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決行 1

 11時50分。終業式が終わり、午前下校となった。

 あたしは家に帰ると、普通にご飯を食べた。

 かず君が階段でああいう台詞を言ったという事は、計画にゴーサインを出したという事。つまり、野瀬先生の携帯を上手く壊せた(?)という事だ。誰もいない職員室か教室に忍び込んで人の携帯に手を出す、というかず君の姿は想像が出来ないけど、あたしと田中くんだって、鍵を手に入れるべく似たような事をやってのけた。結局、普通の人間は普通じゃない事も簡単に出来るのだろう。

 今頃野瀬先生は、壊れた携帯を片手にイライラしているだろうか? だとしても、仕事が終わるまでは直しにいけない。そのイライラが、今後あの人の身に起こる出来事に、上手く作用すればいいんだけれど。

 弟や妹も家にいて、もう既に冬休みは始まっているみたいに賑やかだ。

 13時30分。努めて普通のフリをして、塾の前に自習室で勉強をする、と言って家を出た。お母さんは特に何も、気付いていなかった。にっこりと笑って見送られた。

 本当に色々と、ごめんなさいお母さん。


 野瀬先生の家は隣駅から徒歩10分弱の所にある、二階建てのアパートの一階だった。入居者募集の看板が、入り口脇にでかでかと掲げられている。入居者募集と言う事は、空室があるに違いない。こんなに小さくて、おまけにまだ新しいアパートなのに。

 周りは駐車場や他のおんぼろアパートに囲まれていて、通りからは人目に付きにくそうだった。平日の昼間だからなおさら、人通りはない。

 つまり、防犯と言う観点からは、あまり優良な部屋とは言えなそうだった。

 あたし達は事前に、それぞれ別々に、ここを下見している。


「よう、エロ」

 建物と電柱の陰から、桑原くんが姿を現した。すぐ後ろには田中くんもいる。

「……その言い方、やめて」

「だってエロじゃん」

 そう言いながら彼は再び、建物の陰に隠れた。あのね、あんたにからかわれるのだけは我慢できないの!

「思うんだけど、桑原くんの方が絶対エロだよ」

「何でだよ」

「男の子だから! この間の夏だって、ゲーム見て、おっぱい爆弾って言ってた!」

「……あ、それは圭太だ」

「あ、ほんとだ俺だ」

「……」

 もうやだ。この人達嫌い。

「アレはマジでデカかったよな」

「だよねー! ゲームは割と普通だったけどね!」

「いいんだよ、おっきければ何でも」

 もうやだ、かず君が恋しいよー。

 ここまで来て、こんな時に、何でおっぱいの話をしてるのよー。

 緊張をほぐす為だって事はわかっているけど! 何故おっぱい! ……あ、あたしね。


 14時30分。あたしは時計を見た。日没まであと2時間。

 一瞬、男子二人の間に沈黙が走った。さすがに観念したらしい。

「ぐずぐずしてらんね。行こうぜ」

「うん」

 田中くんが、ポケットから鍵を取りだした。前に先生の鞄から抜き出して、型取って作った鍵。鍵屋さんに出入りするという事ですら、あたし達子供には難しかった。だから田中くんが従姉のお姉さんに頼んで、彼女に鍵屋さんへ行ってもらい、三日かけて作ったものだった。

 二人が先生のアパートに向かって歩き出す。あたしはここで待機する。見張り役として。

 すると桑原くんがくるっと振り返って、あたしに言った。

「お前、ウロウロと怪しく歩き回って、誰かにつかまったりすんなよ。足手まといだかんな」

「つかまるかっ」

「エロ罪で」

 ……このチビっ! 




 先生の部屋に忍び込む。

 そして部屋を荒らす。いかにも、何かを盗っていったかのようにする。本当に何か弱みが探せるなら、なおいい。探せなくてもいい。どんな人でも、ましてやあんな人なら、他人に知られたくないヒミツが必ずある筈。盗られたと思わせればいい。

 そしてその後。ここが大事。

 部屋を荒らした人物が、そしてヒミツを持ちだした人物が、田中くんだと分かるようにしておく。先生にだけに。田中くんはそれを、自筆のメモを置くと決めていた。


 『お前のヒミツは俺が握っている』

 田中くんの、初めての反撃。


 ベタだな、と思った。初めて聞いた時、ベタな台詞だなーって。

 でも先生を祠に呼び出すのに、脅す以外を思いつかなかった。そして脅すには、弱みを握るしかない。握れないなら、握っていると思わせるしかない。実際にあたし達が握っている弱みは、佐々木先生を巻き込むものだから使う事が出来ない。あたし達はそう考えて、部屋に忍び込む事を決めていた。


 田中くんの筆跡だと、先生は気付くだろうか? 征服済みだと思っていた弱者に反撃されるのは、先生みたいな支配者にとって、どんな気分なんだろう?

『多分、我慢できないと思う。自分の所有物が自分に逆らう事に、我慢が出来ない、あいつはそういう奴だよ。だから、僕がやる事に意味があるんだ。相当のダメージを与えられる』

 田中くんはそう言った。




 全てを終えた事を確認したあたしは、アパートの管理会社に、不審者が出て行った事を連絡をする。連絡を受けた会社は、先生に連絡を入れる。そして先生は、警察に届ける前に部屋へ飛んで帰る。自分で確認しない事には、被害届を警察には出せない。

 そこで田中くんからのメッセージを見つけた先生は、秘密裏に事を収めようとするだろう。やましい事があるからだ。つまり、あとでメモさえ回収すれば、野瀬先生が消えても、あたし達は疑われずに済む。

 野瀬先生が一人で動き回るように仕向けなければならない。彼だけの身の破滅を、匂わせなくてはならない。それも一気に、考える暇も与えずに。先生に冷静になられたら、あたし達の負けだ。携帯を壊したのもその為だ。


 先生が田中くんを探そうとする時、かず君のあの言葉を思い出してくれればいい。今日の午前中、階段であたしに言った、『夕方にまた、田中くんとあそこに行くの?』

 学校にとんぼ返りした先生は、委員会で残っているかず君を捕まえて、田中くんの居場所を聞き出す。

 そして自らほこらにやってくるのだ。田中くんを捕らえるために。


 おきゃくさんに、捕らえられるために。



 あたしは泣き笑いをしたくなった。改めて思い起こせば起こすほど、こんな計画は無謀すぎる。無理がありすぎる。荒唐無稽もいいところだ。

 だけど。

 あたし達4人には、根拠のない自信があった。絶対成功する。自信と言うより、確信。成功させる、絶対に。

 彼を、消してやる。




 いつの間にか風が、冷たくなってきた。気づけば既に、影が長くなってきている。太陽に色がつき始めている。それにしても遅いんじゃないだろうか。あたしは焦ってきた。二人が部屋に消えてから30分以上も経つ。何かあったのかしら? あまり時間がかかり過ぎると、日没に間に合わない。先生に連絡が入って先生が部屋に帰って、再び学校に戻ってかず君から聞きだして、そして祠まで来てもらう全てを、日没までに済まさないとダメなのに。それが後一時間ちょっとで出来るのだろうか? どうしよう、出来るのだろうか?


 15時10分。早く、早く、早く。あたしはひたすら祈っていた。

 いつの間にかその祈りは、何度も見たおきゃくさんへ向けていた。おきゃくさんは、絶対助けてくれる。


 あの時、あたしを助けてくれたみたいに。

 早く早く早く。

 

 あと一時間。








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