元凶 2
そして慣れない遊びを小一時間やったあたしは、とても疲労困憊した。
頭が痛い。耳がガンガンする。違った、頭がガンガンして耳が痛い? 目もチカチカする。
「驚いた。菅野さんって、なんでも出来るんだねぇ」
場所を移したコンビニの店内で、まぶしい笑顔で(なんでまぶしい?)、田中くんがあたしに言う。
「とても初めてとは思えないよ」
「気色悪ぃお世辞なんか言うな、バカ」
何故あたしでなく、あんたが答える桑原?
「だって上手いじゃん。何回かやっただけで出来ちゃうんだよ?」
「あんなの誰だってあれぐらい出来るわ。小一のガキでも出来るわ。ばあさんでも出来るわ。一志を見てみろよ」
「カズは別だよ~。あれは人間じゃないよ~、無理だって」
「一志ぃ! 圭太がお前の事、動物だっつってんぞぉ」
「ちょ、言ってねーよっっ」
「人間じゃねーっつったろ? じゃ、植物か? プランツか?」
「なんでそうなるの? てか、プランツって何?」
うわぁ、また盛り上がってきたよ、この二人。お店の人に迷惑じゃない。なんだか離れたいなぁ。
「確かに一志は、DSとかWiiとかハンパねぇけどな。神がかってるっつうか」
「そう、それ! 俺が言いたかったのはそれ! 神だよ神! 人間じゃなくって」
「記憶力とか、一度クリアしたステージは何処に何があるか全て覚えているとか、すごくね?」
「すげぇすげぇ。携帯とかすぐぶっ壊すくせにな」
「携帯? 何の関係があるんだよ、携帯が」
会話自体もどうでもよくってかなり面倒くさくなったので、あたしは黙って、その場(お菓子売り場)から離れようとした。けど、
「あ、菅野さん、待って待って」
あっさりと田中くんにつかまってしまった。
「どれがいい? なんでも好きなの、選んでよ」
そう言って彼は、あたしをアイスコーナーに引っ張っていく。
「え、でもそんなの悪いよ……」
「全然! ゲーセン突き合わせたお礼だし! 約束したでしょ?」
してないし。
「UFOキャッチャーでも何にも取れなかったしさ。だから代わりに!」
そう、何にも取れなかったのはあたしじゃなくて、田中くん。男子ってもっと上手かと思ってた。あまりにも取れない田中くんは一人パニックになり、見かねた桑原くんがイライラと戻ってきて、見事一発でゲットしたのだ。
訳わかんないぬいぐるみを。
そしてそれは今、あたしの手元にある。
どうすんのよ、こんな変なキャラクター……。しかも取ったのがKだと思うと、余計に嫌だ。家に帰ったら捨てよう。
「みーちゃん、おごってもらっちゃえー」
かず君がアイスコーナーの反対側から、呑気そうな声をあげた。
桑原くんが、本日何回目かのギョッとした顔つきで、今度はかず君を見た。
「……みーちゃん……?」
「あ。言っちゃった」
たいして焦った様子もなく、かず君がヘラッと笑う。
あたしの名前は菅野瑞希。だから、みーちゃん。こんな呼び方、今では親しかしない……ハズ。
「あんま人には、言いふらさないでね。幼稚園が一緒だし、しょうがねぇよ」
「お前ら、付き合ってんじゃねぇの?」
「今んとこ違うから、安心しな」
そう言ったかず君の笑顔がどこか黒くて、桑原くんが若干引いた。
「みーちゃんをあんま、苛めるなよ?」
……な、なんか……あたしも、引く……。
そもそも何で今ここで『みーちゃん』呼び……?
素直に言葉通りに取れなくて、台詞の裏に何かが二重にも三重にも隠れているみたいで、
かず君の丸いほっぺが、今はなんか、なんかまるで……
「なんか企んでるみたい」
田中くんがヘラヘラ笑いながら言った。
自分の心の声とガチでかぶったその言葉に、あたしはさっきよりも引いた。
かず君は相変わらず、黒い笑顔で言った。
「企んでるよぉ。怖ぇぜぇ、俺は。近づくと、火傷すっぞ」
「それ使い方間違ってんだろ。つか人より体温低いだろ、お前」
どうも桑原くんは、どんな状況でも突っ込まずにはいられない性格みたいだ。
結局なんだかよくわからないまま、あたしはアイスを買ってもらった。
遠慮してガリガリ君を選ぼうとしたら、かず君がすかさず「みーちゃんの好みってこっちじゃない?」と、ハーゲンダッツのホワイトストロベリーを差し出してきた。
素直に受け取ったけど、お金を払ったのはもちろん(?)田中くんだった。
「はい、お誕生日、おめでとう」
コンビニの外で、田中くんから笑顔でそれを渡されて、あたしは面食らった。
「……え?」
「誕生日でしょう、今日? だから、はい」
外はまだ暑いけど、手の上のアイスは、冷たい。
「え、何で……」
「何で知ってるの、って? だって教室の後ろに張ってんじゃん、みんなの誕生日」
……そう言えば。
「……でも……」
なんであたしの誕生日を……? はっ、まさか皆の誕生日を?! こんな呑気そうに見えて??
「俺、それ見た時、あー、夏休みや冬休みの奴はかわいそーだなー、とかいっつも思うわけ。でもうちのクラスってさ、8月生まれって菅野さんだけなんだよね。だから、覚えてた」
太陽はほぼ沈みかかっているけど、彼の笑顔はやっぱりまぶしい。
……あたし、誕生日が夏休み中で、始めて嬉しいと思った……かも。
「……でも……」
なんで、アイス?
「だってアイスが食べたい、って昼間言ってたじゃん」
田中くんはあたしの声が聞こえているかのように、すらすらと会話を進めてくれた。
「早く食べないと、溶けちゃうよ?」
押されるようにしてあたしは、アイスの封を破った。
田中くんは満足そうに笑い、ごみ箱の前を陣取ってアイスを頬張っているかず君達の方へ行った。
「ねぇねぇ、これチョー旨いよ!」
楽しそうな田中くんの後ろ姿を、あたしは呆れるくらい感心して眺めてしまった。
ひょっとして今日ゲーセンに誘われたのも、あたしが誕生日だからだろうか?
彼は見かけによらず空気を読むのが上手くて、見かけによらず周りを観察していて、見かけによらずかなり記憶力がいいらしい。おまけに見かけ通り、めちゃくちゃ屈託がない。
すごい。どうやったら、あんな素直な男の子が育つの?
小一のあたしの弟の方が、よっぽど擦れてるわ。
クラスで人気者なのも頷ける。今までよく知らなかった。
「なぁ。今学校に、誰かいるのかな?」
アイスをほぼ食べ終わりながら、桑原くんが言った。
あたしはなんとなく顔を上げる。このコンビニは、学校の裏庭のフェンスにほぼ隣接している。
「もうすぐ7時だし。誰もいないんじゃない?」
「圭くん、垂れてる垂れてる」
「うわっ」
腕時計を見ようとアイスを傾けたから、田中くんの手から色んなものが滴り落ちた。
それをかず君が、のんびりと指摘する。
田中くんは騒ぎ始めた。
「ぎゃーっ」
「うわっ、きったねぇっ、あ、圭太、付いたぞっ!」
「あ、ごめんごめんっ」
「さっさと喰えよっ」
……うるさい。ほんとうるさい、この二人。
「あー、ごめん。でも何でそんな事聞くの? 学校に忘れ物?」
「バカ。そんなもの今さら、しかもこの時間に取りに行くかよ」
「あ、そうか」
桑原くんは、食べ終わったアイスのゴミをポイっと捨てると、どこか得意そうにニヤッと笑った。
「夏の夜の学校に忍び込む理由なんて、一つしかないだろぉ?」
「え、忍び込む? 誰が言ったの、そんな事」
びっくりして聞く田中くん。
「……俺が言った」
イラっと答える桑原くん。
「えぇ? いつ?!」
更にびっくりした田中くん。
「……今」
桑原くんの声が、すっごくすっごく冷たかった。
……なに、この、間。
「えーっ、マジで? ヤバいだろ、それ!」
3秒くらい遅れて、田中くんの回路がつながった。うっそでしょぉ?
「何で? 誰もいなきゃバレねぇだろ。どこもヤバくないじゃん、学校だぜ?」
「だって誰かに見つかったらどうすんだよ?」
「お前、人の話聞いてんの? だから誰もいなければ、って……まぁいいや。誰かに見つかったら、忘れ物を取りに来た、って言えばいいじゃん」
「あ、そうか」
え、それで納得? 君はそれでいいの、田中くん?
「面白そう! 行こうぜ行こうぜ! 校舎ン中、入れるかな?」
……いいんだ……。
わあっと二人が盛り上がり始めた。かず君まで苦笑しているけど、何だか楽しそう。あたしは後ずさった。自分、明らかにこの場にそぐわない。浮いている。いえ、混ざる気すら、ない。
分からない。まったく、分からない。人気のない学校に入って、何が楽しいのか。校舎の窓ガラスを全部割っちゃうって言う、アレ? 男子の行動って、まったく目的が見い出せない。
「一志も来るだろ?」
「行かねぇよ」
驚いたことにかず君は即拒し、あたしはドキッとする隙間もなかった。
「……何でだよ」
そう言いつつも桑原くんの目は、お前のせいだ消えろ菅野、と言っている。じゃあ、聞くなよ。
「だって俺、お化け興味ねぇもん。それに学校なんて、見つかったらめんどくさい」
かず君はニコニコしながら答えた。でも今までとは、笑顔の色が違う。どっか、色が褪せている気がする。
あたしは直感した。
嘘じゃん。
本当は、もっとこの二人と遊びたいんでしょ?
でもお母さん達に頼まれたし、女の子を一人で返すわけに行かないとか思ってるんでしょ?
「あたし行く」
気付いた時にはそう言ってた。
「はあ?」
今度の桑原くんの「はぁ?」は、本気の「はぁ?」だった。
「そしたら……森川くんも行くでしょ?」
かず君が眉をひそめた。
その顔は、「僕のせいで行くって言ってるの?」と「僕は反対だよ、みーちゃんが行くなんて」と「みーちゃんは頑固だから、僕が反対しても聞かないよね」が混ざっていた。
その通り。
物分かりが良いって言うのも、楽じゃなさそうね。
あたしは少し、勝ち誇ったような気になった。こういう気持ちになりたくて、小さい頃はよくかず君を振りまわしていたような気がする。するとかず君はいつも、口では決して逆らわないけど顔が明らかに「そんな事、やめたら?」と言っていた。
そしていつも、彼の判断は正しかった。
あたしはそれを、今回もまた忘れた。