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元凶 1

 あの日、悪夢からさかのぼる事二時間前、あたし達4人は塾にいた。



 夏期講習10日目の授業が終わって、ダラダラとノートを片付けながら、なんとなく分からない所をなんとなく見直しているみたいなフリをして、あたしはタイミングを計ろうとしていた。

 こういうのって、難しい。まるで夜寝る前とかに友達とメールをする時、どちらからどういうタイミングで終わらせればいいか迷う、みたいに。

 あたしは自分からメールを終わらせる事が出来ない。必ず返信をしてしまう。だから時々、ウザいとか思われてしまうかもしれない。それでも相手のメールに返信をしない方が、後で陰口を叩かれるリスクが高いと思う。


 こんな風にあたしがウダウダウジウジと考えている間に、かず君の席にはいつもの男子二人が来てしまった。

 なんか、ゲームの話で盛り上がっているらしい。益々近づけない。

 でもだからと言って、授業が終わってすぐにかず君の所に行ったら、まるでそれが当たり前の(ある意味当たり前なんだけど)、彼女面をしたただの勘違い系イタイ女子だと思われかねないし、そこはほら、親に言われて渋々と一緒に帰る、というスタンスを出しとかないと(と言うか、これが本当の事情だけど)、かず君も迷惑かもしれないし(もし本当に迷惑だとしても、かず君は絶対顔に出さないだろうけど)。



「じゃあ、あの階段を右に行けばいワケ?」

「違うよ。ひとつ部屋を戻って、牢屋に行くんだ。そして左側のドアを開けて、右に見える階段を上るの」


 まだ席に座ったままのかず君が、いつもの穏やかで愛嬌のある顔で笑って答える。笑うと益々、ほっぺがまんまるだぁ。

 すると田中くんが、びっくりしたように大声をあげた。


「えーっ! 右に階段なんてあったんだ! 気付かなかったよ!」


 田中くんは学校でも、クラスで一番賑やかで、一番笑って、一番目立つ。

 隣に立っている桑原くんが、目を丸くして言った。


「え? 圭太けいた、牢屋の左にあった部屋、もう入ったの?」

「え? 何それ? 牢屋の左の部屋? 右の階段登るんじゃないの?」


 一瞬、二人にが入った。きょとんとして、お互いを見つめてる。

 そして桑原くんが騒いだ。


「ちげーよっ! 牢屋の中にある扉開けて、そこにある階段登るって今、一志かずし言ったろ!」

「何、もっかい言って? 牢屋の扉を開けて?」

「バカッ! バーカっ! このバーカっ!!」

「三回も言うなよっ! オレの方が進んでんだろ!」


 田中くんは顔を赤くして桑原くんの首を絞める真似をし、桑原くんはゲラゲラと笑いだした。桑原大翔だいとくんは小6の割には小柄な体つきなので、ひょろ長い田中圭太くんの隣に立つと余計に小さく見える。でも彼は全然そんなの気にならないのか、いつも田中くんといる時はすごく楽しそうだ。二人はクラスは違うけど元サッカー部同士で仲が良く、だから塾まで一緒。

 そしてその塾では、二人ともあたしやかず君と同じクラス。つまり田中くんは、少しも馬鹿じゃ、ない。

 

 すぐに田中くんもゲラゲラと笑いだした。話題はもう、他の場面に移っているみたい。まだゲームの話なのかどうかすら、あたしには分からない。

 二人のやり取りを微笑みながら見ていたかず君は(かず君は自分が喋るのが面倒くさいタイプなので、こうやって賑やかな人たちが自分の周りで楽しそうに話していると、楽で嬉しいらしい)、あたしの視線に気付いてにこっと笑った。やっぱり中々、かわいい笑顔だ。


「あ、帰ろうか」


 ほっとしたけど、そのすぐ後ろにある不機嫌そうな顔を見て、一気に気分が落とされた。

 桑原くんが嫌そうにチラッとあたしを見て、そして明らかにワザとらしく顔を背けたのだ。

 菅野、またお前か。またお前、俺らについてくんのかよ、と。

 田中くんもあたしをチラッと見たけど、その顔は特に、喜んでいるようにも嫌がっているようにも、見えなかった。


 って言うか、ついてくんのはあたしじゃなくて、あなた達なんですけど。

 あなた達、どんだけかず君の事、好きなのよ?



 あたしは、人付き合いには細心の注意を払ってきたつもりだ。だからこんな悪意じみた視線を投げられると、たとえ相手が、学校ではよそのクラスの男子でも、体が心ごと固まってしまう。



 桑原くん、嫌い。

 こんなに打たれ弱い、自分も嫌い。





 あたしとかず君は家が同じ団地内で、幼稚園も一緒の幼馴染。

 特に仲良しと言うわけでもなかったけど、会えばちょくちょく会話をしていた。かず君こと森川一志かずしくんは、小さい頃から穏やかで、なんというかふわっとしていて、どこか浮世離れした子だった。だからかず君の成績がいいなんて、去年塾に入るまで知らなかった。小学1,2年しか同じクラスじゃなかったし。運動神経が悪くない事は知っていたけど、特に目立つほどイイ訳でもないと、思う。


 成績のいい子は中学受験をするんでしょ? みたいな流れであたしは塾に入った。

 そして間もなく、お母さんはあたしの送り迎えにをあげた。年の離れた弟と妹の世話で忙しく、週に3日も車で送り迎えは難しい。しかも距離的には徒歩30分。歩けない距離ではない。


 そこで、白羽の矢がかず君に立ってしまった。取っている授業が一緒だから、送り迎えよろしくね、みたいな。双方のお母さん達にニッコリと言われてしまった。かず君は人に警戒心を抱かせない男子だから、うちのお母さんは信頼している。や、実際、信頼できると思うんだけど。

 それまでかず君は、この田中圭太くんと桑原大翔だいとくんと一緒につるんで帰っていた。


 そりゃあたし、居心地悪いでしょ、申し訳無いでしょ、肩身狭いでしょ。仲良し3人組に割って入ったんですから。でもさ……



「あ、なんか新しいの入ってるぜ?!」

「ほんと? どれどれ?!」

「メイドハンター? 胸でけっ。顔くらいあんぜ?」

「銃いらないね。おっぱい爆弾出そうだね」


 桑原くんと田中くんは、ゲーセンの前で立ち止まった。二人はいつも、まっすぐ帰ろうとしない。街を歩いていても色々なお店(特にコンビニとゲーセン)に入りたがる。そして四六時中、うるさい。

 まだ6時前の夏の夕方は、暑すぎて明るすぎて、うんざりする。


「なあ、一志! ちょっとやってみようぜ!」


 桑原くんが後ろからかず君を呼びとめた。かず君は笑顔で振り返る。かず君には、『うんざり』と言う言葉が似合わない。きっと、無いんだと思う。


「えー、何?」


 でも立ち止まったままで、戻らない。いつものパターン。


「こっちこっち。ほら!」

「ねぇ、このコ達の職業ってメイドかな? ハンターかな?」

「知るかよ。つか、そこかよ」


 そういって桑原くんは田中くんを小突きながら、かず君を手招きして言った。あたしの事は、まるっきりの無視。

 なんでそこまで無視するかな?


 こんな時かず君は、ニコニコ笑ったまま、絶対に歩きださない。戻りもしないし、先にも進まない。あたしが動き出すのを待っている。

 そういうところが、ズルイと思う。自分では何の責任も持ちたくない、みたいな感じがして。

 かず君は誰にでも合わせられるしどんな状況にも対応できるけど、決して自分から行動を起こそうとはしない。だけどいつも余裕で、そこが時々鼻に付く。

 そう思って前に一回、かず君が動き出すまでこっちもテコでも動かない戦法を試みたけど、3分で完敗した。正確には、あたしが痺れを切らす直前に桑原くんの我慢が切れて、

 『もういいよ、バーカ』と言って歩き出したのだ。あの時なんで彼は、あたし達を置いて田中くんと二人でお店に入らなかったんだろう?

 本当によっぽど、かず君が好きなのかもしれない。


 今回もまた、あたしが動き出すのをかず君は待っているんだと思い、黙って先に進もうとしたら、田中くんが声をあげた。


「菅野さんもおいでよ! ねぇねぇ!」


 屈託なく、まるで当たり前のように笑顔で手を振ってくる。

 振り返ってびっくりして固まるあたしと同時に、田中くんの隣で、桑原くんもギョッとしたように固まっていた。

 まるで信じられないものを見ているように田中くんを見ている。

 けれども田中くんはそんな事お構いなしに、


「やってごらんよ! 面白そうだよ、ほらほら! 色々あるから!」


 と、やたらと手を、ぶんぶんと振っている。

 こんな事、今までなかった初めてだわ何が起こっているの?


 あたしは喉に張り付いた声を、やっとの思いで絞り出した。


「……えっと……あたし、ゲームは……」

 微塵も興味が、ないんですけど。

 ましてや巨乳のメイドさんには。


「何? やったことない? 大丈夫、面白いから!」

「お前それ、なんか理屈おかしくない?」

「やったらアイス、おごるから!」

「なんでだよ?」

「夏だし!」

「はあ?」


 呆れたように、桑原くんが田中くんを眺めた。


「たまにはさ、みんなでパァーッと遊ぼうよ! ね?」


 田中くんの満面の笑顔が、近づいてくる。ウソでしょ? え? え?


 彼の手が、あたしの手首を掴んだ。その手は思いのほか、大人の男の人だった。


「ほら、色々遊べるよ? ゾンビやっつけちゃってもいいし、ピカチュウになってレースもいいし。あれ? それともやっぱりピーチ姫のがいい?」


 そう言って彼は、あたしをずんずん引っ張っていく。

 あたしは全てにおいて、頭の中が?だらけだった。


「え? は?」

 ゾンビ? ピカチュウ?


 どうなってるの? 一体あたし、どうされるの? 


 かず君が珍しく、声を立てて笑いながらついてくる。最初はポカンとして見ていた桑原くんが、だんだんと不服そうな顔になってあたしを睨んでいる。あたし、そんな睨まれる筋合い無いんですけど?!


「はいどうぞー。どれから行く? 女子はやっぱりピーチ姫? ゾンビは怖いもんね。あ、こゆうのもあるよ」


 無理やりゲーセンに入れられたあたしは、途方に暮れて、後ろに立っているかず君を振り返った。まだニコニコしている。というか、楽しそう。


 じゃあ、あたしに逃げ場はないのか。

 あたしは心の中でため息をついた。

 だってこんなに楽しそうにしているかず君、あたしのせいで我慢させるのは申し訳ない。ううん、今まではコレを我慢させてたのよ。


 覚悟を決めて、本当は一刻も早く桑原くんから離れたかったんだけど(だってあの人の態度悪すぎっ)、こうなったらやるしかないと思い、あたしはおずおずと右側を指さした。

「じゃ……じゃあ、あれ……」


 隅っこにある、昔懐かしの太鼓。幼稚園の頃に、何回かやった事がある。

 すると、小6男子3人のテンションが、一気に下がった(特にK)。

「じゃあ、……あれも」

 あたしは焦って、お菓子やぬいぐるみがいっぱいの、例のアレを指さした。


「……はあ。チっ」


 桑原くんはこれ見よがしに舌打ちをすると、一人でプイっとお店の奥に消えていった。

 この人、絶対本気であたしを嫌ってる。


「……」

「あー、気にしない、気にしない。女の子はやっぱこういうのだよね。やろうやろう」


 田中くんが浮くくらい明るく言った。かず君は面白そうにへらへら笑うと、どこかへふわーっと消えた。多分Kの所に行ったんだと思う。


「あっちのほうのゲームも、俺が教えてあげるから。一志とかチョー上手いよ」


 空気を読んだ田中くんが、空気を読んでいないフリをして言った。



 



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