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日常 1

 その花を見た時、あたしはドキンとして固まった。

 白くて小さい、かわいい花。雑草の中に紛れて咲いている、季節外れの花。

 思い違いかな、と思ってじっと見たけど、やっぱり、それだと思う。


 11月の頭で、さすがに寒い季節になってきた。なのに何故か、全校児童で大掃除の校内美化活動。あたしの担当は校庭のフェンス付近の草むしり。

 フェンスの向こうには細い道路があり、その向こうは雑木林と小さなほこら。だから校庭のこの辺りは、いつも雑草が元気よく生えている。


 あたしは熊手を地面に置いて、座り込んでなおもじっとその花を見ていた。すると突然、後ろから声をかけられた。


「どうしたの?」


 きゃあっ。

 びくっとして振りむくと、見知った顔。


「か……っ、森川くん……」


 つい、昔の呼び方で呼んでしまいそうになった。

 そう言えばかず君とは、あの日以来、話をしていない。


 少し安堵したけど、すぐに恥ずかしさと若干の悔しさが湧き上がってきた。だってあたし今、マンガみたいに飛び上がった。

 っていうかさ、これが久し振りの声掛けとしてする仕打ち?


「気配無さ過ぎ。幽霊かって」


 すると、彼の丸顔で綺麗なカーブを描いているほっぺたが、少し上がった。かず君独特の、微笑み方。


「さっきから、何見てるの?」

「あ、……花が、あって……」

「花?」

「……かわいいから……」


 花がかわいい、なんて狙ったような乙女な台詞。今度は違った意味で恥ずかしくなってきた。でも本当の事だし、誤魔化す必要もないじゃない。だって相手はかず君。

 確かに、何とも言えない気まずさはたっぷりとある。でもかず君との関係は、アレ如しでは揺らがないハズ。長くてゆるーい付き合いだもの。


 ……アレ如し、っていうのかな? アレ。


「ふーん。季節外れに咲くね」

「ね。何の花だろう?」

「さあ」


 あたしの期待通り、かず君は何にも無かったかのように自然に言葉を返してきた。でも目の前の花には全く興味が無いみたい。

 目が、いつもの見慣れた無表情。

 それがかえってあたしの気を楽にした。ああやっぱり彼は変わらない。


 だから花に視線を戻しながら、唐突に聞いた。

「何で塾、やめたの?」


 かず君はあたしの唐突の質問に全く動じず、即答した。

「だって僕、それほど塾に行きたいわけじゃなかったし。受験もしないから」


 ……え? 受験しない?

 あたしは少し面食らった。


「しないの?」

「うん」

「……お母さんに、そう言ったの?」

「うん」


 かず君って確か……小4の冬ぐらいから、塾に通っていたよね? それが突然、小6の秋になって辞めるの?

 

 やっぱり、あの事件コトのせいかしら?


 他人事なのに、あたしの胸はなんだかチクッと痛んだ。

 ……かず君の親は、なんて思っただろう?


 かず君ちの、人の良さそうなお母さんの顔を思い出した。血が繋がっていなくても、かず君の笑顔はどこかあのお母さんと似ている。


「余計なお金、使わせたくないし」


 そういったかず君はやっぱり無表情だった。

 それはもしかしたら、あたしが相手だから見せている顔なのかも知れないけれど、

 そしてそんな台詞を聞いたあたしが、何を思ってしまうのかも、かず君は知っているかもしれないけれど、


 それでもあたしは敢えて口を開いた。

 

「……かず君の、お父さんやお母さんは……余計なお金だなんて、思ってないと思うよ」

「知ってる。でも僕がそう思うから」


 ほらねやっぱり。

 あたしの考えなんて、お見通しね。


 そっちの考えは、相変わらず分かりづらいけどね。


 その時、佐々木先生があたし達の後ろから声をかけてきた。


「森川くん、そろそろ片付けの時間よ。あ、菅野さんも。あっちで野瀬先生が呼んでいるわよ」


 美人な先生の、輝くような笑顔。少し茶色の艶々したおかっぱ頭が、すごくよく似合う。テレビのアイドルよりも可愛いと思う。


「……」


 あたしは無言で、佐々木先生の脇を通り抜けた。かず君にじゃあねも言わず、先生と目も合わせず。

 戸惑った様子の先生を無視して歩く。すると爽快感すら感じる。

 あたしの後ろで先生が、少し訝しそうな、少し悲しそうな顔をするのを想像すると、余計に気分が上がってきた。

 いい気味だわ、自分が悪いんだからね、もっと傷つけばいいのに。


 そう思いながら数メートル歩くと、目の前に田中くんがいた。


 うわ。


 彼の表情は、まるであたしが想像していた佐々木先生の少し悲しそうな顔そのものみたいで、あたしは一気に気持ちが冷えていった。

 それどころか、自分のした仕打ちを突き付けられたみたいで、罪悪感まで芽生えてくる。

 田中くんは、あたしと佐々木先生を、ゆるゆると交互に見ていた。


「……」


 元気が取りえみたいな田中くんがそんな表情をするとかえって目立つから、やめてほしい。

 あたしだって、滅多に他人にこんな嫌な態度はとらないのよ。というか初めてかもしれないんだから。そこんとこ、分かってほしい。


 

 そんな思いを振り切るようにズンズンと校庭を横切っていたら、校舎の前から大声と小競り合いのざわめきが聞こえてきた。


「うるせーなっ、消えろよ! 聞こえてんだよ!」


 視線を移すと、小競り合いの中心人物は桑原くん。

 少し背の低い彼の姿はここからは見えないけれど、威勢のいい大声から存在感はバンバン伝わってくる。


「邪魔すんなよ、あっちいってろ!」

「それならこの台車をあっちに……」

「聞こえてるっつってんだろ! 耳おかしいんじゃねぇのか? ウゼェ!」


 ……威勢のいいチビスケだなぁ。

 こんな風に思っちゃうの、絶対あたしだけじゃ、ない。


 桑原くんを冷静になだめているのは、野瀬先生だった。そんな二人の周りを、主に女の子達が遠目に取り囲んでいる。

 野瀬先生は、いつもの爽やかなイケメンスマイルを見せていたけど、少し苦笑しているようにも見えた。しょうがないな、このやんちゃ坊主は、といった感じ。

 周りの女子達が、


「せんせぇー。こんな奴ほっといて、あっちの方やろうよぉ」


 とか言っているけど、先生は彼女達を無視している。ひたすらじっと桑原くんを見ていて、暖かいその眼差しは「お前がどんな態度を俺に取ったって、俺はお前を見捨てねぇよ」と言っているみたいだ。

 片手を腰にやり、もう片方の手は困ったように自分の唇をなぞっている。ジャージ姿でも均整のとれた体つきから、カッコよさが滲み出てくる。

 はっきり言って、バンバン伝わってくる桑原くんの存在感以上に、野瀬先生のカッコ良さはビシバシと伝わってきた。

 これはもう、穏やかで賢いゴールデンレトリバーにキャンキャンと吠えてみせる桑原小犬だわ。小者の犬、と書いて、小犬。


 レトリバーになおも楯つこうとした小犬くんが、キッとレトリバーを見上げたように見えた(だってみんなに埋もれて、頭の角度しかわからない)。その時あたしの後ろから、佐々木先生が駈けてきた。

 

「桑原くん!!」


 すると近づく佐々木先生を見て、桑原くんは更にイラっとした表情を見せた。


「ごめんなさい、野瀬先生。桑原くん、ちゃんと謝って……」

「寄んじゃねぇよっ! 触んな、気色悪ぃ!」


 みんなのアイドル佐々木先生に、これほど真正面から反抗できる男の子はいない。しかも気色悪いって、あり得ない。

 みんなは驚きながらも興味津々で、桑原くんと佐々木先生と野瀬先生を見た。


 あーあ、もっと上手くやればいいのに。

 でもお陰で、こっちは余計にスッキリするけどね。

 


 佐々木先生は、ショック、って顔。きっと美人は、誰かに嫌われた事が無いんだ。

 野瀬先生は困ったように眉を下げ、少し唇をすぼめて彼を見つめている。兄貴的風格。

 桑原くんはまるで何かに挑むように、小さな肩をいからせて佐々木先生を睨んでる。あー、顔が真っ赤になっちゃって、傍で見ててもマジ切れてるのがわかる。


 彼は捨て台詞を、佐々木先生に言った。


「一生謝ってろよ」


 去っていく彼。

 これがドラマか映画なら、盛り上がる音楽がかかりそう。

 彼の後ろ姿を見ながら、あたしの近くの女子が隣の女の子に言うのが、聞こえてきた。


「桑原くん、なんか変わっちゃったね……。前はあんなんじゃ、なかったのに」

「そうだね。口は悪くて少し怖かったけど、でもあんなんじゃなかったよね」

「不良になっちゃったみたい」

「だね。不良だよ、不良」


 あたしも桑原くんの後ろ姿を見ながら、でも全然違う事を思っていた。



 背が低い男の子が不良やっても、全然似合わないなぁ……やっぱ小犬にしか、見えない。


 しかも溺れかかっている、小犬。




 

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