってまさか……。


 ……幽霊っ?!


 やだやだやだやだ、やめればよかったっ!


「見てみようぜ」

だいちゃん?」

「だって肝試しに来たんだろ? 俺ら」


 桑原くんはお得意の挑発的表情を見せたけど、それは明らかに粋がっていた。

 田中くんに至っては、もう息してないんじゃないかってくらい顔が真っ白になって、茫然となって、カチンコチンに固まっている。震える事すら出来ませんって感じに。

 かず君は相変わらず無表情のまま突っ立っていたけど、急にベランダに出た。

 そして身を乗り出して、下をのぞく。

 しばらくして身を起こすと、あたし達に振り返った。


「音楽室だ」


 しーんとなった。

 桑原くんは田中くんの手首をガシっと掴むと、歩き出した。

だいちゃん大ちゃん、マジで? え、マジで?」

「しっ。黙れよ。置いてくぞ」


 田中くんはもはや涙目で、まるで拉致されるように連れて行かれた。

 慌てて振り返るとかず君は、「そんでみーちゃんはどうすんの?」と無言で聞いてくる。

 前を見ると田中くんが、「お願いついてきて」と無言で訴えかけてくる。

 ついでにその更に前の桑原くんの背中は、「俺は行くぞ、お前らは勝手にしろでもついてこい」と言っている。


 そしてあたしは、皆と行動を共にする方を選んだのだ。



 

「あっ……あっあっあっ」


 

 わずかな声が近付くにつれ、あたし達の間に緊張感が走った。

 それは冷たくて、液体の様にドロッとした、奇妙な嫌悪を覚える緊張感だった。

 なのにまるで囚われた様に、あたし達は音楽室へと歩いていく。まるで見えないピアノ線に引っ張られるように。


 音楽室は防音がされているから、本来なら音は教室の外には漏れなかった。


 きっと、暑さに耐えかねて、窓を開けたんだろう。


 不用心にも扉に鍵は掛っておらず、あたし達はこっそりと、わずかに隙間を開けて中を覗き込んだ。

 彼らは丁度教室の向こう側、グランドピアノに寄りかかっていて、こちらには背を向けていた。

 あたし達は、目の前に広がる光景が想像と全然違う事に驚いた。それでも最初は、それが生身の人間である事に安堵した。

 女の人の上に、男の人が覆いかぶさっていても。


「……お願い……おね……がい、……やめて……やめっ……」

「……んー……? ほんとに? ほんとにやめてほしいの?」


 男女ともに後ろを向いている。女の人は上半身が裸で、ミニスカートが腰まで大きくめくれあがっている。

 彼が彼女の首筋に後ろから舌を這わした時、顔が傾いて、わずかに見えた影にあたしは息を飲んだ。

 この背格好……野瀬先生だ……!

 あたしと田中くんのクラス担任の、野瀬先生だ。


 信じられない事に、先生は、女の人の首筋にいきなり噛みついた。

 

「痛いっ!」

「好きなんだろ?」


 涙を浮かべて、首筋を反らし、震える女の人の顔が見えた。あたし達は再び凍りついた。

 佐々木先生。可愛らしい、みんなのアイドル。かず君と桑原くんの、クラス担任。


 あたしは混乱してしまった。今ここで、何が行われているんだろう? ひょっとして犯罪が……殺人? 野瀬先生は、佐々木先生を殺そうとしているの?

 だって佐々木先生は泣いているし、血も流している。やめて、とも言っている。よく見ると、上半身のあちこちに傷らしきものまである。


 あたしだって、セックスぐらい知っている。でも少女マンガは綺麗だし、ドラマのはワンシーンで終わる。あたしの知ってるセックスは、こんなんじゃない。


 野瀬先生の手が佐々木先生の下半身を撫で上げた。そこは何だか全体的に、ぬるぬるてかてかと光っている。佐々木先生が震えている。気持ち悪い。

 野瀬先生は、彼女をうつぶせの状態のまま急にピアノの上に持ち上げた。鈍い音がして、佐々木先生の体がどこかに強くぶつかったのが分かる。

 野瀬先生が、佐々木先生の下半身を下から見上げる様の覗きこんだ。

 

 そこから先に繰り広げられる光景は、あまりにもおぞましくて、汚らしくて、ショックで、恐怖だった。 

 ピチャピチャとした音だけが鳴り響く。気持ちが悪すぎる。


「よーく見せて、奥まで」

「やめて、もう……お願い」

「……見せて……」

「お願い、ごめんなさい、」

「足開けっつってんだろ!」


 いきなりバチーンっとものすごく大きな音が響いた。

 信じられない事に、野瀬先生が、力いっぱい佐々木先生を殴ったのだ。彼女の、剥き出しの下半身を。

 あたしは、大人の男の人が力任せに暴力をふるうところを、初めて見た。

 あまりの光景に、あたしは呼吸が止まってしまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 無理やり両足を開かせ、繰り広げられる悪夢の続き。


 そこから先は、もうよく覚えていない。


 泣きだす佐々木先生の叫び声。そんな先生の髪を掴んで、無理やりピアノから引きずり落とす野瀬先生。そして再び、野瀬先生は佐々木先生を殴った。今度は右頬だった。佐々木先生の上半身が、大きく傾いた。


「ほら、さっさとひざまずけ。咥えろよ、早く」


 あたし達から見えるのは、野瀬先生の後ろ姿。ズボンが少し、下がっている。そこに隠れる、佐々木先生の腫れた泣き顔。

 何を強要されているのか、見えなくても分かる。

 それより、見えているモノから、目が離せなかった。チラ、とみえた佐々木先生の裸の胸には、先っぽに針が刺さっている。

 それが、ゆらゆら、ゆらゆら、揺れている。



 目の前の現実から、自分の心が切り離されていくのを感じた。

 そしてあたしは、否応なしに、5年前の記憶に支配されていった。

 アレを強要されているのは、先生? それともあたし?







 

 気付くとあたしは、かず君に支えられるようにして学校の外にいた。

 かず君のTシャツとハンカチは、汚れていた。酷く、汚れていた。匂いもきつかった。

 申し訳無いと思うけど、憔悴したあたしは声も出ない。出そうとすると、別のものをまた出しそう。


「菅野さん、大丈夫?」


 田中くんが、自分自身も吐きそうなくらい真っ白な顔をして言った。


「大丈夫だよ。後は僕が面倒みるから。もうここで解散しよう」


 かず君は、いつもより少し、力強い声で言った。

 後は僕が、って言うけど、さっきからずーっと彼はあたしの後始末をしている。


「あ……うん」


 田中くんの声は、どこかホッとしているように聞こえた。

 桑原くんは、一度もあたしに顔を見せなかった。



 最悪の誕生日。その日の夕飯は、ほとんど口を通らなかった。それでも家族の手前、ケーキは平らげた。


 それからあたしは、夏休みの塾を全部休んだ。

 実際、体調を崩したから。本当に。


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