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日常 2

 その日の学校が終わったあたしは、校庭前の雑木林の入り口で立ち続けていた。

 どうしようかなぁ、どうしようかなぁ……って20分近くも。

 すると後ろから声をかけられた。

「菅野さん?」


 振り向くと田中くんが立っていた。

 その顔は明らかに「僕も君に声をかけようかどうしようか、ずっと迷っていました」と言っている。でも確かに、1分前までは、あたしの後ろには誰もいなかった。 


「どうしたの? 塾行かないの?」


 覚悟を決めて話している、みたいな表情の、どっちかっていうと可愛い系の顔の田中くんをあたしは見上げた。

 そう、ここは学校から塾への通り道。

 きっとこの道を通りたくて、でもそこにあたしがずっと立っているから、それで悩んでいたに違いない。どっか物陰から。


 あたしは、長身の田中くんに近づいて言った。


「……あの、ね……ね、田中くん。お願い、聞いてもらえる?」

「え? え? お願い?」


 戸惑った様子の彼の顔が、あっと言う間に真っ赤になる。沸騰しちゃって、細い体から湯気が出そう。

 あたしはこの夏に、かず君から言われた言葉を思い出した。



『みーちゃんの上目使い、殺傷能力高いから今度誰かで試してみれば?』


 かず君。言われた通り、試してみたよ。

 確かに通用したわ。教えてくれてありがとう。






「……これが、したかったの?」


 ほこらの前にヤクルトを置いて手を合わせると、田中くんは複雑そうな顔をした。あたしの行動を、どう解釈すればいいか迷っているみたい。

 ヤクルトは給食に出されたもので、あたしはそれを我慢して飲まず、こっそり鞄に入れて持ってきた。


「うん。ごめんね、怖がりなのに」

 

 時間は4時を過ぎて、辺りはもう夕方の気配。

 こんな時間にこんな場所に女の子が一人で来るなんて、さすがに危ないかなぁと困っていたので、田中くんを見つけた時には、あたしも渡りに船だった。

 ワザと明るくからかう様に言ってみせると、田中くんは少しほっとした表情を見せ、次に恥ずかしそうに笑った。

 だよね。だってあの肝試しの時の田中くんの怖がり方、尋常じゃ無かったもんね。


「ひでっ。謝り方がおかしくない? まあ、否定は出来ないけどさ、」

「今も怖いんじゃない? だんだん暗くなるし、古い祠だし、何かいそうな雰囲気で、」

「わーっ、やめてよやめてよっ! そんな事言うくらいだったら早く戻ろうよ!」

「あんまり大声出すと、かえって霊が寄ってきちゃうよ?」

「霊?! 嘘っ?」

「嘘」


 すると田中くんは、身をこわばらせたままポカン、とした。

 数秒後に、恨めしそうに唇を尖らす。


「すげぇ意地悪」


 その様子が、小さい子みたいに可愛くって、あたしはアハハと笑ってしまった。


「でも何で、わざわざこんな事をするの?」

「……いい事が、ありますようにって」


 あたしがそう答えると、田中くんは不思議そうに「ん?」と首を捻って、眉をひそめて目を見開く。

 あたしも「ん?」と首を捻りながら答えた。


「違うな。悪い事が、消えますように、かな」


 益々分からない、といった様子の彼。

 あたしは道の脇を指さして言った。


「あ、ほら。ここにも白い花があるでしょ?」


 そこにはパッと見ただけではよくわからないけれど、注意して見ると、雑草に紛れて小さな白い花が数輪咲いている。


「うん」

「これはね、おきゃくさんが見回ってくれた証拠なんだよ」

「おきゃくさん?」

「そう。ほら、学校前のコンビニのおばあさんから聞いたの。小3の時に社会科学習で、『地域の歴史や言い伝えを調べよう』ってやったじゃない」

「……ああ、うん」


 相槌を打つ田中くんの目が、途端に無表情になった。小3の社会科学習、辺りで。

 んん?


「……」

「……ごめん、憶えてない」

「みたいね」


 忘れるの、早いね。

 そしてとりあえず、返事しちゃうタイプなのね。

 きっと道端で知らない人に声をかけられても、「久し振りー」とか言われると「……あ、おう、久し振りー」とか言っちゃう大人になるんだろうな。


「まあ気にしないで。それでそれで?」


 まあ気にしないで、ってそっちが言う? 普通ソレあたしの台詞じゃない?

 慌ててニコニコと笑う田中くんを見ると、力が抜けてきた。ま、いいか。



「それで、聞いたの。日が短くなって寒くなる11月から冬至までの間に、地面に小さな白い花が咲いていたら、それはおきゃくさんが歩いた証拠なんだって」

「おきゃくさんって、何の? ていうか、誰?」

「神様の一人らしいよ。夜が長くなるこの時期に、悪い妖怪とかが悪い事をしないように見回ってくれるんだって。でもそれは毎年ってわけではなくって、その後に咲く白い花を見ると、ラッキーな事が起こるんだって。そういう時は、この祠にお供え物をするといいって」

「へぇー、すごいな。……って、え?」


 感心していた田中くんの、動きが止まった。

 丸い眼を見開いて、こっちを見つめる。


「と言う事は、つまり……」


 そういってカクカクと首を動かし、今度は祠を見つめる。

 あたしはにこっと笑って言った。


「そう。今年はおきゃくさんが見回ってくれてるんだよ。そして、今その祠にいるの」

「嘘っ!! マジヤバいじゃんっ!」

「きゃあっ」


 あたしは叫び声をあげてしまった。

 だって田中くん、あたしの手をひっつかむなり、ほぼ全力で走り出したのよ! 

 もと来た道を、一目散に!


 あたしは何度も足がもつれそうになりながらも何が何だかよくわからなくて、「ちょっと待って」とか「どうしたの」とか言ってみたけど、全く効果無しだった。


 結局そのまま雑木林の入り口まで走り抜けたあたし達は、そのままそこへ座り込んだ。



「マ……マジ、ビビった。マジ、焦った……」

「あ……あたしも……田中くんの足、マジ早くて焦った……」

「だって……だって菅野さん、怖くないの?!」

「神様が?」

「だって歩くんでしょ? それお化けじゃん! 花が咲くとかって、もの○け姫のあれ、鹿だかイノシシだか……」

「ああ、だいだらぼっち?」

「そう! それでイノシシの目がなくなっちゃうの!」


 身近に自分より怖がる人がいると、人って煽られるか冷静になるかの、どっちかなんだなぁと発見。

 で、この場合、彼は人とはちょっと違った面白いパニクり方をするので、一緒にいる人はきっと、冷静になっちゃうんだろうなぁと分析。


 そして彼は、自分がずっとあたしの手を握りしめている事に、やっと気付いてくれた。


「ああっ、ごめんっ」


 慌てて離される。

 パニックな自分に余計パニックになる、みたいな? かず君とは正反対だわ。

 ……やっぱり頼りなさそう。


 その後、妙に気まずくなった。


「……塾、行こうか」

「うん」


 あたし達はのろのろと、塾に向かって歩き出した。



 

「……あのさ。大翔だいとの事なんだけど」


 しばらくすると田中くんが、ためらいながら口を開いた。


「大翔?」

「桑原大翔」

「ああ、桑原くん」


 つい数時間前の事を思い出す。キャンキャン吠えていた小犬坊やね。普段は偉そうな。


「……あいつが、あんなに荒れちゃってるのって……俺達を責任を感じてるからだと思うんだ」

「責任?」


 意外な言葉を聞いて、あたしは隣の田中くんを見上げた。

 田中くんは前を向いたまま、丸くて人懐っこい目を、少し苦しそうに細めた。


「あいつが言いだしたでしょ、肝試し。だから、そのせいで、俺達をあんな目に合わせてしまったと思っているらしくって……」


 それを聞いたあたしは、思わず目を丸くした。


「……へぇー、そうなの?! 知らなかった。ただ先生達が嫌いなだけかと思ってた」

「そりゃもちろん嫌いだよ、嫌いだけど……だけど、アレを、俺達に見せてしまったっていう、後悔って言うかさ、悔しさって言うか、何て言うか……」

「イラついているんでしょう? それは見ればわかるよ」


 語彙の少なそうな田中くんに代わって代弁してあげると、彼は少しホッとしたようだった。


「でも意外だな。桑原くんが、そんなに責任感の強い人とは思わなかった」

「あいつ、いい奴だよ。悪い奴じゃないよ、すっげーいい奴だよ。ただちょっと、ぶっきらぼうって言うか、乱暴なだけなんだ」

「ただちょっと乱暴なだけね。ふふ」

「そう……あれ?」


 自分の言った内容に自分で引っかかって、首を傾げている。らしすぎる。

 まるで弟でも見ているみたい。あんな事さえなければ、この人は多分、一緒にいてすごく楽な人だ。

 あたしは笑顔で言った。


「桑原くんのせいだなんて、ちっとも思ってないよ。多分か……森川くんだって、そんな風に思ってないよ」


 3か月ぶりに、やっと話せたあたし達。その話題が、コレなんて。


「でもあたしも、あの人達嫌いだけどね」



 するとやっぱり、傷ついたような顔をする田中くん。

 あたしはやっぱり、どうして田中くんがそんな顔をするのか解らない。


 だって。

 だって。




「佐々木先生も野瀬先生も、あんな事、家でやればよかったんだよ」



 すると田中くんは、耐えきれない様にあたしから視線を反らし、唇を噛んだ。

 その唇からは、今にも血が出そうになっている。

 もしかしたら、もうこうやって何度も、彼は唇を噛んでいるのかもしれない。


 

 あたしは段々ムカついてきて、誰もいない前方を睨みつけた。

 頭の中では、あの先生二人の光景がループし始めて止まらない。




 学校でやるなんて、狂ってる。




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